君には分からない。
あんたには、分からない。
こんな気持ち。
* **
今日、何回目の溜め息だろうか。
やっと、自分の望んでいる関係になれたと思っていたのに、どうも、エドに避けられている気がしてならない。
気のせいなのか。
・ ・・その訳がない。
エルリック兄弟が泊まる宿に何回電話をしても、居留守を使われるわ、出たとしても弟のアルだ。
会うどころか、電話にも出ない始末。
一体、彼に何が起こったのだろう。
それとも自分が、何かやらかしたのだろうか。
重い頭を抱えて、ロイはまた、溜め息を吐いた。
***
「エルリックさん。電話です」
二人が泊まる宿の者が、扉の外から声を掛けた。
『エルリック』さん。
アルか、エドか。一人に限定しない呼び方だ。
だが二人とも、誰から電話なのか、どちらに用事があるのか、分かっていた。
「兄さん、電話だって」
「……どうせ大佐だ」
素っ気無く言い放つエドを見て、アルは溜め息を吐く。
もう一度、「兄さん」と呼んでも、エドは電話に出ようとしない。
仕方なく扉を開け、アルが電話に出ようと部屋を出た。
受話器を取ると、やはり電話の相手はロイだった。
エドが出ない事を知り、ロイは電話の向こうで、あからさまに落胆してみせた。
「…兄さんと喧嘩したんですか?」
昨日電話があった時も、エドの代わりにアルが出た。
昨日は聞けなかった質問を、今日ぶつけてみた。
『…いや、心当たりがない。君からも言ってくれないかい?いい加減、電話に出るように…』
君の言うことなら聞くだろうと、ロイは続ける。
確かに、アルがもう少し押せば、きっとエドは電話にも応じるだろう。
だが、説得する気にはならなかった。
エドに対する独占欲。
この感情が兄弟としてなのか、それとも、もっと別のものなのか。
最近恋仲になったロイとエドを、確かに応援しようと、そう決めたはずなのに。
やはり何処かで、痛かった。
「・・はい。わかりました」
静かに答えると、受話器を置いた。
部屋へ戻ると、エドが膝を抱えて座っていた。
「兄さん、何で大佐と話したくないの?喧嘩?」
「…緊張する」
「・・・は?」
あまりにも、普段のエドらしからぬ答えに、アルは聞き返してしまう。
見ると、エドの顔は真っ赤に茹で上がっていた。
そうっとエドの座るベッドにアルも腰掛けると、ベッドは大きく沈んだ。
「…会うのも電話するのも、前とは違う。前はこんな事なかった」
憎まれ口を言い合ってばかりいた、あの頃。
ロイに対しての緊張なんて、全く無かったのに。
今の自分は、まるで自分ではないようで。
ますますエドの顔は赤くなる。
「…兄さん、可愛い」
「可愛い言うなっ」
ついポロっと口から出た本音だったのに、エドは、からかわれたと思ったらしい。
本当は、仲直りして欲しくない、という想いもある。
むしろ、その方が強かったりもしたが。
それでも、やはり。
「少しだけでも、会って話してきなよ。何か変わるかもしれないよ?」
***
アルの助言を受けて、エドは司令部へやって来た。
ロイがいる部屋の前で、すうと息を吸い込む。
意を決して扉を叩き、中に入ると、予想通りロイがいた。
少し躊躇いながら、ロイの机の方へと近づいていく。
すると、エドがこちらに来るのを待ち切れなったように、ロイはその場を立ち、焦るようにエドに歩み寄った。
「…何故、電話に出なかった?」
「・・・忙しかったんだよ」
明らかに嘘だと分かるエドの答えに、冷ややかに笑うと、軽く顎を掴んだ。
そのまま唇を奪おうとすると、エドに顔を押し返された。
「…っそういうのが嫌なんだって!」
こんな事をされたら、ますます緊張する。
ロイとは違い、エドにはこういった経験が無いのだ。
だがロイは、行為自体が嫌なのだと勘違いしたらしい。
物凄い勢いで、焦り出した。
「…どういう事だね、それは!」
キス程度で嫌がられていたら、堪ったものではない。
まだまだ序の口だというのに。
「俺は大佐みたいに慣れてねーんだよ!」
ロイは。
ロイは慣れているから、こんな事きっと悩まないのだろうけれど。
でも自分はそうではない。
全てが、初めてなのだ。
すんなりとスマートにはいくはずもない。
ロイを見上げるその瞳は少し。
ほんの少しだが、潤んでいた。
そんな顔を見せられたら。
ロイは、そうっと包み込むようにエドの背に腕を回す。
優しい抱擁を与えられても、エドはロイを見ようとはしない。
「…私だって、慣れてなどいないよ。」
あれだけ女と遊んでいて、よくもそんな事が言えたものだと、エドは変に感心する。
「鋼の。君が初めてだよ」
「はぁ?・・・ああ、男はってこと?」
「・・・違う」
ムードも何もないエドの言葉に、ロイは肩を落とす。
実際、初めてだった。
相手の行動や、言葉一つで、一喜一憂。
臆病になったり、歯止めが利かなくなったりと、ここまで忙しい想いは今まで無かった。
初めてだった。
きっと、エドと想いを比べたら自分の方が遥かに重いという自信がある。
自分がどれほどまでに彼に惚れ込んでいるかなど、きっとエドには分からないだろう。
「あ、わかった!ここまで年下に手を出したのは初めてってことだろ」
本当に分かっていないエドに、ロイはまた肩を落とした。
* **
あれから。
以前よりは全然、緊張が減ってきたエドは、頻繁に司令部に出入りするようになった。
アルの一言が無かったら、もっとややこしい事になっていただろう。
エドは心から、アルに感謝していた。
「ありがとな、アル」
その笑顔を見て。
やっぱり助言するべきじゃなかったと、アルはかなり後悔したのだった。
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