「ツナも応援、来て?」

野球部の試合。
「応援、行くね!」と女子に囲まれた山本が、ツナに向けた誘い。
勿論、喜んでOKをした。





チ ャ イ ム ・ ま た 明 日







世界を淡い夕暮れ色が包む、放課後。
部活の休憩時間がもうすぐ。
いつものようにタオルや飲み物を持って、山本や、他の部員を待ち構えている女子は、何時になく気合が入っていた。
野球部の試合が近づいているからだ。
そわそわとグラウンドを見ては、お目当ての彼等に、視線は釘付けになった。
休憩の笛が鳴り、どやどやと、野球部の面子が水飲み場にやってくる。

「山本君、レギュラーなんだよね」
「応援、行くからね!」
「お弁当とか、持ってってもいい?」
「差し入れいっぱい持ってくねっ」

水飲み場はいつも以上に賑わっている。
華やかな空間に躊躇いながら、ツナはただただ、感心していた。
野球部員は、モテる者が多い。それは本当だった。
顔がいい、という者も居れば、スポーツが出来るから、という者もいる。
その二つを持ち合わせている山本は、特に、タオルやら飲み物やらを渡されるのが多くなっても、
それは仕方のない事だった。
「一緒に帰りたい」と言った山本を待つため、ツナも水飲み場に居たのだが。

(今、話しかけるのは反感買うなー…)

やめておこう、と、ひっそりその場から立ち去ろうとした時、聞きなれた山本の声が、響いた。

「ツナ!」
「−…山本?」

その時、空間の中の時が止まったように思った。
周りの女子達の目が、一声にこちらを向いたまま動かなかったし、誰の声も聞こえなくて。
シィン…と、していたから。

「ごめんな、待たせてて」
「全然、平気ーだけど…」

女子達は特に、睨んだり悪態をついたりはしない。
しかし、何だか、会話を続けづらい雰囲気が漂っていた。
他の女子達が、山本と話したいというオーラを放っていたからだ。それが、ヒシヒシとツナに伝わっていた。
それに、何だか皆に見られている気がして。

「あっちの、木の方で待ってるから」
「ん。わかった。ーなあ、ツナ。明後日、空いてる?」
「明後日ー日曜日?空いてるよ」

コクリと頷くと、一人の女子が身を乗り出した。
長く、細い茶色の髪を揺らして、頬を紅潮させたまま、山本とツナを交互に見て、話しかける。

「あ。分かった、山本君、沢田君誘うんでしょ!あのね、日曜日に野球部の試合があんの。私らも応援行くんだ!」
「へえ…」

誘う、とはどういう事なのか、話が見えないツナは、首を傾げ、山本を覗き込んだ。
ツナの顔に近づけるように、山本は屈むと、にこりと微笑む。無邪気な笑みは、少し緊張していた身体を、解してくれた。

「ツナも応援、来て?」













そういう訳で応援に来た、野球部の試合。
晴れ渡った空に、空気も気持ちよかった。
そして何より、試合の結果。
途中まで、抜いたり抜かれたりの点は、応援してる側もハラハラとしていた。
駄目かもしれない、と思った最後の最後、逆転勝ちした試合に、部員も観客も、大盛り上がりだった。
歓声が上がり、泥まみれの部員達は抱き合って喜んだ。
帰りの電車。疲れきった部員達は、座席でぐったりとしていた。
いつもなら、席に座るという行為を部長が止めるが、車内は不思議なくらいガラリとしていたものだから、
今回はお許しが出たのだ。

「−山本、大活躍。お疲れさま!」

ツナが尊敬の眼差しでそう言うのを、山本は はにかんでサンキュ、と返事した。

「山本君、かっこよかったー」

きゃっきゃとはしゃぐ女子達に、他の部員達はふざけて「オレは、オレは?」と自らを指差していた。
女子達もそれを、ハイハイがんばってましたーと、笑って受け流す。
やり取りが面白くて、笑ってしまったツナを、山本が笑った。

「あー、疲れた」

精一杯、天に腕をやって伸びをする。
今はジャージで綺麗なものだが、もうしまわれたユニフォームの有様を見れば、
いかに彼等が目一杯に力を出したのかが分かる。
ゆったりと続けた会話が途切れ、あまり疲れているのに話しかけるのも悪いか、と思い、
そのままにしておくと、ツナの肩に、重みが掛かった。
見ると、山本の頭だった。

(…疲れてるんだなー…)

山本でもこういう事があるんだ、と、胸がほっこりとした。
気づかれない程度に、山本の方に頭を寄せる。

「あ、山本君寝ちゃってるー!」

一人が騒ごうとすると、他の部員も、他の女子も、シイっと指を唇に当てた。
アワワと、言葉を口にした女子も、両手で口を覆った。
山本は、すう…と寝息をたてている。
一同、微笑ましく見守っていたが、その内、ズルリと山本の頭が落ちた。
ツナの、膝に。

