「山本、お前、田原と付き合ってんだって?」

ツナと二人きりで話す時間に、邪魔が入った挙句、そんなネタを山本に振り出した。
山本が冷めた目でクラスメイトを見ると、彼は一瞬サアっとなったようだった。
ああ、まずいかな、と思い、すぐさま笑顔を作ると、意味が分からない、と言った風に首を傾げてみた。

「なんだよ、それ」
「なに、…あ、言っちゃ駄目だった?いや、だってツナ知ってんだろ?お前ら、仲いいんだからさ」

ツナは硬直していて、ポッカリと口を開けたまま、曖昧な返事をしている。
笑いながら、「田原か〜羨ましい」などと言ってくるクラスメイトに、山本は殺意が沸いた。
お前にくれてやる、と心の中で呟き、ツナを見れば、彼はまるで此処にいないかのような表情を見せている。

さぞかし、ショックを受けているのだと思う。

ツナは山本と付き合っているわけだから、そんな噂を他人が持ってくれば、当然、切なくもなるし、不安にもなる。
あまりの恐さに、ツナは山本に、視線で聞いてみることさえできないようだった。
そんな彼の反応が、山本には喜びとなった。

田原と浮気などしていないが、こういうツナを見られるのは、嬉しいことだ。

「期待に応えられなくて悪いけど、田原とは付き合ってねぇよ」
「え、そうなの?付き合う気ねぇの?田原はだってあれだろ、山本の事、好きだろ?」
「はは。なんだよそれ」
「いや、これはマジな話ー…。どうなの、山本。…オレ、結構田原好きなんだけど…
山本が田原好きなら両思いで、…オレの出る幕、無くなっちゃうじゃん?」

どうなの、山本。
と、ツナもクラスメイトと一緒になって、ー口は使っていないがー視線で、恐る恐る、問いかけてきた。

「…まあ、可愛いよな」
「マジで?付き合いたい?」
「まさか。お前、好きなんだろ?頑張れよ」


笑顔でそう告げると、クラスメイトは心底、ほっとしたように息を吐き、それからすぐに二人の側を離れた。
それは、帰宅途中の事であった。







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彼が去ると、二人の間に沈黙が流れる。それは大方、ツナが作り出していた。
山本が何かを口にしても、生気のない返事が返って来て、それでその会話は終了する。
ツナは山本の方を見上げず、ただ前ばかりを見て、少しずつ、歩くスピードが速くなっていった。

「ツナ?」
「あ、…ごめん…」

謝る時でさえも、顔を見ようとしない。
早くこっちを向いて、不安気な瞳で聞いてくれればいいのに、と思った。
楽しそうな、嬉しそうな様子は、おくびにもださずにー少し歩くスピードを緩めて、ツナの背中に視線をやっている。
やがて歩くスピードを落とし始めたツナは、ゆっくりと、後ろを振り返った。
潤み、煌いたツナの瞳は綺麗で、−とても分かりやすくて、それは山本の胸を鳴らし、更に喜びは大きなものとなった。
ツナが動かないでいると、山本は一歩、一歩、ゆっくりと彼に近づいた。
「なんて顔してるんだ」と笑ってみせるが、理由なんか、とうに全て分かっている。
あの噂と、山本が彼女に対して、少し興味のある素振りを見せたこと。

全くの嘘だったが、それで良かったのだ。

ツナばかりに異常な執着をしていると知られれば、それはきっとうざったいことー
だから、答え方は、あれで良かった。


不安で堪らないツナは、聞くのを恐がっているのだろう。
今、笑っている相手の顔が崩れ、自分に向かって申し訳無さそうに、「ごめん」と言われるのを、恐がっているのだろう。

自分のことをとても憧れていて、好きでいるツナは、離れていかれるのを恐がっている。
けれど、こっちが離れさせないようにしたなら、きっとツナはそれも恐がるのだろう。
大体、そうした時点で、既に、「ツナの好きな山本」ではなくなるのだから。

(…恐がらせたりなんか、しない)

一生。永遠に。
大切に、大切に。逃げていかないように。

ツナは一端俯くと、決心したように、きゅっと唇を結び、真っ直ぐに山本を見つめた。

「…オレと山本って、付き合ってるの?」


勇気を振り絞って、漸く空気に触れた言葉なのだろう。
微かに震えた声は、緊張しているようだった。
もう既に、ツナに触れられる距離にあった山本は、ふんわりと、ツナの頭に手を乗せた。
額の辺りを、優しく親指で撫でると、ツナはくすぐったそうに、片目を閉じた。

