フロアへ出たコロネロは、すぐにツナの居るテーブルへ向かう。
勿論、ツナがこの店に来ていたことなど、知っていた。リボーンになど、知らされなくても。
何だか恥ずかしくて、出て行かなかった。
しかしー隣の金髪の、やたら美形な男と仲がよかったのが気になってたまらない。
無言でツナ達のテーブルの前に立つと、水の入ったグラスをヒョイと持ち上げた。

「…何来てんだ、お前は」
「コロネロ!良かった。今日居ないかと思った」

見上げたツナが、あまりに自分を見つけて、嬉しそうな顔をするものだから。
胸の中のつっかかりが、見事に消えていくのが分かる。
どうしてこうも、単純なのか。
自分で自分がおかしい。
トン、トン、と、順々にグラスを置いていく。
慣れたもので、優雅な動きで、静かに水を盛っていっていたのに、
それなのに、ツナの頭に誰かの手が触れたとなれば、そんなことも容易く出来なくなる。

触れた。
くしゃりと、隣の男がツナの頭を撫でたのだ。
勢いよく、水が零れてしまうくらいに音を立てて、グラスを置いてしまいそうになった。
逆上したのだ。これしきのこと、なのに。

(……はあ?)

自分でも良く分からない。
ここまで重度なブラコンだっただろうかと、思う。
もうここを去ろうと思ったのだが、また、ツナに触れる男がいるのだから、頭にきてしょうがない。
そんなに容易く触るな、触らせるなと、怒鳴りたくなる。

「ディーノさん…髪ぐしゃぐしゃになるんですけど」
「んー、ツナの頭きもちいから」

ブツリときた。
今、ツナはディーノと呼んだのだ。
つまり、いつも一緒に飲みに行く男。
いつも、仕事を助けてくれるだのなんだのと、ツナがやたらベタ褒めする男だ。
ツナにやたらと接触してくる上に、この男がディーノだと分かったら、もう駄目だった。

「触んな」

一番、端に座っているツナをグイと引き寄せ、自分の腹まで持って来る。
コロネロに頭を抱えられたツナは、目を真ん丸くして、きょとんとしていた。
このテーブルの世界も、シィン、となる。

触れたツナの髪は柔らかく、温かい。
この髪に触れられるのは、自分だけでいい。そうであってほしい。
ああ、彼女に対してだってここまで激しく、こんなことを思ったりしないのに、
自分はどういうことだろう。
コロネロは思った。

どこまでも、ブラコン。




ブラコン3







「…どうしたの、コロネロ」
「知るか…。オレに聞くな」

むしろオレが聞きたい、と、思った。
暫く黙っていたが、コロネロはやがて、くるりと背を向けて、厨房へと去って行った。
ツナはただただ、疑問符だけが付き纏う。
首を傾げてみても、何がコロネロの気を悪くさせたのか分からない。
機嫌が悪かったのかもしれない、などと考えていたせいで、黒川が何度か呼んでいたことに、
ツナは全く気がつかなかった。

「沢田って!無視すんな。…ね、今のが弟?」
「え、ああ、ごめん。今の、弟のコロネロ」
「−…うっそ…」

レベル高いー。
そう溜め息まじりに漏らした黒川は、今度は他の店員のチェックも始めていた。
ディーノは一口、コーヒーカップに口を付けると、口元を上げる。
まだコロネロの事を考えているらしいツナに視線を向けて、もう一度笑う。

「あれが良く話に出てくる弟か」
「…そ、そんなに話してたかな、オレ…」
「結構」

ディーノはへらりと笑うと、ツナの頭をまた、くしゃりとした。
ディーノの笑顔が好きだ、とツナは思っていた。
何だか安心してしまうのだ。
ディーノのような出来た兄ならば、コロネロも良かったのかもしれない。
そんなことを考えて、へこんでしまう。情けないと思っても。
コロネロが大切だ。
だから、できるならば、彼が、この人が兄で良かった、と思ってもらえるような、出来た兄になりたい。
ポン、ポン、と、ディーノに何度か撫でられると、ツナは遠慮がちに微笑んだ。













