愛すだとか、愛されるだとか、意味が分からない。
喉元を掻っ切れば真っ赤なものが見えるのだろうとか、
手首にスルリと刃を当てれば、そこからも同じものが見えるのだろうとか、
そういったことは分かるが、
何故、あんなに浮き立った足取りで、ヘラリと笑えるのか。
何故、心の温かさを求めるのか。そんなにも、人肌が恋しいのか。
彼等は一人で居られないのか。
何故だか、分からない。








も知らないのために











雲雀が廊下を歩くと、生徒達は皆、壁に張り付いた。
殴り殺されることに怯え、目もあわせないようにしている。
そんな中、一人、視線がぶつかった。
沢田、綱吉。
ツナはシマッタ、というように、視線を逸らしたが、もう遅かった。
雲雀は口許を上げ、ツナの前で止まった。

「やあ」
「ど、どうも…」
「君、生徒手帳を落としただろう?」
「え?−…、あ…っ」

ブレザーの襟元から、胸ポケットをゴソゴソと探ったツナは、
何も入っていない事に気がついた。

「取りにおいで。生徒会室で待っててあげるよ」
「え、いや、ちょ…っ」

ツナは呆然としてしまった。漸く意識が戻り、
サアっと顔を青ざめたのであった。
次の休み時間に生徒会室に行くと、雲雀が黒張りのソファーに座って、
待っていた。

「ようこそ」

優雅に、お茶でもしているらしい。
ティーカップをソーサーに置く、カチャっという音がした。
雲雀の他には誰も居なく、一人でずっと、お茶を飲んでいたらしい。
さすが群れるのを嫌悪しているだけあるなと思いつつ、
雲雀が生徒手帳を取り出すのを待っていたツナだったが、
雲雀はそれを返す気配を見せない。

「あの…」
「ああ、生徒手帳。−彼女も落としたみたいだから、返しておいて」

そう言って渡されたのは、2冊の手帳。
一冊は自分の物で、その下になっているのは、笹川京子の物だった。
ツナがあんぐりと口を開けていると、雲雀はツナを見るでもなく、
問いかけた。

「君は彼女が好きなの?」
「なー…!」
「痛めつけたいとは、思わないの」
「−…い、いた、め…。はあ…?」

ツナには、雲雀の言っている意味が分からなかった。
好きなの、と聞いておきながら、
何故、痛めつけたいだなんて聞くのだろうか。

「好きだと自覚した後、君はどうするの?」
「−…どうって…」
「どういうことがある?」
「−…普通だったら、告白とか、するんじゃないですか?
両思いだったら、付き合ったりー…」

自分はとても出来そうにないが、普通だったらきっと、
思いを告げたいと思うのだろう。
そして、恋人になりたいと願うのだろう。
それを口にすると、雲雀はつまらなそうに、「ふうん」と言った。
ツナの答えは、彼にとっては、やはり意味の分からないものだった。
告白して、何か楽しいのだろうか。
そしてその後は、交際。交際。−交際?
ー…全く楽しく無さそうだ。
何故、歪んだ顔が見たいだとか、その人の身体を駆け巡る赤い血が見たいのだとか思わないのだろうか。
そっちの方がよっぽど、楽しそうだ。

「殺しあったりはしないの」
「し、しませんよ…」
「それは変なこと?」
「はー…は、い…」

肯定したら殺されるのだろうか…と思ったが、否定しても同じことのような気がした。

「なるほどね。一般的に、僕は何処か、変なのか」
「や、それはどうか…」

そこまで肯定する勇気は無い。
ツナは曖昧に返事を濁しつつ、早く帰りたいと、扉にちらり、と視線をやった。
しかし雲雀の瞳が空気が、それを許さない。
扉に視線を向けることすら、許さない。深く、果ての無い、黒。
彼の放つ空気でもって縛られ、
瞳を見れば吸い込まれる。射抜かれる。貫かれ、動けなくなる。

「一般的って?君は分かるみたいだけど」
「さ、さっき言ったとおり…だと…」
「もっと具体的に知りたい。君が教えてくれない?」
「はい?」

漸く雲雀が立ち上がり、ツナの顎を持ち上げた。
深い意味は分からないが、「なんとなく」危険を感じ取ったツナは、逃げたい気持ちで一杯だった。

「意味、分かる?」
「や、よく分からな…」
「一般的な愛が何なのか、知っておいて損はない」
「そ、そういうのは興味がある女の子に頼んだ方が」
「君に興味があると言ったら?」

