小さい頃から、聞きなれたメロディーが聞こえる。
これは子守唄。
あの子がよく歌ってくれていた。
…懐かしいな。
子守唄
ハっと目が冷める。
どうやら僕は、うたた寝をしていたらしい。
隣の部屋から、ピアノの音が聞こえてくる。
…ああ、今日はピアノなのか。
隣の部屋の住人は、ピアノやらヴァイオリン、ハーモニカ、時にはオカリナなど。
本人も音楽が好き、というのもあるのだろうが、大半は僕の母の趣味だった。
隣の部屋に住むのは、 さん。
この屋敷の、住み込み家政婦であるさんの、一人娘だった。
さんはもう随分、塔矢家に仕えてくれていた。
父、母の信頼も厚い。
だからさんと一緒に家に住み込みで居る、さんを、母は凄く、可愛がっている。
母の趣味で、ピアノ、ヴァイオリン、その他諸々を始めたさんは、驚くほど上達が早くて、母も物凄く喜んでいた。
さんはよく小さい頃、僕に子守唄を歌ってくれていた。
僕は時折、小さいながらも何故だか眠れない夜があったのだ。
怖いテレビや、読み物を見た訳でもないのに。
何故だか無性に、寂しい…というのだろうか。孤独に潰されそうな時があった。
僕が眠れないのを知ると、家政婦さん達は揃って、絵本を読んだり、子守唄を聞かせたり、ありとあらゆる事をした。
だけど。
全く効果が表れなかったのだ。
そんな時、さんは「小さい子は小さい子同士」と、さんを僕の部屋によこした。
さんはとても、とても大人しい子で、あまり笑いもしない子だった。
だけど何故か、落ち着いた。
『…どうしたらアキラ君は眠れるようになるの?』
それがわからない、のだが。
わからなくて、家政婦さん達も苦労しているのだが。
そう、真正面から聞かれた事は無かったものだから、何だかおかしくて。
『わからない。…名前、聞いていい?』
『…』
『さんは、どうしたら眠くなるの?』
『お歌、聴くと眠くなる』
だが、誰の歌を聴いても眠くなるという訳ではないらしい。
僕は気になって、誰の歌を聴けば眠くなるのかを聴いた。
すると
『自分で歌うの。そうすると、眠くなる』
その回答が可笑しくて、僕は少し、笑ってしまった。
歌って欲しいな。と言うと、さんは素直に、歌ってくれた。
少し悲しげな、子守唄を。
そうして僕はというと。
ぐっすり、眠ってしまったのだ。
その時から、歌の上手い娘だと思っていた。
案の定、音楽的才能は随分あった訳だが。
それから時々、さんは僕の部屋に来てくれていたが、もう随分前から、来なくなった。
確かにもう、子守唄などという年齢でも無くなった訳だから、仕方ない。
仕方ない、のだけど。
子守唄は歌ってくれなくても、話くらいはしてもいいんじゃないかと思う。
実際、さんは朝食の時間も、僕とずれているし、夕飯はバイトで夜遅くなって、顔も合わせられない。
かと言って、部屋まで訪ねるのは気恥ずかしくて。さんから話しかけてくれるはずもない。
だから同じ屋根の下に住んでいるというのに、僕とさんはほとんど喋らない。
高校内でも、だ。
母が是非と言って、僕とさんは同じ高校に行っている。
クラスも一緒だ。
だが、ほとんど接触がない。
さんは休み時間、たまに友達と話しているが、大体、音楽室でピアノを弾いているみたいだった。
…ピアノを聴きたい、というのもあったが、それ以上に。
さんと話したかった。
邪魔したら怒られるだろうか、と思いつつも、休み時間、今日は音楽室まで行ってみた。
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