ランボをボヴィーノのボスに渡してから3日目。
ツナは、よく二人で訪れた駄菓子屋で無意識に、小さなキャンディー詰めの袋を手に取り、
山盛りの飴玉を、流し込んでいた。
ザラザラ、ザラザラ、袋に落ちていっては、すぐに膨れ上がって、一袋出来上がりー
もう少しで落ちてしまいな、木の看板は、ひっそりと店の前に出されていて、道行く人々の目には留まらない。
そこは、「マフィア」が通う場所にはあまりにも世界が違っていたし、ツナが纏っている黒いスーツもまた、
この場所には全く似合いでなかった。

それでも、ランボとは良く訪れていた。
彼は、子供でありながら大人であり、大人でありながら、子供であった。
最高級のシャンパンや、トリュフなどを嗜むかと思えば、下町の、小さな駄菓子屋の飴玉やクッキーも大好きだった。
そして、何より好物としてくれた。

『ボンゴレ10代目ー……』

甘ったるく囁くあの声を、どうしても探してしまう。








BB













ランボをボヴィーノに戻らせたのは、3日前。
ボヴィーノとボンゴレ。今でこそ親密にやり取りの出来る間柄だが、一時期は険悪極まりなかった。
ツナが10代目ボンゴレを継いでからは、嘘のように、二つのファミリーは親しくなったのだ。
ランボもボンゴレのアジトに頻繁に出入りするようになったが、元から彼は、ボヴィーノのボスのお気に入りだ。
たまには顔を見せに、会話を楽しむ為に、帰っておいで、との手紙が着たのは、5日前。
それと共に、ツナの許にも手紙が届いた。少しランボを貸して頂きたい、と。
ツナは、納得していた。
ボヴィーノのアジトにも頻繁に戻ると言っても、ボンゴレと比べれば、その回数は少ない。
あまり気乗りしないランボを、ツナから強く後押ししたのが、4日前。
そして1週間の期限付きで。彼はボヴィーノの許へ戻ることになった。
その裏には、こんな思惑があった。

一週間も、丸きり会わないでいれば、ランボの甘えん坊ぶりを、ちょっとは直せるかもしれない、とー






「………お前は何をそんなに買いこんでんだ…」
「おやつ……、」

店から出たツナを待ち受けていたのは、げっそりしたリボーンの視線であった。
透明な手提げ袋に入った、いくつもの子袋。
それは、クッキーであったり、チョコレートであったり、キャンディーであったり、薄荷であったり。
それも、一種類ずつではなく、何種類ものそれらが、手提げ袋には入っていた。
見ただけで胸焼けを起こしてしまいそうだ。
リボーンは口許を軽く抑えると、ツナから背を向け、歩き出した。

「あと、4日かー……」

リボーンにも、と、薄荷の入った子袋を、一つリボーンに渡す。
ツナの手からそれを受け取ると、一つ、口に入れたまま、後は口を開かない。
あと4日。煩いのが居ないのは大変喜ばしいことだし、どうでも良いことでもあるが、
ーツナの元気が、ない、のは。
上手くいかないものだ、と、心の中で呟いたまま、薄荷を口の中で転がした。










時間が過ぎるのが、とてつもなく長く感じてしまって、それでも漸く、その時が来た。
ランボが帰ってくる日の朝は、嬉しくて。ついつい、早く目が覚めてしまった。
身支度を整え、好物を揃えて、待っていると、早速、扉が叩かれた。
返答をすると、薄いシャツをしまわず、黒いジャケットを羽織ったランボが姿を現した。

「お帰り!」
「お久しぶりです、10代目」

ふわりと微笑むが、一定の距離を守り、ツナに触れようとしない。
いつもなら、すぐ抱きしめてくるのに、−今は、それをしようとしなかった。
その気配すらない。

「これ、土産です。10代目の好みに合うかと思いますよ」
「あ、ありがとうー……」

年代の赤ワインを渡され、礼を言っても、上品な微笑みを浮かべるだけであった。
甘えたがりの癖が、直ったのだろうか。
それが直れば、確かにランボは、完成された、美しく優雅な立ち振る舞いのできる男性になるのだろうが。
それでも、ツナの胸にはジワジワと広がる違和感があった。

