「した!」 「してません!」 「したってば!獄寺君が忘れてるだけで」 「わ、忘れるわけないじゃないっスか!」 「忘れてるかもしれないだろ!」 珍しく強い口調で獄寺に立て向かうツナだが、獄寺もまた、珍しく折れたりはしない。 夏か近づき、ただでさえ暑い室内は、白熱した口論によって、更に暑苦しく感じる。 扇風機が回っているものの、その存在は明らかに無視されていた。 「オレから獄寺君に、キ、キスしたことだってあったよ!多分…」 「あったら絶対忘れたりしないっスよ」 「わ、忘れてるかもしれないだろー!?」 キリがない。 さっきからこんな調子で、彼此、30分近く言い合っている。 最初は穏やかに、部屋で過ごしていた二人だったが、何せ恋人同士の二人だ。 することは、勿論、する。まだまだ到達していない部分はあるとはいえ、 軽く、唇を合わす程度はーいわゆる、キスというものくらいは、なかなか頻繁にしていた。 そしてそれは、決まって獄寺からであった。 獄寺がその事を、ポツリと口にすると、ツナは視線を逸らし、軽く首を傾げ、「そうだっけ」と薄く笑った。 恐らく、獄寺が何を言いたかったのか、見通してしまったのだろう。 そしてそれは、ツナにとってはとても恥ずかしく、した後、茹でタコのようになってしまう自分が容易に想像できた。 二人の間に少しの沈黙が流れたかと思うと、獄寺が少し俯き、しゅんとしたような様子を見せた。 ツナは胸がツキリと痛み、やはり謝ろうと、思ったのだが。 次の瞬間、既に獄寺立ち上がっていて、ツナに一つ会釈をすると、出て行ってしまった。 (け、喧嘩しちゃっ、た……?) 唾を飲み込むと、何だか喉が痛くて、ドキドキと、興奮ではない、何か他の、もっと暗いもので胸が鳴っていた。 扇風機は相変わらず風を送るが、ツナの額からも、握った拳からも、嫌な汗が滲んでいた。 Kiss or Kiss 「なに、お前等ケンカしてんの?」 ケロリとした顔で、山本が問いかける。 今朝もツナを迎えにきたものの、必要最低限の返答しかしない獄寺を、山本は物凄く不自然に感じでいたし、 教室に入っても、ツナの許に来ないことで、それは確信に変わった。 「ー…あー、うん。ケンカ…、っていうか、オレが悪いんだけど…」 ツナが昨日の事を山本にすっかり説明し終えると、山本は本当に面白そうに笑った。 恥ずかしそうに睫毛を伏せると、山本は漸く落ち着いて、ツナの肩に触れた。 「そんなの、お前からちゅっとしてやりゃいいじゃねーか」 「ー…オレ、獄寺君からしてきてくれるのだって、緊張して緊張して、もうこのまま倒れるんじゃないかってくらいなのに」 「あー…なるほどなー。…でもまあ、獄寺は怒るっていうより拗ねてんだろ」 「どうかな…。でも、謝ってみる…」 しょぼんとしたツナが呟くと、頑張れよ、と、山本がポンポンと、頭を軽く撫でた。 しかし、いざ謝るとなると、これもまた、相当に緊張するもので。 更に困ったことに、獄寺は朝より更に重たく不機嫌なオーラを放っているのだから堪らない。 移動教室の時、それとなく獄寺のところに行ってみようかと思ったが、 席に近づく度に、獄寺の眉間により過ぎている皺だとか、固く結ばれた唇だとかが目に入ってしまって、どうにも近寄れない。 (どうしよう……) それでも、移動するまでの距離。獄寺の後ろを、そろり、そろりと、着いていく。 もう少し近づければ、声が掛けられそうだと思い、少しだけ、歩く速度を早める。 もう少し、もう少し、と、近づく度に心臓は壊れそうになるが、それでも、獄寺に近づいた。 「−…ご、獄寺、くんー…」 自分では振り絞って、そこそこ大きな声を出したつもりだが、それでもツナの声はビクビクとしていたし、小さかった。 しかし、獄寺はそれを聞き逃さずに、躊躇いながらも、ゆっくりと後ろを向いた。 直視するのが恐い、と、ツナは思ったが、獄寺の顔を見上げ、それからまた、睫毛を伏せた。 「な、何スか……?」 「あの、−……ごめん。昨日……オレが、いけなかった…」 「…いえ…オレも、すいませんでした…」 ツナは、ほっと、安堵した。 これで、一応、仲直りはできた。のだと思う。 それから先の会話は思い浮かばなかったが、とりあえず獄寺と一緒に、理科室へ向かう。 お互い、謝った。 仲直りは、した。 けれど全く会話が弾まず、二人の間にはおかしな空気が漂っていた。 帰り際、二人きりになってもそれは変わらず、浴びせられる夕陽が、哀愁に拍車をかけていた。 いつもは昼食の誘いも、帰りも、全て獄寺が積極的だが、今日だけはツナの方が積極的に動いたり、話したりしていた。 それでも、やはりすぐに沈黙になってしまう空気は変わらなくて。ツナはどうしたらいいのか分からなかった。 不安で、悲しかった。 あと少しで、別れてしまう。このまま、別れてしまって、いいのだろうか。 この雰囲気は辛いが、それでも、獄寺に機嫌を直してもらいたい。 分かれ道の前で、ツナはピタリと止まると、獄寺も、足を止めた。 「10代目?」 「…あの、獄寺君。もう帰る…?」 