夜の記憶がない。
そういうのは以前、あった。
酒の飲みすぎ。
しかし、そんなに飲む方ではないから、記憶が無くなるまで飲むなんてことは、滅多にない。

頭もガンガンしていないし、明らかに飲みすぎではない。
そして決定的な証拠、飲みすぎた後の朝と違うところ。
今、この時。それ以前の記憶が、全く無かった。










99の嘘














「−…目、覚めましたか?」

見知らぬ男の声に、オレは顔を上げた。
男はなかなかいないほど、整った顔立ちに、甘い笑みを浮かべていた。
少し長めの髪を、真ん中で分けていた。
此処がどこなのか、自分が誰なのかすら分からない。勿論、この男が誰なのかなんて知らない。
随分広い部屋だ。なんなんだろう、此処が自分の家だったか?
でもそれならば、どうしてこの男が居るのだろう。

「…誰?」
「ー獄寺隼人、です」
「−オレは誰?」
「…沢田さん…。下の名前は知らないっすけど」


オレはサアっと血の気が引いた。
やばい。本気で思い出せない。これは、相当やばい。
必死になって、記憶を呼び起こそうとしてみるが、途端に、頭を殴られたような痛みに襲われた。
頭を抱えて、蹲ると、男が心配そうに寄ってきた。

「ー…体調が悪いんじゃないですか?もうちょっと寝ていてください」
「いえ、あの、どうして、オレ達一緒に居るんですか?下の名前知らないんですよね、友達じゃない、ですよね」
「−…いや、それは、だから、」

ほんのりと染まった顔を見て、まさか、まさかと思った。
いや、だってオレはそういう趣味じゃない!ノンケであって、ゲイだとかそういうのじゃなかったと思う。
ー記憶がないから、分からないけれど。
そうっと、口を開き、「そういう関係じゃないですよね」と聞くと、男は言いずらそうに口を開いた。

「−そうですね。一夜限り、なんで、恋人とかいうわけじゃないですけど」
「う、嘘…!嘘だ、何言って…、嘘ですよね」
「−敬語、いいっスよ」

オレがパニックに陥っているのをさらりと流し、男が微笑むものだから、オレも少し落ち着こうと思った。
何か手掛かりがあるかもしれないじゃないか、と思い込むことにした。

「え、と…ごく、?」
「獄寺、です」
「獄寺君、か。君だって、敬語使うなんて、しなくていいよ」
「いえ、オレはなんとなく、敬語の方が話易いんで」
「ふーん…、あの、獄寺君、オレ、記憶喪失みたいなんだけど、何か心当たりない?」
「はは。またまた、冗談」
「いや本当に。どうしよう」

オレが本当に泣き出しそうな顔をしていると、獄寺君も信じてくれたようで、黙りこんでしまった。
ウーン、と何かを考えていると、また、優しく微笑んだ。
不思議で堪らなかった。この人は、動じないのだ。
オレはパニックで訳が分からないのに。
しかしそんなオレを気にすることもなく、獄寺君は台所の方へ向かった。
向かったと思ったらすぐに戻ってきて、軽い朝食を持ってきた。
ロールパンに、紅茶に、スープ。
腹はかなり空いていたらしく、(それどころじゃなかったので気づかなかったけど)
それを見た途端に、「食べたい」という欲求で一杯になった。

どうぞ、との獄寺君の合図と共に、オレははしたない程にガツガツと食べ始めた。


「−…まあ、ゆっくりしていってください」


本当に驚かない。なんなんだろう、この人は。不思議な人だ。
けれど今、オレが頼れるのはこの人しかいないのだ。





















とりあえず、記憶が戻るまで、オレを置いてくれるらしい。
一通りご飯を食べたオレ達は、買い物に出た。
財布も持たないオレの物を、買ってくれると、獄寺君は言ってくれたのだ。
少しでも視線を向けると、「買いますか?」の声。
全て、買い与えられる。彼は一体何者なんだろう。そう思ってしまう。
見た目、学生のように見えるが、そうじゃないのだろうか。
学生がこんなに金を持ってるとは思えない。

「…あの、あのさ、獄寺君て、何してる人なの?」
「大学生です」
「お金持ちなんだね」
「そうっすか?」

これも、買いますか?と、オレが見ていたカップを二つ、獄寺君は手に取った。
白いカップの上の方には黒い模様がちょこちょこと付けられている。
よく模様を見ると、小さなハート模様だったものだから、オレはなんだか恥ずかしくなってしまった。