ツナはいよいよ、顔全体が青くなった。
雲雀の言うことには逆らえない。だが、自分も付き合った経験なんてないー。
だが、逆らえないのだから、仕方ない。
ツナは黙って、雲雀に唇を奪われた。









「そういった欲望が、本能ではないところで生まれる」
その意味が、雲雀には理解不能であった。
本能は本能であって、それ以外の理由で人を抱いたりするなんて、
有り得ないものだと。
そう信じて疑わない彼には、人々が口にする「愛してる」「付き合って欲しい」
等、諸々の愛の言葉の意味は、全く理解できなかった。
そして、今は?
そんなの考えもしない。ただ、一人には、少し興味を持つ。




放課後、生徒会室が、橙色に染まる頃、決まってツナは現れる。

「失礼します」

ヒョイと顔を覗かせ、雲雀の顔が見えると、控えめに入ってくる。
雲雀に慣れたーとまでは言わないが、前より少しは、マシになったようだった。
生徒手帳を落としたあの日から、随分経ったし、雲雀とも沢山、話をしたからだ。

「おいで。綱吉」

雲雀に呼ばれると、ツナは雲雀の横に、遠慮がちに腰掛けた。
ほんの少し、ソファが沈む。
距離を置いているツナを再度呼ぶと、ツナの肩がビクリと揺れた。

「教えてくれる君が、まだそういう態度なの?」

ぐいっとツナの手を引くと、雲雀の胸に倒れこむ。
青ざめたツナだったが、気分を害す風でもなく、雲雀はツナを抱きとめた。
髪と背を軽く撫でてやると、ツナは少し、身体から力が抜けたようであった。
「これじゃあ僕が教えているようだ」と雲雀が軽く笑うと、ツナは「スイマセン」と小声で呟き、勇敢にも、雲雀の胸をそうっと押し返した。
そして再び、自分からその胸に埋まっていった。

ツナは良く、教えてくれた。確かに、良い「せんせい」であった。
一般的に、愛する者を噛み殺す事はしないと、言っていた。
痛めつけることもしないと、言っていた。

『ええと、痛々しいことじゃなくて、例えば猫好きの人だったら、可愛いと思って撫でたり餌をやったり。
優しくしますよね。それと似たような事ー…、や、違うのかな…えーと…』

ツナが言った言葉は、自分でも何か違うような気がしたらしく、曖昧だったが、しかし、彼と時間を過ごす内に、段々と、ー 少しだが、分かってきたような気がした。
ツナの、茶がかかった柔らかな髪に顔を埋めると、雲雀は薄っすらと笑った。
ツナは言葉を発っすることは無く、スウ、と一定のリズムで息を立てていた。

「−…寝てるの?」

自分の胸の中で、眠る度胸があるとは。
臆病な癖に、大胆だったり、良く分からない少年だ。
完全に雲雀に身を預けてしまっているツナは、もぞりと身体を動かし、温もりを求めた。どうやら、寒いらしい。
肩に掛けている学ランを、ツナの背に掛けると、起こさぬように、そうっと撫でる。
じわりと、心が温かくなってきた。しかし、次の瞬間、ふと、以前の自分の言葉を思い出した。

『君は彼女は好きなの?』

赤くなり、肯定も否定もしなかったツナだが、大方、図星だろう。
それを思うと、ツナを容赦なく引き裂いてしまいたい気持ちも、出てくる。

「−…まだ、痛めつけたい気持ちもあるんだけど」

ふわっと、ツナの髪を撫でる。
すると、何か小声で、ムニャリとツナが呟いたようだったが、何と言っているかは聞き取れなかった。

「撫でてやりたい気持ちも、分からなくもないー…」

可愛がるように、髪を何度も、優しく撫で、彼が最初にしたように、額に唇を当てる。何だか自分も、眠くなってきた。
橙だった教室も、もう薄暗い。電気もつけていないのだから、当然だ。
そのまま、ゆっくりと瞳を閉じた。








初ヒバツナでした。どうりで色々と下手くそな部分が…汗
ツナには心を開いちゃう雲雀が良いです。<ピュアラブ
でもそれをあまり表に出さなかったりすると尚良い。こっそりと。
そしてツナはやっぱり少し(どころでなく)雲雀を恐がっていると良いです。
これはこっそりでなく堂々と!

最後とか纏まりがあまり良い感じでなくてスイマセン><


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