「わ、…やま、…っ」

声を上げようとしたが、起こしてしまう、と必死に飲み込んだ。
部員も、女子も、目を丸くしていた。
ー山本が、山本君が、沢田綱吉に。
目で、そう言っていた。信じられないと。

「おおー。山本もこういう事、あんだなぁ」
「寝顔、初めて見た」
「私もー!あ、写メとかマズイかな。友達にも送ってあげたら喜びそう」
「起こしちゃうからやめなって」
「でもファンクラブの子で来れなかった子とかー…驚くよ。だって山本君が、他の人にくっついて、寝るのってーさあ。」
「山本、あんまり隙を見せないからなー…」

隙だらけのようで、隙がないんだよコイツ、と、誰かが口にした。
その声が、何故か、耳の奥で、心の奥で、響く。
ツナの中で、山びこのように、何度も何度もエコーがかかって、中々、完全に声が消えない。
山本を見下ろすと、髪をそうっと撫でた。

「…なーんか、変わってるっつうか、アヤシイっつうか。お前ら二人って…」
「え!」

ギクリと肩を揺らすと、ツナは声がした方向に視線を向けた。
ニヤニヤとした、茶化すような笑いではなく、温かな微笑みが、ツナの瞳に映る。
上級生の部員達は、顔を見合わせた。

「いや、すげえ、面白いってこと。いいと思うよ、オレら。なあ」
「そ…ですか?」

タメである部員達も、頷き始める。

「そうそう、オレ、最初はツナが一方的に山本、頼ってんのかと思ったけど」
「それは」

その通りだ、と言おうとした。
困った時、山本ほど頼りになる男をツナは知らないし、何より、優しかった。
だから、甘えてしまっていた。いつでも笑顔で、受け入れてくれる山本に。

「でも、違うのなー」

チョイチョイと、ツナの膝で眠っている山本を、指差される。
ぐうぐうと、気持ち良さそうに、眠っている。
山本の頬の感触が膝に伝わり、ツナはさっきから、心臓をドキドキさせっぱなしだ。

「ツナの側だと、これだもんなあ。うちのエースは」

ハハハと笑いが起こった時、山本は目を覚ました。薄っすらと開いた瞳に映った光景は。理解不能だった。
誰かの身体に触れている事だけは分かったのだがー
起き上がり、此処は何処だという風に、額を押さえて瞳を動かした。
上から降った、「山本?」という声に、山本が、上を見上げる。

「うわ…っ!え、…!ツナ?ここ…」
「沢田の膝枕で、良く寝てたぞー!山本ー」

笑いながら茶化す部員達は、顔を赤くした山本に、更に笑い出した。車内に、笑い声ばかりが響く。

「わりィ!ツナ。いつから寝てた?オレ…」
「ついさっき」

ツナも笑って答える。
流石の山本も、それから、地元の駅に着くまでは、少し。少しだけ、口数が減った。
照れたように首筋を掻く山本に、ツナは、何度か笑ってしまった。









「あー、マジごめんな。まさかあんな、寝るとは思わなかった」

駅から解散後、二人で歩く帰り道で、山本はまた、謝罪を口にした。
かっこわりー。
と額に手をやり、山本は本気で悔いているようだった。
ツナが首を横に振っても、山本はゴメン、と口にした。
何度も口にされる「ゴメン」にも、ツナは笑ってしまった。

「いいよ、全然。山本、お疲れさま」
「…ありがとな、今日。来てくれて」
「勝てて、良かったね。かっこよかった」
「マジで?」

コクコクと頷くツナに、山本は嬉しそうに微笑んだ。
言葉を出さない変わりに、少し、笑い合う。
もうすぐ、夕暮れが夕闇に変わる。風が少し冷えてきたのを感じ、ツナは拳を握った。

「じゃあ、また明日、学校で」
「ん、また明日」

手を振って、また、暫く視線が絡まった。
背を向けない山本に、ツナが先に、くるりと後ろを向いた。
しかし何だか気になって、また、振り返る。すると、山本はまだ、歩き出していなかった。
後ろさえ、向いていない。
ブンブンと手を振ると、山本も、手を振った。
そうしてまた、後ろを振り返ろうとした時、山本の声。

「ツナ!」

パっと、振り返る。
山本はすぐに、言葉を出さない。何か、言葉を出そうとしていたのは分かった。
ツナがきょとりとしていると、冷たい風が吹いた。スン、と、静かに鼻を鳴らす。

「…また明日、な。…、遅刻すんなよー」
「山本も!」

大きく大きく、手を振った。
3回、バイバイをした後は、振り返らずに走った。
靴底から当たる、固いコンクリが心地いい。微かにコンクリを蹴る音をさせながら、走っていく。
ちょうど、空を夕闇が迎えにきた頃に、5時を知らせるチャイムが高く微かに、鳴り響いた。



明日また、学校で。









ツナの前でだけ 隙を見せるグレーTAKESHIも好き




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