ー疲れたー。
バイトが終わり、着替えを済ませたコロネロは、ぐったりと肩を落としていた。
本当に、ぐったりだ。

『触んな』

自分の言葉を思い出して、更に心が深く沈んでいく。
ああ、本当にー。
小学生じゃあるまいし、何てことだろう。
ロッカーに手を付き、俯く。まるで、猿のする、反省のポーズ。
兄が誰かに触れられるのを、冷静で見てなどいられない。
それは、世間一般では、普通の事ではないのだろうか。
この世界の兄弟達に聞いてみたい。

いつまでも落ち込んでいる訳にもいかない。
更衣室から出て、更にカフェの看板も抜けると、そこにはポツリと、一人、ツナが待っていた。

「−…ツナ?」
「お疲れ」

コロネロの声に反応して、パっと顔を上げたツナは、コロネロの方にゆっくりと近づいてくる。
夜空の下は、どれだけ寒かったことだろう。
ツナの唇から、白い息。
自分を見上げているツナの頬を、そっと両手で包むと、やはり冷たい。

「…何してんのお前」
「待ってた。一緒に帰ろうかと思って」

胸がぎゅうっとなり、温かいものが流れてくるのを感じる。
ツナの耳の下あたりを、親指の腹でやんわりと撫でると、彼はピクリと反応した。
くすぐったそうに。
可愛いと思う。いつも、自分の絶対の存在は兄だった。
家族を大切だと思うだけで、しかし、それは彼女には持てないほどの激情で。
悪いことではないと思うのに、このままではいけないと、思わざるを得ないのだ。

ぼんやりとそんな事を頭の中で考えながら、足を勧めようとすると、鞄の中から、振動が伝わった。
携帯だ、と気がつき、それを取り出すと、ディスプレイには女の名前があった。
彼女からだ。
そういえば、終わったら連絡すると言っていたことを忘れていた。
ツナに背を向け電話に出ると、穏やかな、優しい声が聞こえてきた。

「−悪い、忘れてた。ああ、いやー。今はちょっと。悪い…」

言ってて、自分で分かっている。こんな恋人があるだろうかと。
忘れていたなんて、頭から消えうせるという悲しい言葉だし、それをキッパリ、第一声で伝えてしまえるような気遣いの無さが、
自分の「長続きがしない」要因である。
「冷たい」と言われる原因である。分かっているのに、どうしようもない。
そんなに優しくしていない訳でもない。
それに彼女の事は、本気なはずで、決してそんなーすぐに別れてしまえるような感じではないはずだ。
けれどすぐに、通話を切った。
彼女の声は聞こえないけれど、隣には兄がいる。

それはつまり、彼女<兄 という公式が成り立ってしまいそうな事だった。

「いいの?電話」
「や、用がない」
「…用なくたって掛けるよ普通」
「…知ってる」

ふうん、と、少し、顔を俯かせる動作を、横から見ていて、ギクリとした。
ツナの横顔の、彼女に似てること。
顔全体の作りが、似ていること。
そうして自分は、その彼女に、一目ぼれしたということー。

コロネロとツナの距離が段々と広がって、次第にコロネロは動かなくなった。
ふい、と、ツナが後ろを振り返ると、コロネロは額に手を当てて、苦い顔をしていた。

「…コロネロ?もしかしてお前、体調悪かったの?」
「…ちっげーよ」

手を当てている額が、熱い。顔が熱い。
違う。そうではなくて、ただたんに、家族が大切だということ。
鞄の中ではまた、携帯が鳴りだしている。振動が伝わっているのに、出る気には全くなれない。
きっとまた、彼女からなのだろう。

今はまだ、迷わせて欲しい。

けれど何週間後には、別れの言葉を切り出しているかもしれない。















ブラコン。コロ助はツナのこと大好きなんです本当に。
なんかもうツナが絡むと他の子とかどうでもいいんです正直…!


明日もツナはディーノさんと飲みに行くので、コロネロは気が気じゃありません(早く大人になりたい…!)





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