ー大体、どうして男と寝たのか…。

未だに、謎だ。
オレが掘られたのだろうかと、そこも謎だけど、多分そうだろう。
獄寺君は、男のオレから見たって、凄くかっこいい。
筋肉だって、ついていそうだし、ーつまり、体格的なことを考えると、そんな気がしたのだ。

でも結構、そんなことはどうでもいい。
オレが抱かれたということは、オレという人間はきっと、そういうことを受け入れられる人間なのだろう。
きっと、男が好きなんだろう。今までの記憶が無いからなのか、自分と同じ側の人間らしい獄寺と一緒に居るからなのか、
結構簡単に受け入れられた。

「沢田さん、ほかに欲しい物、ありますか?」
「あ、うん、平気」
「じゃあ、買ってきますね」
「−…獄寺君」
「なんスか?」

「…ありがとう。君が居て、オレは救われてる」

微笑んで、素直に今の気持ちを伝えると、獄寺君は暫く、オレを見たまま動かなかった。
オレが、もう一度、ありがとう、と言うと、獄寺君は嬉しそうに微笑んで、ハイ、と口にすると、レジへと向かって行った。















そこから、オレと獄寺君との、奇妙な生活が始まった。
まだ一夜しか共にしていなかったのに、翌日にはそいつはいきなり居候となった。
しかも、厄介なことに記憶喪失だ。
きっと一夜限りの楽しい割り切った思い出のつもりで、獄寺君もオレを抱いたのだろうが…。
こんな関係になってしまって、獄寺君はいいのだろうか。いいわけないか。
オレは日にちが経つにつれ、気になっていった。
彼との生活が楽しい。そう思うのと同時に、やはり気になって仕方なかった。

ー彼には恋人がいないのだろうか。




「獄寺君、あのさ、恋人、いないの?」
「…どうしてですか?」
「オレが転がり込んで、迷惑してるんじゃないかって、思って」
「いませんよ。でも、−そうですね、沢田さんがもし、色々気にしてくれているんなら、オレにお礼、してくれませんか?」
「−…お金とか、ないけど」
「そんなもの、どうでもいいです。抱かせてくれますか?」
「いいよ」

あっさりと、答えた。
オレにとっては、あっさりと答えていいものだった。
一夜限りの相手だったらしいが、獄寺君は、オレが記憶をなくしてからというもの、一切手を出さなかった。
そりゃ、不自由しているとは思えないしなあ、とオレは考えていた。
しかし獄寺君が望んでくれるのなら、全く構わなかった。
むしろ、それはオレにとって喜ぶべきことだった。
だってオレは、獄寺君が好きなのだから。

ー生活していくうえで、獄寺君が大きな支えとなっている。
記憶喪失になったことで、一夜限りのはずの彼とこんなに長く過ごせて、幸せだとさえ思う。
不謹慎なことだが、それくらい、獄寺君の存在はオレの中で大きかった。


「−いいんですか?」
「うん」
「オレは貴方の恋人なんですか?」
「…な、なってくれるの?」

言った途端に、唇を塞がれた。
深く口付けられて、恥ずかしさとか気持ちよさとかで、頭がふらふらしてくる。
どこかで、知っているような気がする。こんなキスを、したような気がする。
愛してるって、たくさん言ってもらっているような口付けを、以前にもしたようなー。
それも当然か。オレはすぐに納得した。一夜、彼と過ごしているのだから、キスだってきっとしているに違いない。
獄寺君の首に手を回して、オレからも獄寺君の唇をねだる。

「−…愛してます」
「オレも……」


このまま、記憶を無くしたままだっていい。
獄寺君が居てくれるんだから、それでいい。

手掛かりはなく、あるのは「沢田」という苗字だけ。
手掛かりはない。





何故だか、自分の中でぼんやりと、見つけてはならないような気がした。



















「−沢田さん、沢田さん!大丈夫ですか?」

暗闇の中、獄寺君の声で、ハっと目が覚める。汗がびっしょりと出ていた。
獄寺君が、スタンドをつけると、温かな光が部屋中を包んでくれた。
オレはたまらなくなって、獄寺君の首に抱きついた。

「…沢田さん?…嫌な夢でも見たんですか?」

震えた体を優しく抱きしめてくれる。

ーとんでもなく、嫌な夢を見た。

何の夢だか分からない。覚えてない。けれど、胸中に不安が残っている。
涙が溢れ出て、止まらない。体の震えも、止まらない。
一体オレは、どうしてしまったのだろう。

「沢田さん…もう、大丈夫っスから」
「−…ここに、いるの?獄寺君」
「…いますよ、ずっと」

ぎゅっと、優しく獄寺君が包んでくれている。
やっとオレは安心して、体の震えが治まった。獄寺君の胸に顔を埋めていると、本当に安心する。
温かい。涙ももう、止まっている。

