こんなにも寂しい夜があっただろうか。
孤独が支配し、闇が全てを包み込んでいた以前だって、こんな事は無かったはずだ。
以前は慣れ切ってしまっていたのだろう。寂しさすら、感じなかった。
けれど、孤独なのだと、それだけはいつも分かっていた。
ところが、彼は現れた。自分の前に、現れた。
惹かれ、焦がれる自分に驚きながら、渇望する心を抑えながら、言葉を交わす。
欲望を隠しながらも、望みを口にすれば、彼は側に居てくれると言ってくれた。
しかし一時、手に入れたと思った温もりは、すぐに腕をすり抜けて行った。
もう一度自分の許に帰ってくるのは、2ヶ月ほど後のこと。
第二番
ばかばかしいのかもしれない。
もしかしたら今にでもツナが帰ってくるのではないかと、つい窓を眺めてしまう行為。
窓からの景色を眺めるのは、嫌いだったはずだ。外の世界など、ろくなものではない。
全て、ごみのようなものばかり。自分も、例外ではない。
あの子だけが、例外であった。
(2ヶ月ー……)
2ヶ月。ー2ヶ月。
今まではさっさと過ぎ去っていった時間が、今度はとてつもなく、遠い。長い。辛いー
いつも、どうやって時を過ごしていた?それすら、分からない。
ああ、でもいつも、この素顔に絶望し、打ちひしがれていた。
絶望だけだったか。
それともそれすら、感じなくなっていたか。
ディーノは片方の顔を抉るようにして俯かした。
もう片方の顔とは明らかに違う皮膚の感触。
この忌々しい呪われた顔は、ツナにはまだ見せていない。
深い溜め息を吐くディーノの横顔が、うっすらと硝子に映った。
大きな窓硝子に映る麗しい顔は、まるで作り物のようだ。
人工的なまでに美しいその顔に虜になる人間は少なく無かった。
けれど、何度見たことだろうか。
もう一つの顔を見せた時に、闇の底に突き落とされたような絶望を映した、人々の表情を。
何度、見たことだろうー。
そしてあの表情を、もしもツナにまでされてしまったら。
ディーノが再び溜め息を吐くと、部屋の中は重苦しく、空気は沈み深く落ちていく。
この屋敷はー自分は再び闇に包まれたのだと、ディーノは改めて感じた。
彼が帰ってこなければ、それは永遠に続く。
導けるのは、ツナだけだった。
導いて欲しい。果ての無い、孤独の底から。
導いて欲しい。希望は、彼だけだ。
例え誰が導こうとしようとも、救い出せるのはツナ以外に考えられない。
心が欲しているのは、彼、一人だけだ。
「−…ツナ……」
呟いて見ても、この間まであった返事は無い。
今は、他の人間の家に居るらしい。
モチダという、男の。
知った時は、思わずもう一度、攫って来てしまいたい衝動に駆られて、どうしようもなかった。
狂ったように鍵盤を叩いた。あの時のよう。
激しいエチュードが夜空に響き渡ったあの夜。
ドレスを纏い仮面を当て、化粧を施したツナを女性だと思い込んだモチダと
噴水の美しい広場で、二人の姿を見た時ー
あの時も嫉妬に駆られ、激しい感情をそのまま、ピアノにぶつけてしまった。
求める心が、強すぎる。
鍵盤に指を乗せ、奏でたのはいつもツナが弾いていたノクターン。
狂おしい気持ちを抑えながら、指を滑らかに滑らせる。
それは甘く優しく、かつてないほど荒々しく。こんな調子でノクターンを弾いたことはない。
もう一度攫って来てしまえば、今度こそ離さず側に置いておける。
今度こそ、我が物にー
ディーノはひっそりと黒を宿した一輪の薔薇にそっと口付けると、もう一度、窓の外を眺めた。
ただ木々がざわめいているだけの、真っ黒な闇を見つめていた。
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