頼りになる右腕達も、最強のヒットマンも側に居ない。

ーなんだってこんな時に、崩れてしまうんだ。






ブロック







「あたた……」

ベッドから抜け出し、起きだそうと、ふわりとした絨毯の広がる床に足を着くと、
ぐらっと足元が揺れた。
ガンガンと響く頭痛に困り果てながらも、それでもするべきことは山のようにある訳だ。
今にも雪崩を起こしそうな紙の山が、机の上に聳え立っている。
ウンザリとしながら、そこに向かうと、黒皮の、自分には大きすぎる椅子に身体を埋めた。

「ー……弱った」


体調が優れない、と自覚したのは2日前。
完璧に風邪を引いた、と感じたのは、1日前。
頭が割れるように痛くて、横になっていないと倒れてしまいそうな、今日。

こういう時に限って、自分の頼りにしている者達は、揃いも揃って遠征しているのだ。
部下には誰にも、「ボスの体調が悪い」などという事は決して口外するな、と言ってある。
だから遠征中の者は皆、誰も知らないはずだ。

下の方から上の方に視線を上げて、書類の山を見ていると、それだけで首が痛くなった。
ガン!と頭の中で鐘が打ったかと思うと、グラリと視界が歪んだ。

(まず……)

肘を立ててこめかみを押さえながら、俯いていると、乱暴に扉を叩く音がした。
頭に響き、顔を更に机に近づけると、もう一度、扉が叩かれた。

この扉の叩き方には、心当たりがあった。のだが、「彼」は今日帰ってこないはずだ。

力なく返事をすると、扉が開かれた。



「−……何弱ってんだ、お前は」


全身が、黒で統一されている。纏う空気も、瞳の色も、全てが果ての無い、黒。
呆れたような視線を向けたリボーンに、ツナは唖然としたままだった。

「ー………おか…えり。…え?なんで?」
「早く片付いた」

何も不思議はないだろう、と言わんばかりであった。
確かにリボーンなら、予定より早くにこなしてしまう事を、疑問に思う必要はない。
しかし、それにしたって早すぎるのだ。帰る予定は一週間後なのだから。

「早すぎる」
「…誰だと思ってんだ」

ヘニャリとした笑みを向けると、ツナは再び、書類に目を移した。
高い山の上に、手をやろうとしたが、それは彼によって、遮られた。
リボーンの手の、体温だー…、などと、ぼんやり思っているだけで、ツナは何も口にしないでいる。
すると、リボーンは一つ、溜め息を吐き出した。


「−……相当やばい」
「は、ぁ?」
「いいから寝てろ」
「書類ー……、」
「寝ろ」


ヒョイと、椅子から軽々ツナを立たせると、そのままツナをベッドへ歩かせた。
ツナも漸く、モゾリとベッドに潜り込んだ。
仕事が気に掛かるが、何だか考えている余裕がない。
霧が掛かったような頭が、ちゃんとした事を考えさせてくれない。

リボーンは、どっかりと黒皮の椅子に座ると、書類を見始めた。

(…やってくれんのか…)

彼がやってくれるなら、何も問題は無い。
きっとすぐに、片が付くだろう。
リボーンが戻ってきたことに安心して、彼がこの空間に居ることに安心して、
ツナはゆっくりと、瞼を閉じた。














目が覚めると、薄暗い中に、温かさを感じるスタンドの光が目に入った。
覚醒したばかりの脳は、今が何時なのか、どうして寝ているのか、まだ理解していないようだ。
足を組んだリボーンが、ワイングラスを持っているのが見えて、漸く、どういう状況だったのかを思い出した。

「−…書類ー…」
「片付いた。後でサインだけしとけ」

綺麗になっている机の上に、思わず唖然としてしまった。
あんなに高かった山が、綺麗さっぱり無くなっている。

「−…ん。ありがとう」
「何か食うか?」
「いい。でもー…ワイン。オレも飲みたいかな」

ツナのリクエスト通り、リボーンがワインを注ぐ。
カマンベールチーズが数切れ乗った皿を、ベッド近くの小テーブルに置くと、ワイングラスをツナに渡した。
椅子を近づけ、ツナの側に座る。ツナが一口、ワインを流し込む。

「美味しい……」

見ると、リボーンのグラスはもう空に近かった。
ワインを手に取り、彼のグラスに注ぐと、リボーンはまたすぐ、いとも簡単に、グラスを空けてしまった。
何度ついでも、すぐに空くグラスに、またしてもツナは唖然となった。

「−…リボーンの酔ったとこって、見たことがない…」
「オレは酔わない」
「−……知ってる」
「−…なんだ、酔わせたいのか?」
「ば……、っ」

ばかか!と、言ってしまう前に、ワインをグイっと飲み干した。

(オレばっかり崩れてる……)

スタンドの光だけの、薄暗い空間で、余裕の微笑みを見せたリボーンは恐ろしく。
ー恐ろしくー…。
顔を真っ赤にしたのは、この薄暗い中では分かりはしないと思うし、
いざとなったら、酒のせいにできるのが、ありがたかった。

とうとう、ワインを一本空けてしまったが、リボーンは全く表情を崩さなかった。
自分ばかりが弱みを見せている気がして、ツナはぐったりと肩を落とす。

「ー…美味しかった」
「当たり前だ。シャトー・ペトリュスだからな」
「え!?うそー…」

最高級ワインの名を上げられ、慌ててラベルを確認する。
薄いクリーム色のラベルに、ハッキリとした明るい赤が混じっていた。
ああ、そして1961の文字ー…
もっと味わえば良かった。
普段なら自分の飲んでいるワインを気に掛けるだろうが、今日はそんなこともなかった。

「もう寝る……」

枕に頭を埋めるが、リボーンはまだ、チーズをつまんでいた。
視線はツナに向けている。

「−……ありがとな、今日。」
「借りは返してもらうぞ」
「うんー…、酒でも、服でも、ー……」
「酒は酔えないから、面白くない」
「うん……」

瞳がトロンとしだしたかと思うと、すぐに瞼は閉じられた。


「−……意味、分かってんのか?」


問いかけても答えずに、気持ち良さそうに寝息を立てる。
安心しきった寝顔に、自然と表情が和らぐ。こんな顔は絶対に見せられまい。
表情を隠すように深々と帽子を被ると、腕を組み、そのまま瞳を閉じた。






ワインもウォッカも、何もいらない。
全て必要ない。
同じ空間に居るだけで。
前に立った瞬間 その瞬間から
もう既に崩れている。







いつもお世話になっているシャケ様に捧げますv
現代ってリクエストだったのに未来設定書きやがりましたよ(す、すみません…)
未来設定では、ツナとリボーンが凄い信頼関係あると良いです。
二人とも好き同志なんだけど、仕事の面でも凄い結ばれてる!みたいな…!<夢見すぎだ…





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