ーけれど、やはり胸の不安は、完全に拭いきれない。

「凄く嫌な夢、見たんだ。…覚えてないんだけどー…思い出しちゃいけないような気がする」
「…温かい物でも、持ってきます。大丈夫、すぐ眠くなりますよ」

するりと獄寺が離れていくと、また、嫌な靄が胸いっぱいに広がった。
何か他の事を考えたい。夢のことなど、考えたくない。
そう思って、オレは視線をテレビの方に向けた。
すると、その前のテーブルの上に一冊、絵本のような物が置いてあるのが見えた。
ー獄寺君って、こういうのも読むのか…。
本の表紙には、『人形師』と書かれていた。



ー…どこかで、これを見たような気がする。


なんだか嫌な予感がして、オレは本を置いた。
すると、獄寺君がマグカップを二つ、持ってきてくれた。あの日買った、マグカップだ。
受け取ると温かな熱が伝わってきて、口を付けるとほのかに甘味が広がった。
ロイヤルミルクティーだ。どこか、懐かしい。

飲んでいると、段々と落ち着いてくる。
大丈夫だ。大切な存在である獄寺君はここに居るし、きっとこれからだって、この楽しい生活が続く。
大丈夫。大切なものは、ここにあるんだから。


そう思って、目を閉じた。

けれどどこかで、分かっていた。
もうすぐ、きっと、この夢が覚めてしまう。
オレは、目覚めてしまう。











目覚めたくない。

















翌日、獄寺君はオレを遊園地へと連れ出してくれた。
絶叫マシーンに乗ったり、オバケ屋敷に入ったりと、楽しい時間を過ごすと、昨日の夜のことが嘘のように思える。
そうだ。きっと、昨日は少し、精神的に不安定だったのだ。
記憶喪失なのだから、不安になることがあったって不思議ではない。
そう思うと、少し安心した。
あっという間に時間は過ぎていき、もう夕方になってしまった。

「ー…飲み物、買ってきますね」

瞳に、夕暮れが綺麗に映る。それを背景に微笑む獄寺君は、いつもと変わらずかっこいい。
けれど、どこか切なそうに見えた。
飲み物を買いに行くだけなのに、何故だかオレは、引き止めたくてたまらない。

「獄寺君!」
「…?なんですか?」

あれ、普通の笑顔だ。
オレは何を考えてるんだ。飲み物を買いに行くだけなのにー…。
「何でもない」と笑顔で言うと、獄寺君も笑顔を見せた。
そうして、背を向ける。段々、見えなくなる。


ーやっぱり、嫌な予感がして堪らない。

追いかけようとした瞬間、後ろから大きな声が聞こえた。


「ツナ君!」
「…え?」

後ろを振り返る。すると、セミロングの、可愛らしい女の子が立っていた。
ツナ、って呼んだ。なんなんだろう。
ポカン、とオレが彼女を見ていると、彼女は泣き出しそうな瞳で近づいてきた。

「ツナ君…っ!どこにいたの?どうして、ここに?」
「あの、ツナ君、て、オレですか?…貴方は?」
「ツナ君…?どうしたの…?私、京子だよ。分からないの?
獄寺君があんなことになって、ショックなのは分かるけど…でも、皆心配してたんだよ。
ツナ君、いきなり消えちゃって…。獄寺君が連れて行っちゃったのかと思って、心配で、心配で…っ!!」




ーどういう、こと…。
彼女はオレの前で、わあっと泣き出した。
オレは彼女の言っている意味が、まるで分からない。
分かりたく、ない。


だって、オレは獄寺君と、一夜限りの仲だったんじゃなかったのか?
どうして彼女も、獄寺君を知っているんだろう。
しかも、オレとも、前から知り合いだったような言い方だ…。



「あの、京子、ちゃん…?」
「ツナ君、…誰か…友達と来てるんだよね?私、…電話があったの。ツナ君はここにいるって。
電話の声、ね…。獄寺君にそっくりだった」
「ああ、うん。だって獄ー」
「そんなわけ、ないよね…。獄寺君、あの日、−…っ死んじゃったもん、ね…っ」


私、まだ、信じられないんだー…、と、泣き出す彼女に、オレは息が止まりそうになった。
居ても立ってもいられなくなり、走り出す。獄寺君を見つけなければ。
段々と、記憶が戻ってくるのを感じる。思い出したくない。思い出したくないのに。

