割かし、優しくしていると思う。
オレは中々、がんばっていないか?
頑張っているということは、無理をしていないかー突き詰めて考えるなと、頭の中で警報が鳴り響く。
この透けるようなアオの瞳は、どうやら冷たく見えるらしくーオレの頑張りは大分、こいつでもって打ち消されてしまう。
それだけでない。
金色の髪の毛も、その原因であるようだ。
「私は好きなのに、悲しくなってしまう」
そう言われたって。冷たくしてるわけじゃない。
オレだって頑張っている。
ブラコン
昼が終わり、夜がやってきても、特に寂しさは覚えない。むしろ、好きだった。
いつも通る道を、ただ今日は、「またか」と肩を落としていた。ふられた。
いつもそうだ。あっちから言ってくるくせに、あっちから断る。
電灯がポツポツと、等間隔に並んでいるのはいつも見ているはずなのに、何故だか今日は、虚しさに足を止まらせてしまった。
虚しいのだ。ポツン、ポツンとしか光が無い。電灯と電灯の、その間にあるのは暗闇だけで、どうしたって光が入ってこない。
昼になれば、全てが照らし出されるのに。
コロネロは溜め息を吐いた。
(何回目……)
見上げても星は無く、ただ、どんよりと重たい雲が薄っすらと見えるだけだった。
明日は雨が降るのだろうか。
ぼんやりとそんなことを思って、そしてー今日会った、女の顔を思い浮かべた。
ぼんやりと。
「別れた方が良くない、私達」
言った時は、強気に振舞っていたが、段々と瞳が潤んできていた。
何で泣くのだろうーと、コロネロは訳が分からなかった。自分から言い出した事だというのに、おかしい。
「…なんかしたか?」
好きだと言われた青い瞳で真っ直ぐに彼女を射抜くと、彼女はフルフルと首を横に振った。
緩やかに、ゆっくりと。
「そうじゃなくて、ちょっとー虚しくなってくるから。私、好きな人、できたの。ごめん」
つまり、そういうことか。好きな人ができたんじゃ、仕方ない。
「わかった。じゃあ」
これで終わりかと思ったのに、突然泣かれた。
ワアワアとあまりに泣くものだから、周囲の連中からはまるで、コロネロが彼女を泣かせたように見えたようだった。
じろじろ、じろじろと見られる。
(オレじゃねえよアホ)
とりあえず場所を変えて、飲み物を買ってくると、少し落ち着いたようだった。
さて、これからどうするか…。どっか入るかーどっか…、周辺の地図を頭の中で開いていると、凭れかかって来た。
は、あ?
さっき確かにオレのこと、振ったよな、と確認を取りたくなるが、もうどうでもいい。
とにかく泣き止んで欲しい。あまり人の注目を集めるのは好きでなかった。
この天然の金の髪を青い目のせいで、一人で居たって随分とジロジロ、見られるのだ。
時々見てんなと叫んでしまいたくなる時がある。これは見せ物ではない。
彼女の肩をそっと抱いて、髪を撫でていると、やっと穏やかな口調で話し始めた。
結局ふられた。
それは、ふられたというのはちょっとおかしいのかもしれないがー
とにかく、いつもと同じパターンだった。
私は凄く好きなのに、それなのに好かれてる気がしないから、凄く虚しくなる。
あなたのこと好きだから、悲しくなる。ごめんね。辛いから。
そういうことを何回か言われた。
何回目なのだろう。どうしてなんだろう。
ちゃんと好きだ。嫌ってるわけない。付き合ったんだから。
最初は確かに、付き合ってる子がいないから、今、フリーだからという理由でOKを出すわけで、
だから決して、彼女が真剣に好きだから付き合う、という立派な理由があるわけじゃないが。
それでも、付き合っていく内に、いい子だとか、可愛いとか、そういう事は思うのだ。確かに、思うわけでー。
ちゃんと、好きなはずだった。
なのに、届いていないらしかった。結構頑張って届けようとしたはずだったのだけれど。
ちゃんと好きだけれど、確かに、激しい愛情は無かったかもしれない。
彼女を独占したくて仕方ないとか、一生自分のものにしておきたい、だとかの激しさは、自分の中に無かった。
でも穏やかなのも愛だろう。と、思うのにー何故だか、それを「愛されていない」という風に取るのだ。
(−疲れた)
もう暫く彼女だとか恋愛だとかはいいーとか思った。疲れた。
自分の愛とは、穏やかなものであって決して激しいものではないのだ。
それを間違った風に取られて、冷たいだの愛されていないだの別れるだの別れないだの言われるのは結構しんどいことだ。
「−コロネロ?」
呼ばれて、はっと振り返った。兄だった。
