柔らかな枕に顔を埋めながら。 それでもいつも隣にある、温かな胸だとか、大きな腕枕がないことに気がついた。 この世で一番魅惑的なもの 朝を告げる光が、カーテンの隙間から、部屋を輝かせる。 暑くもなく、寒くもない空気に、ツナはむくりと起き上がり、いつも忠誠を誓ってくれる、隣にあるべき男の姿を捜した。 それは案外、簡単に見つかった。 淡いベージュのソファーに脱ぎ散らかった、黒いスーツや、真っ白なワイシャツ。 ああ、そういえば昨日はそこから、愛を確かめあったのだっけー、と、ツナが記憶を辿っている間にも、 獄寺はテキパキと身支度を整えていく。 まだ、上半身は曝け出したままで、何も羽織っていない。 逞しい背中は、昨夜の彼とは思えない程、冷静で、落ち着いていて、このまま一人で、遠くまで歩き続けてしまいそうだった。 ツナは少し首を傾げ、うっすらと笑った。 (………凄いなあ、) 獄寺君、あの頃から随分、強くなったんだなあ、と、しみじみ思っている。 それでも、自分に対しての、一直線な態度が、まるで変わっていないこと。 それが、ツナには嬉しかった。 改めて背中を見ると、何だか照れてしまっていけない。 「……獄寺くん」 ツナが呼ぶと、すぐに獄寺は振り返った。驚いたように、目を見開くと、慌ててツナの側に、着る物を持ってきた。 「あ、おはようございます。10代目」 「おはよう。…早いね」 ありがと、と、上着だけを羽織り、ツナもベッドから飛び降りた。 少しぐらついたところを、獄寺がしっかりと支える。 朝が弱いのは、昔から変わっていない。これは直らないだろうなぁ、と、ツナは思っていた。 朝は(10年経った今でも、苦くてあまり好きではないが)濃い目のコーヒーを、ブラックで1杯飲めば、漸く、目が覚めてくる。 「えーと、何だっけ。リボーンが言ってた。朝っぱらからの会議」 「やっぱり10代目、ご存知だったんスか。オレんとこにはついさっき、電話入ったんですよ」 「そうなんだ」 ワイシャツを羽織ると、それはツナの膝小僧の上までも、隠してくれた。 少し大きめのシャツを羽織ながら、またソファーの方へと戻る獄寺の後を、ほてほてと着いていく。 シャワーを浴びてきたらしく、獄寺の身体からも、髪からも、石鹸の良い匂いが漂っていた。 何だか妙に、彼は余裕があるような気がしてならない。 ー少し、面白くないと、ツナは思った。 「あれ………」 ソファに舞ったワイシャツを手に取った獄寺が、ツナを振り返る。 獄寺の手にしたワイシャツは、彼が持つと、かなり小さめであることが分かった。 それに対して、ツナが着ているワイシャツは、ツナが着るとかなり大きめであることが分かる。 ー間違えて、己のシャツを、ツナに渡してしまったらしい。 「すいません、間違えたみたいで」 どうぞ、と、ツナのワイシャツを渡すが、彼は着替えようとしない。 暫く待っているが、ツナは受け取ろうともしなかった。 あまり、長い間、彼の前に立っていたくはないというのに、ツナは何も動こうとはしない。 (だってオレのを、10代目が着てるって……) ああ、落ち着いてこの部屋を出なければならないのに、落ち着いていられなくなりそうだ。 自分のものを、彼が着ている、身につけているという、それだけの事実で! しかも、ツナの前に立っていれば、色々な所に目がいってしまって、敵わない。 適当に留められたボタンは、肌を露出させ、あまり役立っていない。 ほっそりとした首筋のラインから、くっきりと浮き出る鎖骨やら、白いシャツの下から覗かせる、足、だとか。 (やばい……) 一応、以前よりは随分、自分をコントロールできるようになってきたかもしれない、と思っていたが、 ツナの前に立てば、彼が絡めば、そんな自信は粉々に砕かれてしまうのだ。 