(…かわいい)

軽く、そこを人差し指で弾く、ツナは両目を閉じ、額に手をやって、そこを撫でた。
問いかけの答えを貰っていないことに不安になったのだろうが、もう一度口を開いたりはしなかった。

「付き合ってねーの?」
「え…?」
「付き合ってるって、オレはずっと思ってたんだけど」

ツナの顔まで、身を屈めて、山本が笑みを浮かべると、ツナはポカンとした。
そのすぐ後に、ぱあっと、表情を明るくさせた。本当に、ツナは分かりやすかった。
ゆっくりと歩き出すと、ツナがやんわり、山本の手に触れた。
一度、ちょこんと人差し指に触れたかと思うと、そうっと、山本の手を包んだ。
触れる時こそ緊張したようだったが、漸く落ち着いてきたらしく、ツナは少し力を入れて、山本の手を握った。
山本も握り返してツナを見ると、彼は遠慮がちに笑っていた。
夕陽の中、ほんのりとそれに染まりながら。
少し力を強めて、ツナは親指の付け根の部分を、優しく撫でるような仕草をした。

なんて、愛おしいのだろうー
沢田綱吉という人間は、全て自分を虜にさせるべく作られたもののように思えた。
本当に、自分の為だけに作られたようなーそんな錯覚がしてくる。

(オレのため、だけに)













トクトク、トクトク。麦茶を淹れると、パキパキ、と、氷の音がした。
家の飲み物が切れていた為、すぐそこのコンビニまで、買いに出た。
ツナが待つ部屋へと、足を向ける。
彼が家に寄っていくのは、久々のことだった。
部活で忙しい、というのもあるが、あまり一緒の時間を共有しすぎるのは良くないことだったし、
共有したがるのも、また同じであった。
それは、彼が逃げたがる要因になりうるのだ。

どこまでも隠し、演じている。別人に、なりすましている。

本当は一日中、縛りつけていたいと思っているのにー


「…ツナ?」

呼んでみても、ツナは、長椅子の上から動かなかった。
お盆をテーブルの上に乗せ、彼に近づくが、ツナは完全に眠ってしまっていた。
寝息も聞こえる。
放り出された手の指は、緩く折れ曲がっている。
山本が優しくそれに触れて見ても、口付けて見ても、何も気がつかない。

ツナの手に存分に触れると、今度は華奢な手首を捕まえた。
山本の手で一掴みできてしまうほど、白く、細い。
この手首に、鎖の付いたわっかなどつけるなら、どのくらいの物がいいのだろう。

そんなものなくたって、逃がしやしないけれど。


彼の髪に手を入れ、頭を撫でる。
やけに細い手首に、白く浮きあがった鎖骨に、しなやかな首筋が目に入らなかったわけではないが、
そこを意識してしまえば、ガラガラと崩れ落ちていきそうだったし、それを許すほど、愚かではなかった。

こんなに。
こんなにも隠し、こんなにも徹しているのだからー


「…そろそろ、オレのことも愛してくんない?−…ツナ、」


どうしようもないほどに。

この狂気じみた想いを、願いを、全て受け止めて欲しい。

目を細めながら、ツナの手首を軽く掴んでいると、漸くツナが目を覚ました。
まだ、この世界が夢なのか現実なのかも理解できていないらしい、ぼんやりとした瞳で、山本を見つけ、「あ」と
薄っら、唇を開いた。
ゴメン、と言いながら目を擦るツナに麦茶を差し出すと、一口飲み、それをテーブルに置く。
「山本」の夢を見たらしいツナは、内容を嬉しそうに、語ってくれた。

鎖なんかなくとも、逃がしたりはしないが、
もしもそうなった場合は、それすら厭わない。



夢の話を、笑って聞いている。
山本であって、山本でない男の話を。


彼が側に居て欲しいと思うのは、自分であって、自分ではなく。
ツナが頬を染めたのも、手を触れさせたのも、全て自分ではない



自分ではない










hideシリーズ。むしろ相変わらず恐いシリーズ第三弾。山本が本当なんというかアーア〜…
白も好きなんですけど、黒も好きなのでまた続編書きたいと思います…。
BGMはずっと千住明さんの音楽でした



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