話すことが何もない。
話しても、一言二言しか会話が続かない。
彼は怒っているのかー拗ねているのか。
そんなに怒っているのなら、いっそのことぶってくれればいいのに。







ぶってよマゼット








「獄寺君、あの、ここわかんないんだけど……」
「…ここは、」

もう1時間になるか。
ツナの部屋に山本が来てから、獄寺はずっとこんな調子だ。
笑顔なんてものは勿論なく、ただ淡々と、勉強を教えるだけだ。
二人だけの空間だったなら、窒息死してしまいそうだと、ツナは思った。

何を怒っているのか分からないー訳ではない。
原因は、山本との関係にある。山本と親しい雰囲気を醸し出すと、獄寺は決まって、機嫌が悪くなるのだ。
そして、それは山本とだけではない。
山本以外の人物でも、同じこと。

(獄寺君て、独占欲がすごい…)

友達の自分でなく、彼女にしてやったら、喜ぶんじゃないだろうかーと考えたが、ボス第一の彼の口から、
色恋沙汰の話を聞いたことはない。
その話もまた、タブーだった。
「彼女、いないの」「あの子、可愛かったのに、なんで」
そんな話をツナが口にしても、獄寺の機嫌を悪くするだけであった。
ただ、「好きな子は」と聞くと、決まって顔を赤らめていた。

ツナは極力、他の誰かと親しくしすぎないように気をつけていたし、
獄寺が不快に思うらしい話題も、避けていた。

掟は守っていたはずだった。
けれど、−やはり時折、守りきれない時があるのか。
自分では、良く分からずにいるが、獄寺の機嫌が最高に悪くなってしまう時は、やはり出てきてしまっていた。

「なんだよ獄寺、お前、何怒ってんだよ」

ツナが怖がってんぞ、と、相変わらず軽い口調で、山本がからかうように話すと、
更に獄寺の機嫌は悪化した。
”ああ……”
ツナは額を軽く抑えた。

「−ツナが気にすることじゃねぇんだろ?ほら、お前まで暗くなんなよ」

山本はツナの頭を抱き寄せると、額に触れている手を、やんわりと剥がした。
そのまま茶色い髪を撫でる。山本と二人きりの時ならば、きっと安堵したのだろうが、
今、獄寺の目の前でやられるのはまずいことだ。最悪なことだ。
頭が真っ白になり、身じろぎもできない。完全に身体を凍らせた。

「てめっ……」
「ご、−獄寺君獄寺君!」

必死でストップをかけると、その甲斐あって、獄寺は特にアクションを起こさなかった。
危なかったーと、ツナはやっと、肩を下げる。ほうっと、息を吐きだす。
何とか食い止められたものの、重々しい空気は一向に変わらずに、とうとう、山本との別れの時間が来た。
店の手伝いー。そういう理由で、山本は獄寺より早く切り上げた。
ツナはそれを聞いた時、どっと、心に不安が押し寄せた。
この状態の獄寺と二人きりで、どう対応していいのか分からなかったのだ。
二人きりになったら、この重々しい空気は更に重くなり、部屋は沈黙に包まれてしまうのではないかと思うと、
恐ろしかった。

(ほんとう、いっそー…ぶってくれればいいのに…)

嘘。獄寺に殴られるなんて、考えただけで、痛い。
ダイナマイトで一発ドカンとされるのよりも、嫌かもしれない。
けれど、そんなことを思うほどに、ツナにとって、この状態の獄寺は恐ろしいものだったのだ。
いつもの笑顔も、いつもの優しい声もない。
ー殴られるのも相当なものだろうが、これも、痛かった。


山本が部屋から去った後ー
ツナの、思った通りになった。
獄寺はだんまりを決め込んでいるし、ツナも、そんな獄寺に気安く声をかける勇気など持ち合わせては居ない。
ただ、時が過ぎるのを、獄寺の機嫌が直るのを、待つばかりであった。
けれど、そうやって過ごす時間はやけに長くて。生きた心地がしない。

