その日は、書類の山を一端離れて市政の情報収集に出かけるところだった。
そろそろフュリー曹長と、ハボック少尉がロイ個室の仕事部屋に来るはずだ。
なので扉が叩かれた音が聞こえた時は、その二人のどちらかかと思っていた。
しかし、入って来たのはホークアイ中尉だった。
「大佐、エドワード君が見えてます」
ホークアイの後に続いて入ってきたのは、金髪の三つ編みを下げた少年。
彼が来る度に、胸がおかしくなる。
「どっか行くの?」
コートを羽織っているロイを見上げる。
「ああ。悪いが、私の家で待っていてくれないか?」
鍵を手に握らせると、エドは「わかった」と頷いた。
くるりと背を向けて扉を出て行くエドを、ロイは名残惜しげに見つめる。
そんなロイに、ホークアイが呼びかけた。
「大佐」
視線を扉からホークアイの方にずらすと、クールな眼差しで言われる。
「周囲に関係を疑われるような言動は、慎んだ方が宜しいかと」
ホークアイなりの、気遣いだった。
***
「ねむ・・・」
エドは大きなあくびを出した。
ロイの家で本を漁っていると、すぐに睡魔が襲ってきたのだ。
少し眠ろうと、ソファに寝っころがって、のんびりしていると、妙な事に気づく。
・・・腰が少し、軽い気がする。
ベルトに手をやり、チェーンをなぞってみる。
「・・・あ・・・?」
チェーンに付いているはずのものが、無い。
「銀時計がねぇ!!」
ガバっと身体を起こし、ソファを隈なく探す。
クッションをどけても見たが、見当たらない。
「嘘だろ〜…!?」
この家で、優雅に時間を過ごしている場合ではない。
一刻も早く、見つけなければ。
ロイには置き手紙でもして、家を出ようと思ったその時。
「うわっ」
後ろから抱きしめられた。
「た、大佐…」
必死で探していたから、ロイが帰宅した事に気づかなかったらしい。
ロイの居ない間に、出ようと思ったのに。
マズイ事になった。
「し、仕事終わるの、早いな・・・」
上着のチャックにかかった手を、エドは引っぺがそうとする。
脱がされたら最後、逃げられなくなりそうで。
「・・・久しぶりに、君が来たからね」
自分の為に仕事を頑張ったと言わんばかりのロイに、拒む力が緩む。
まずい、まずい、まずい。
・・・大体、どこにあるのだろう。
ロイの家の中なのか。それとも、もっと別な所なのか。
<…司令部かも…>
頭をグルグルさせている内に、エドの首筋にロイの唇が当てられた。
「・・・っ大佐!俺、司令部に行きたいんだけどっ」
キっと眉を吊り上げ、ロイを見ると、眉間に皺を寄せたロイが視界に入る。
「…何故だね?」
「ぎ…」
『銀時計が無いから探しに』
銀時計は、国家錬金術師にとって無くてはならないものだ。
その身を証明する、大切なもの。
しかし、その大切な銀時計を無くしたと知ったら、ロイにどんな嫌味を言われるか分からない。
国家錬金術師としての自覚が足りないのでは、と、責められるかもしれない。
・・・言いたくはない。
「…忘れ物」
エドの答えに、そんな事か、とロイは溜め息を吐いた。
「明日行・・・」
「明日はもうここから離れるから、駄目なんだっ」
銀時計が無いまま、明日まで過ごすなんて出来ない。
しかし、「ここから離れる」という言葉を聞いた途端、ロイの顔色が変わった。
「・・・それなら尚更、離すわけにはいかないな」
拘束する力を強めると、首筋を強く噛んだ。
「……っ」
エドが顔を歪めているのが、安易に想像できる。
彼は違うんだろうか。
自分はこんなにも、彼といる時の時間の経過が恐ろしいというのに。
それなのに、エドは。
「忘れ物」ごときに司令部へ行き、二人でいるはずの時間を使おうとしている。
大体、忘れ物とは何なのか。
そんなに大切なものなのだろうか。
いや、もう既に自分より大切にしているだろう存在は知っている。
弟の、アルフォンス。
それだけでも気にしているというのに。
まだこれ以上、自分より大切なものがあるというのか。
「…っ嫌だ!」
乱れた服から侵入した手を追い払うと、そのまま乱暴にロイの腕から抜け出した。
「…鋼の?」
「銀時計無くしたんだよっ」
「…何?」
「司令部で落としたかもしんねーの!」
エドが言った「忘れ物」とは銀時計で。
・・・嫉妬をしていた自分が、恥ずかしくなった。
「…そういう事なら、探すのを手伝おう」
不意に視線を下にやると、視界に丸いものが入った。
ソファの背もたれ部分に挟まっている、銀色の物体。
抜き出すと、それは紛れも無い銀時計だった。
「それ!」
目を輝かせてロイの手から奪い取ると、中身を開けた。
『Don't forget 3.OCT.11』
自分への、戒めと覚悟の言葉。
間違いなく、エドの銀時計だった。
「…よかった」
力が抜けたのか、エドはふにゃっとロイの胸の中に倒れこむ。
小さい声で礼を言うと、既にロイの腕は腰に回っていた。
「・・・何だよ、この手」
嫌な予感がして、ロイの顔を見上げると、ロイは不敵に笑った。
「見つかったのなら、もう司令部へ行く必要はないだろう?」
そう言うと、腰に回っている腕の力が更に強くなった。
ロイの顔を睨むものの、エドはもう、拒みはしなかった。
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