「あ、…ボヴィーノのボス、元気だった?」
「とても。10代目はお元気でしたか?」
「…うん。オレは、…元気だったけど」

元気だったけれど、寂しかったよ。
などと素直に言えずに、ツナは戸惑いながら開けていた口を閉じた。

「オレも、元気でしたよ。少し寂しかったですけど、」

そう言うランボは、しかしどこか余裕がありそうで、ツナは益々、言い出せなかった。
駄菓子屋で買った菓子を渡す雰囲気ではない。
何だか、此処にいるランボは、ランボのようで、別人のような空気を放っていたのだ。
お菓子よりも、ワインやブランデー、駄菓子屋よりも、洒落たバー。
ツナが黙っていると、何も話すことがないのか、退屈だったのか、ランボは一礼して、部屋を出て行った。
膨れ上がっていた違和感は、全て不安へと変わり、ツナはその場で、身じろぎも出来ずに、暫く突っ立っていた。ランボが去った、扉を見つめたまま。






数日経っても、ランボの様子は変わらない。
二人は恋人な訳だから、勿論触れ合いや、そういう営みはあるものの、
やはり、以前のように、じゃれてきたりはしてくれない。いつも冷静でいる。
身勝手だと思いつつも、ツナにはそれが、とても寂しいことであった。








「……ランボの甘え癖、完璧に直ったと思う?」
「知るか」

ドッカリとソファーに座りながら、銃の手入れをするリボーンに聞いてみるが、リボーンは興味なさげに答えただけだった。
ツナは、あの日に駄菓子屋で買った飴の袋を取り出すと、リボーンの横に腰掛けた。
少しソファーが沈んでも、リボーンはひたすらに、銃を磨いている。
ツナが一つ、飴口にすると、口中に甘味が広がった。
よく、一つの袋に、限界まで詰め込んで、ランボと半分に分けていた。
もう彼は、駄菓子屋なんて行かないだろうし、この菓子も、食べない気がして。
ぎゅうっと、子供みたいに抱きつかれたり、頼りなさ気に眉を寄せ、涙しそうなランボをあやすようなこともなければ、あの場所で、一緒に菓子を選ぶようなことも、ないような気がして。

懐かしい思い出が、もう決して実現してはくれない気がして
ツナはどうしても悲しくなった。
眉を寄せ、俯いていると、リボーンが手を広げた。一つ、飴をねだっているようだ。
ツナは3つ、リボーンの手の上に、飴を乗せる。
意外そうに、リボーンはツナに視線を向けた。

「…アホ牛の分が足りなくなるぞ」
「ん、大丈夫。多分、これは食べないからー……」

口にすれば、更なる悲しみが襲ってきた。
リボーンの肩に、コツンと頭を凭れさせると、安心して涙が零れてしまいそうになる。
リボーンは、何も言わず、銃を磨く。
その音が、どんな言葉よりも、安心させてくれたのだ。

「−…ランボの甘え癖、ちょっとは直ればいいって思ってたのに。全部直ったら寂しいなんて、
ー…オレって、我儘ー……」
「お前の我儘なんて10年前から分かってる」

間髪入れずに答えられ、ツナはついつい、微笑を溢してしまった。

「…良く知ってるね」
「知らない訳、ねぇだろ」
「−……リボーン、もしオレがお菓子食べきれなかったら、手伝って」
「あ?」
「無駄になるかもしれないから」
「……冗談じゃねぇ」

いつもと変わらない、落ち着いた鋭い声は、しかし僅かに優しさが混じっていた。












その夜、ランボは窓際で、ブランデーを口にしていた。
コロン、と、氷を鳴らすと、闇夜にその音が響き渡る。
三日月を見ても、特に何も思わず、ただ、想うのはツナのことであった。
ボヴィーノのボスからアドバイスを受けた、あの日から、ランボは甘え癖を直そうと、必死だった。
ツナの前に立てば、ついつい抱きついて甘えたくなってしまうし、誰か他の部下を可愛がっていれば、たちまちジェラシーが胸を独占する。
しかし、そんなことでは、いつか愛想を尽かされ、嫌われてしまうよーと、それが、ボヴィーノのボスから受けた、
アドバイスだった。だから、ランボは頑張ったのだ。それはとても辛いことであるが、必死に堪えていた。
ボヴィーノのボスにしてみれば、ただ、楽しんで言っただけだったのだが、ランボは微塵も気がつかなかった。