ーああ、ついに、ついにこの時が来てしまったんだと、絶望した。







ーあの夜ー。
獄寺君が亡くなったと聞いた、帰りだった。バイク事故。オレは信じられなかった。
いつも笑っていてくれた、いつも絶対に側に居てくれた、彼がーこの世に存在しなくなるなんてこと。
信じたくなかった。
オレは彼を愛していたし、獄寺君もまた、オレを愛してくれていた。
一週間前、それをやっと言い合えた、やっと、想いが通じ合ったばかりだった。
それなのにー、こんなのって、ないじゃないか。
獄寺君、獄寺君。もう、連れて行って欲しい、君の所まで、オレも一緒に行きたい。

ぼんやりとそんな事を考えて、雨の中歩いていると、パパーっという車のクラクションと、
ランプの光に包まれた。ーどんな風にして、獄寺君の所に行こうかと思っていたけど、考える手間が省けた。

これでいい。

ー…そう思ったのに、車にはねられるその直前、誰かがオレの体を抱いて、共に転がった。
オレを庇ってくれた。助けてくれた。
それは、もういなくなったはずの、獄寺君じゃなかったか。






そうだった。
あの夜、オレは、獄寺君の側に行こうと、家を出たんだー。

そして朝、ポンと頭から、記憶が抜けた。
獄寺君はオレの側にいたし、それが自分の中の真実だった。
獄寺君はオレの名字しか知らないと言ったし、オレ達は一夜限りの関係だと教えてくれた。

自分が死んだということを隠すために、
オレが壊れてしまわないように、オレが獄寺君の側に行こうとするのを止める為に
獄寺君は全て、本当のことを隠した。

1つの真実を隠し通す為に、獄寺君は、たくさんの嘘を、ついた。





走って走って、もう限界になって、一度止まって。
オレは、何故だか観覧車の方に向かっていた。何かに、呼ばれてるような気がしたのだ。

「乗りましょう。…これで、最後です」

観覧車の前で、獄寺君が立っている。微笑みを、浮かべながら。
ガチャン、と係員が観覧車の扉を閉める。夕暮れの橙が、観覧車の中にめいっぱい入ってくる。

「−…人形師の本。あれ、前もオレ、獄寺君の部屋で読んだことあったね。
人形師って、人形をー、体を、貸してくれるんだよね」

本当だったなんて。
夢みたいなことを口にしているし、夢みたいなことを、目にしている。
本当ならばいないはずの獄寺君を、この目で見ているのだから。
けれど、オレは意外と冷静でいた。
どうしてだろう。いつもならちょっとのことでアタフタと慌てるのに、こんな信じられないことを、受け止めている。
彼が目の前に居てくれるなら、なんだっていいって、そう思ったからだ。

『10代目、人形師って、知っていますか。
昔、城にあった本ー…何でか紛れ込んでオレの部屋に来てたんスよ。
彷徨う魂に、救いを与えてくれるー…とか何とか。体を、貸してくれるらしいですよ。
この世にいなくなっても、オレ、10代目に、会いにいきます』

お守りします。

ニカっとそう言われて、オレは「恥ずかしい」と赤面してしまったんだっけ。
獄寺君はこういうの、信じない方だと思っていたのに、意外だと思ったのも覚えてる。

「ずっとオレのこと、知らないふりしてたんだ。沢田って名字しか知らないなんて」
「…すいません」
「嘘、ついてたの…」
「すいません…」

最初は何とか、笑みを見せていたけど、段々とそれができなくなってきた。
泣き出してしまいたかった。オレは、だって、この人を失うんだ。


『−…ここに、いるの?獄寺君』
『…いますよ。ずっと』

全部、嘘だった。もういないのに、いないはずの彼が、オレを抱きしめてくれた。
あの言葉が本当だったなら、どんなにいいか。
きっと、今日という日が、タイムリミットだった。今日まで貸し出された、体だったんだ。

「−…オレが君の側にいこうなんてー…自殺なんて真似、しようとしたからなんだね」

獄寺君は、口を閉じたまま、困った風に微笑んだ。
オレは記憶を無くした時、なんて優しい人なんだと思ったけれど、獄寺君がこんな風に微笑んでくれるのは、
オレにだけだって知ってる。どんなときだって、オレのことを考えてくれていた。
死んでも尚ーそれは変わらなかったなんて。

「ごめん、あんな事になってもまだ、獄寺君に心配かけてごめん」
「−10代目、」
「…でも、こんなのって、ない…」
「…10代目」
「もう二度と会えなくなるなんて、あんまりじゃないか…っ」