兄の役割であるツナとは全く似ていない。本当の兄弟じゃないのだ。本当は兄でもない。
近所の年上の男だが、一緒に住んでいる。
ツナの親は、コロネロの親と、親友同士であった。だから、コロネロの親が引き取ったのだ。
再婚の為、いらなくなったツナを。
それ以来、ツナはコロネロの兄的役割をしていた。コロネロの方がしっかりしていたのだが、精神的な部分で、
随分救われてきたし支えられたと思う。この、大切な兄に。
少し茶の掛かったツナの髪は、ふわりと優しい印象で、−自分は何度か触れた事があった。
とても、柔らかいそれに。なんだか頭が、ぼうっとなる。
「ー…顔、赤い」
「うん。ディーノさんと飲んできた。…あ、赤い?」
「赤い」
「そんなに飲んでないんだけど、弱いのかな」
「弱い」
「…元気ない」
何かあった、と、言いながら横に並ばれる。
何かあったーこう聞いた時点で、大体分かっているのだ。
「ふられた。」
「やっぱり。そんな気がした」
「それ、失礼じゃねぇの…」
夜の匂いを嗅ぎながら、家に向かって歩いていく。さっきより、虚しさは感じない。
電灯をもう何本通り越したかも、忘れてしまったし、じっくりと等間隔に並んだ電灯が立つ一本道を、じいっと見ることも
しなかった。ああ、落ち着く。このまま家に向かって、一緒にテレビでも見て。
それだけで今日のことはどうでも良くなってくるのだから、自分には恋愛など必要なかったのかもしれないと思ってしまう。
「コロネロは淡白だから、誤解されるだろうなあ」
「されるどこじゃねぇ」
「”私のこと、本当に好きなの”って?」
「冷たいとか」
青い目は、信じられないくらいに綺麗だと、以前言われた。金色の髪も、同様にー。
それと同時に、冷たさも帯びていると、言われる。
ツナは違った。昔から、きれい、と言っては、頭を撫でるだけだった。今は滅多に、頭を撫でるなんてしないが。
それでもコロネロが落ち込んでいる時には、時々、することがあった。
今も、ツナはコロネロの髪に触れた。
「悲しかったね」
自分より低いところから頭を撫でられる。
なんだかじわりときてしまった。だって、やはりツナだけはそう言ってくれる。
分かってくれる。
特別優しいなんて、そんなのじゃない。けれど、ちゃんとーちゃんと好きで、優しくしていたつもりだ。
なのに、あの子に何かを勘違いさせてしまった。
いつだって、届かない。そしていつだって、届くほどの激しい感情が、相手に対してもてない。
結局のところ、それなのだ。その程度なのだ。
自分の愛の形が違っているのではない。そこまで、真剣なものじゃなかった。
いつだってーそうだったのかもしれない。
「…でも、好きだったのは本当だ」
「ん」
「一応」
「一応って、…」
あのなあと、ツナが薄く笑うと、コロネロの頭が、ボトンと肩に落ちてきた。
結構真面目に、好きになったと思っていたのに。
ツナの側で、泣いてしまおうかと思った。
きっと涙を流しても、やんわりと髪を撫でてくれるだろうし、
何も言わずに、時が経つのを待っていてくれるのだろう。
涙なんて、流さなかったけれど、ツナはコロネロの髪を、そっと撫でた。
コロネロが離れるまで、待っている。ツナは自分からは、動いたりはしない。
コロネロは、どうしたらいいのか分からない。この場所ほど居心地の良い場所を知らない。
離れられない。
こいつが女だったならばー
「お前、女だったら良かったのに」
「な、なんだそれー…オレが女って、きっと気持ち悪いよ」
「そうだな」
ひどいなあと笑う。
ひどいのはどっちだ。男なんかに生まれてきやがって。
ツナは何も悪くないのに、心の中で文句を言ってしまう。
(だってお前、本当に女だったら良かった。そしたらー…)
そしたら。
「あ、母さんからメール。帰ろう」
ツナは鞄から音を鳴らした携帯を取り出し、チェックするとすぐにそれをパチンと閉じた。
「帰ろう」の言葉が嬉しい。彼と一緒の屋根の下、共に過ごせる空間があることが嬉しい。
ー次はどんな恋をしようか。いつかきっと、激情に身を焦がすようなーそんな恋が出来る。きっと、きっと。
(オレがまともに恋を出来ないのは、ブラコンのせいだ…)
多分、おそらく。そうかもしれない。
次の相手とは、長く、末永く続くことを願う。
願わくばその時は、重度のブラザーコンプレックスが治っていますように。
きっと、そんな簡単にはいかないのだろうけれど。
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