側にいれば、甘えてしまうし、辛いものがある。
だから、なるべく距離を置いた。

(−……辛い…)

ガクリと肩を落とし、再びブランデーに口を付ける。

「ランボ?居る?入るよ」

突如現れた、聞き慣れた声に、思わず噴出しそうになってしまった。
此処で会ってしまったら、甘えてしまいそうだが、それでも無視することなんて勿論、できやしない。

「どうぞ…」

扉を開けると、やはりそこに立っていたのは、全てを捧げる愛しい人。
いつも優しい笑みを浮かべている彼は、少し元気がないようだった。
ランボは軽く首を傾げ、ツナに問いかけてみた。

「ご気分が優れませんか?」

ツナはふるふると、緩く、首を横に振る。
ランボのブランデーを一口ねだると、ランボは少し躊躇いながら、ツナにグラスを渡した。

「強いですよ…」
「ん……」

あまり何も考えずにコクンと一口。喉を通ると、その部分がカっと熱くなったのが分かった。
ゴホゴホとむせてしまうツナの背を、軽く摩るランボは、まるでいつもとは逆の立場で。
今までの日常の中に、確かにこういう場面もあった。
だが、今は状況が違いすぎる。
これでは完璧に、自分が「甘えたがり」−

「大丈夫ですか?」

ハンカチで、ツナの口許を拭っているランボに、ツナは胸が締め付けられるような感覚を味わった。
甘えなくても、何でもいい。失いたくない。と、思う。
けれど、あの頃のランボが、どうしたって、懐かしい。

「…オレ、いつもランボに甘え癖、少し直せって言ってたけど」
「直ってます、よね?」
「うん。でも、今度はオレが、…」

キョトン、と、目を丸くしたランボは、ハンカチを持ったまま、動作を止めてしまった。
固まってしまったランボの胸に顔を寄せ、ツナから、抱きしめた。瞬間香る、ブルガリの香水。

「……ごめん。ー…寂しいんだ、こういうの…」
「…え、こういうの、って…」
「ランボに、甘えて欲しい……」

ランボは、視線を落ち着かなくさせ、焦り出した。
信じられなくて、何か良い夢を見ているような、気がしてしまって。
胸の中にあるツナの身体を抱きしめると、漸く、それが現実のものだと実感できた。

「……っ10代目ー…!」
「え、え?」

爆発したようにぎゅうっと抱きしめられる。
10代目、と、何度か呼ばれ、その存在を確かめるように、力を込められ、
その次には、軽く触れるだけのキスが何度か続いた。
それは次第に、深くなっていく。

「ん、ん……っ」

唇が離れ、ぷは、と息を吸い込んだ直後に囁かれた、「10代目」
甘みを帯びたその声は、もう冷静でも何でもなく、ツナの心を溶かしていく。
くしゃりと顔を微笑ませ、ランボの頭を撫でてやると、心底安心したような笑顔を見せてくれる。

「…な、なに…−!甘え癖、直ってなかったの?」
「……上辺だけ、取り繕ってました。大変でしたよ」
「何でー…」
「後でちゃんと、お話します」

今は甘えさせてください、と、もう一度、唇に触れた。
子供のような、大人のような、二つの魅力を持ち合わす。とても厄介で、とても可愛らしい。
菓子のように甘ったるい空気かと思えば、上品な香水で、周りを惑わす。
ツナはねだるように、ランボの首に腕を絡めた。

ーどうかこのまま、厄介なままで。

そう、思いながら。







長かったですね。お疲れさまです!
ランボが完全に大人になったらツナは寂しいかなぁ、というお話でした。
あ、でも獄寺というペットがいるから寂しくないか…<エ!?
獄寺参戦のお話も面白そう。
ツナ第一のペット・忠犬vsペットなのか恋人なのか・牛 みたいな…!!

や、本当はもうちょっとしっとりした落ち着いたランツナもやってみたいのです<憧れ…
うちのランツナ落ち着いてなさすぎる…!!ガガーン



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