泣いてしまった。なんて情けないんだろうとか、観覧車が一周した頃には、もう獄寺君はいないんだとか、
色々考えると、もうくじけそうだった。
オレはきっと、彼がいないと、何もできない。

「−…オレ、まさか10代目との恋が叶うなんて思ってもみなくて、両思いになった時はすげー嬉しくて、
奇跡みたいなもんだって思ってました。けれど、貴方は記憶を無くして、オレとの日々を忘れてもまた、オレを愛してくれた」
「……うん…」
「死ぬほど嬉しかった」
「オレー、オレの命ととっかえるとか、できないの…っ」
「できません。…気持ちだけ、受け取っておきます」
「じゃあ、オレも一緒に行く…っ」

獄寺君は、どうしようもなく嬉しそうに、切なそうに、笑みを浮かべた。
そんな切なそうな顔するなら、もう一度、戻ってきてくれればいいのに。
オレが鼻を啜って泣いていると、獄寺君の腕が、そっと、体を包んだ。
向かい合っているオレの方に寄ったものだから観覧車は大きく揺れたけど、オレは全然、そんなことはどうでもよかった。
いつもなら、「ヒィ!」と恐がっているのに。
今はただ、獄寺君が居なくなってしまうことが、それだけが、恐くて仕方ない。

「−…幸せです。オレ…、10代目に、こんなこと、言ってもらえて…」

震えている。獄寺君の声が、微かに震えている。
泣いているんだ。そう思うと、堪らなかった。離したくないし、離れたくない。
もう、頂上は過ぎて、すぐにでも地上についてしまうだろう。
獄寺君の背中に力いっぱいしがみつく。

段々と獄寺君の力を感じなる。嫌だ、嫌だと駄々をこねたかったけれど。
受け止めなければならなかった。笑顔を見せてあげなければと、強く感じた。
獄寺君はそっと、オレを離すと、顔を見せる。
優しい笑みを浮かべる獄寺君が、消えるなんて、まだオレは信じられずにいる。
この観覧車から降りても、これまでのような、幸せな生活が続くんじゃないかと、どこかで思っている。
けれど。

「幸せでした。今も、今までも」

ずっと。




消えてしまうー。
それを感じて、オレは目を閉じた。

もう、このゴンドラに獄寺君の姿はない。
最後の最後まで、オレのこと、ずっと、想ってくれていた人だった。誰よりも。

「…いつも心配かけて、ごめんね。」


ありがとう。
って、記憶がなくなった一日目も、言ったなあ、なんて。思い出しながら。
オレは観覧車を降りた。


「ツナ!」
「ツっ君!」


観覧車を降りると、そこには家族や友達が揃っていた。
京子ちゃんが連絡してくれたらしい。
その中に、やはり獄寺君の顔はない。
まだ、この状況を上手く受け止められはしない。
寂しくて仕方の無い日々は続くだろうし、まだ、オレは獄寺君の側に行きたいって、思ってしまう。
けれど、それは獄寺君が止めてくれたことだ。彼が、体を借りてまで止めたことだ。
目を閉じればまだ、笑顔が浮かんでくる。涙が零れてしまうのは仕方ない。
さっきまで、この目で見ていたんだから。

「−…心配かけて、本当にごめん」

オレが涙を零しながら頭を下げると、皆、背中を擦ってくれたり、肩を組んでくれたりした。
皆、大切な大切な存在。
そしてこの中に、顔は見えないけれど。

ー獄寺君。

胸に手を当て、ぎゅっと、拳を作った。
変わらない。
君が、これからだってオレを支えてくれるのにも、オレが、君を大切なのにも、変わりは無い。
たとえ、声が聞こえなくても、顔が見えなくても。
それは何も、変わらない。



君に出会えて、本当に良かった。
これから、どんなに辛くたって、それだけは後悔なんてしないから。


胸に誓って、夕暮れの中、ゆっくりと回る観覧車を見上げた。












自分で書いてて超悲しくなってしまった…。
だ、誰かラブラブな獄ツナを…オロオロ。
「人形師の夜」という漫画に入っている「99の嘘」というお話をパロらせていただきました。
凄く素敵な漫画で、切なくて、でもあったかくもあって、泣けるのです…;;


獄寺はツナに会えて、凄く幸せだったし、ツナもまた、獄寺に出会えて本当に幸せだったのです。

なので誰か、ラブラブな、超ラブラブな獄ツナを書いてホシイ…!!(結局はそれか!)




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