もう、帰っちゃう? もうちょっと、一緒に、どこか、どこかに。どこでもいいから。 そういう気持ちを、全て隠さず、言えたらいいのだけれど。 少し獄寺の腕の裾に触れて、帰るかどうかを聞くだけで、精一杯であった。 そしてツナも、どこかで期待していたのかもしれない。 言わなくても、獄寺が、自分の気持ちを見通してくれることを。 「帰りますけど…」 「−…そ、そっか。ごめん。また明日、…」 ああどうしよう。ショックだ。と、ツナは思った。 頭が上手く回らなくなって、バイバイをすると、あっという間に一人になってしまった。 このまま、この気まずい空気が続いて、会話も途切れ途切れになってきてしまって、そうしたら自然と付き合っているという事実はなかったことになってしまうのかもしれない、とか、考えると、どうしてもキリがなくて。 (−…嫌だ、こんなの……) 不安が増長して、とんでもない方向に考えがいってしまっている。 とにかく、もう一度謝ってみようと決心して、立ち上がる。 さっき別れたばかりなのに、ツナは勢い良く家を飛び出した。 獄寺の家に、駆けて行く。 一歩、一歩、獄寺の家に近づいてきたら、また、緊張で一杯になってしまうんだろうなあ、と思いながら歩くが、 ツナがそれ以上、獄寺の家に近づくことはなかった。 獄寺本人が、そこに立っていたのだ。 「……あ、あれ……?」 「…10代目?どっか行くんスか?」 「いや、…獄寺君の家…。獄寺君は…?」 「−………オレも、10代目の家に…」 そこまで言うと、獄寺は、バっと勢い良く、頭を下げた。 彼特有のセンスである、太い鎖のネックレスが宙に浮いた。 四角い飾りの中に、十字が刻まれているそれが、揺れている。 「すいませんでした」 「−……え?え、何で獄寺君が謝るの!」 顔を上げると、薄暗い中で獄寺の照れたような表情が見え、ツナの鼓動が一際大きく鳴った。 「…オレ、冷たかった、ですよね」 「…うん。でもそれはオレが悪かったから…」 「や、そうじゃなくて、…嬉しかったんスよ。 いつもはオレからばっかりなのに、今日は10代目が積極的に誘ってくれたりした、から…」 本当は、移動教室、後ろに着いて来ているのも知っていたし、ツナがいかに自分を気にしてくれているのかも知っていた。 けれど、自分の機嫌を直そうと、積極的になってくれるツナが嬉しくて、ついつい、素っ気無くしてしまった。 本当は、帰り際、どれだけ引き止めたくて、どれだけ胸に閉じ込めたくて、どれだけ唇を奪ってしまいたかったか。 「調子こきました…」 「−…や、それは、日頃のオレの行いのせいというか、…嘘ついたオレがいけないんだし」 「…どうか、別れるなんて言わないでください…!」 「は…?」 ポカン、としたのも束の間、ぎゅうっと抱きしめられ、ツナは息が止まりそうになった。 力が強くて、強くて、しかし何処か、臆病なような獄寺の腕は、ツナを安心させた。 (何だ。…同じこと、不安になってたんだ…) 子供をあやすように、背中を優しく撫でると、獄寺も安堵したようだった。 別れたくなくて、二人して家に着いたのにも関わらず、堪らず、すぐに家を飛び出てしまって、此処までやってきてしまった。 さっき、自分の心を、不安が占領したのと同じように、獄寺もきっと、不安だったのだ。 そう思うと、酷く胸が痛んだ。 (オレ、何もできてないー……) 好きだと思う気持ちも確かで、それは日々を重ねるごとに、大きくなっていっているというのに、 獄寺からばかり、行動させていた。 それを彼が、不安に思わない訳がなかったのだ。 覚悟を決め、今はきっとチャンスなのだと自分に言い聞かせると、ぎゅっと目を瞑り、獄寺の右頬に、 軽くキスをした。 「10……!」 「…ごめんね」 物凄く赤く、なっていると思う。 けれど、1度やってしまえば、緊張もそう酷くはなくなってきた。もう一度、今度は左頬に、唇を寄せた。 今までの分ー…とまでは言えないが、せめて、 「−あと一回だけ、」 少し背伸びをして、今度は唇にキスをする。 自分より赤くなっていそうな獄寺が可笑しくて、「あと一回」の約束は破られた。 |
「ごめんね、獄寺君」
今日は何回だってしてあげる。
みたいな感じでしょうか!エヘエヘ!
道中でこの子たちはイチャイチャと…!獄寺がその気を出せばどんなバカップルにも負けないイチャイチャぶりを実現できるのですが、
ツナが「な、何考えてんだよ獄寺君…!!恥ずかしいよ!」とか怒りそうです。そして4週間 お触り 禁止…!
おあずけというやつです…<何の話をしているのか(ていうか4週間もか)
なんつて。獄寺がシャイなのも大好きです。硬派獄寺。
寺田さんの素敵イラストからの妄想文…もそもそと書かせていただきましたv
人様のイラストに(しかもこんなに素敵なイラスト…!)文つけるのってとても面白くて!
そういうわけで勝手に寺田さんに捧げさせていただきます。
本当にありがとうございます〜vvv
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