仕方なく、怯えながらも、ツナは口を開いた。
消え入りそうな、か細い声。けれど、獄寺はそれを聞き逃さない。
ツナの、声ー

「ー…まだ、怒ってる?」
「すみません。でも、怒ってます」
「な、なんでー…」
「貴方はオレを、挑発しているんですか…っ」


真剣にー真剣に、問いかけられた。言いながら、少し頬を染めて。
ツナは意味が分からなかった。ポカンとするしかなかった。
挑発って。挑発って。視線を逸らしたくて、グラスの麦茶に目をやった。
グラスの下に、小さな水たまりを作っている。
そういえば少し、喉が渇いていたような気がする。これを飲むことすら、出来なかった。
目の前の獄寺に、気をとられすぎていた。

「ーそう見える、時があります。…すみません」
「す、するわけないだろ!獄寺君はやきもちやき、すぎる!」
「なっ、なんスかそれ…!10代目こそ、なんでオレ以外の奴とあんな、なんですか…!」
「あ!?あんなって、あんなって」

あんなって、何!
ツナは心の中で叫んだ。二人共、顔が真っ赤になっていた。
クーラーを停止した後の、微妙な暑さの中で大声を張り上げた。頭は朦朧としている。

「…独り占めしたい、って、思ってくださらないんですか、10代目は」
「だ、誰を…」
「オレを」
「お、もっ、思わないに決まって」
「!!じゃあオレが他の誰かに一生を捧げても、他の誰かに仕えても、
右腕になって一生そいつを支えることになってもいいんですか!」
「嫌だよそんなの!」


即答であった。ツナが答え終わると、二人、また会話を途切れさせた。
けれど確かに、言葉以外のもので、想いを伝えていたような。
ツナは嫌だった。嫌だ、嫌だそんなの、−そういう気持ちを、目一杯視線に込めていた。
おかげで、悲しげな瞳になっていた。
獄寺は勿論、そんなつもりはない。ツナ以外に仕える気なんて、ないに決まっている。
けれどこの人はまるで分かっちゃいなくて、もしかしたら離れるのかもしれない、などと思っているに違いない。
まるで、分かっていない。
何も言わなくとも、自分を永遠に繋ぎとめておけることを、分かっていない。
とうに自分が離れられなくなっていることを、分かっていない。


「…ごめん…。オレが悪かったなら謝るから、…そういう事、言わないでほしい」


守ってくれだとか、仕えてくれだとか、そんな事を要求したい訳じゃない。
ただ、離れていくという意味合いの言葉を出さないで欲しかった。
獄寺は忠実だから、誓った相手には限りなく尽くすだろう。
ツナ以外にボスを選ぶのなら、それは、ツナからずっと遠くに離れるということだ。
その相手だけに、ということだー。

「−…そうじゃなくて。ああ、…10代目、そんな顔ー…すみません…。すみません。オレが悪かったです」
「獄寺君は謝らなくていい…」

謝られると、離れていかれるような気がして、悲しくなった。
謝られるなら、ぶってくれた方がいい。
気が済むのなら、ぶってくれていい。

「謝るだけじゃアレだったら、殴ってもいいから。ダイナマイトでも、
ー…こ、ここじゃ流石に近所迷惑になるけど、どっか他のとこなら」
「な、何言ってるんですか。10代目にそんな、するわけないじゃないスか…」
「だって獄寺君離れてかないなら、もうオレ、何されたっていい…」

参った。非常に、参った。
参っていた。さっきから、ツナがしょんぼりとしているのは、それは自分のせいであって。
自分の、為であってー。
ツナは嫌だと言う。獄寺が他の人間の側に行ってしまうのは、嫌だと言う。
つまりそれは、独り占めしていたいと、取っていいのだろうか。
ー参った。それだけで、相当なことなのに。
それなのに、ポツン、と呟かれた言葉。獄寺は耳を疑った。
今のは本当に、ツナが言った言葉だっただろうか。

なにされたって、いい。

(また貴方は、そういうことを言う……っ)


カーっと耳まで赤くなる。
ツナは打たれるのだと思って覚悟を決めているらしく、ずっと下を向いている。


打つだなんて、とんでもない。それを許すなら、他の許しを頂きたい。
ダイナマイトほどの熱さまで許されるのなら。
もっと、もっと他の許しを。


ぶってよとねだるのなら、痛みを伴うほどのキスを、ねだってくれたなら。
















カオリさんに捧げましたv
ドキドキ獄ツナとのリクエストくださいましてvv
ドキドキなのか分からないですが(むしろ獄寺だけDOKIDOKIでしたが<痛!)貰ってくださってありがとうございました…!




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