半ば強制的に、ツナの手に、ツナのワイシャツを持たせると、ツナの瞳が漸く、ワイシャツを意識した。 しかしそれは一瞬のことで、次の瞬間にはすでに、獄寺を見ている。 「……あの、オレ、行かないと」 「………もう行っちゃうの?」 「は、はい……」 そっか、と、寂しげに、ポツン…と空気に浮かんだ言葉は、どうしようもなく獄寺の決心を揺らがせた。 触れられてもいないのに、言葉一つで、(しかも、たった一言)ここまで翻弄されてしまうとは、いかがなものなのか。 わかったー、と言うと、早速ツナは、ボタンを外し、シャツを脱ぎ捨てようとする。 「わーーーー!!!」 突然大声を上げられ、ボタンを外す手を留めて、何事かと、獄寺を見ると、獄寺は真っ赤になりながら、 必死に視線を逸らしていた。 「な、なに?」 「ちょ、…っ後ろ、向いてるんで……っ」 「え、ええ?いいよ。別に」 「いえ、良くありません……!」 ぐるりとツナに背を向ける。 もう何度、肌を交えたか分からないが、ここで彼の裸体を見て、正常でいられる自信はない。 今、自分が必死で堪えているこの状況を、ツナは分かっているのだろうか。 強張った背中を向けられる。 ツナは、獄寺から渡された、自分のワイシャツを、ヒラリと下に落とす。 そうして一歩、一歩、獄寺に近づくと、ぴっとりと、獄寺の背に、張り付いた。 獄寺の身体が、更に強張ったのが、分かる。 (ごめんね、獄寺君) ちょっと、意地悪させてね、と、心の中で呟くと、獄寺の腹の辺りと、胸の辺りに、手を伸ばす。 優しく撫でるように、しかし強く、ぎゅうっと、力を込めた。 「……ほんとに、行っちゃうんだ」 「す、すみません……っ」 「ん、大丈夫。仕事なら、仕方ないよね」 そう言いながら、背中に口付けると、獄寺の身体を離した。 すると、獄寺は漸く、ツナの方を向く。 しかし、まだ彼は、着替えていないようだった。 困ったように、獄寺が視線を逸らそうとすると、ツナの指が、つうっと、獄寺の身体をなぞった。 破裂しそうなほどにバクバクいっている鼓動を感じながらも、やんわりと、ツナの手を身体から離す。 いつもならば、この手を強引に引き寄せて、抱き寄せてしまうのに、今はそれができない。 辛い。辛すぎるのに、ツナはまったくもって、容赦がない。 「…抱き寄せて、くれないの?」 「…っ、ほんと、勘弁してください…!行かないと、リボーンさんに殺されます」 「あはは。リボーン、恐いからなあ」 無邪気に笑いながら、身体の所々を愛撫するものだから、堪らない。 優しく、大切そうに、愛しそうに、獄寺の身体に触れ、キスを落とす。 愛しい、愛しいツナに、こんなことをされても尚、手を出さずに、目一杯抱きしめずに、唇を貪らずに、 身体中を愛さずにいる自分を、褒め称えてやりたい。 (夜、夜まで堪えろ、オレ………!) 仕事なのだから、その時まで、暗くなるまで、我慢、我慢、我慢ー…と、もう、何度唱えたか分からない呪文を、 再び、唱えまくる。 獄寺が必死で堪えていることは、ツナにも分かっていた。 頑張っている彼を、罪悪感と、そして微笑ましい気持ちで見ている。 (ごめん、獄寺君…。これで、最後) ツナはひっそり、心の中で謝った。 まだ、ジッパーもボタンも開けっぱなしのズボンに触れ、ウエスト部分を少し折り、 中に手を忍ばせた。 「じゅっ、10代目……っ!!」 「ん?だって辛くない?」 「いや、確かにそうですけど……っ!でも、あの、本当、夜に…!」 「今だったら、オレがたくさん、ご奉仕してあげるのに」 「ご奉、……っ」 「今なら、獄寺君がやって欲しいこと、全部やってあげる」 顔から、火がふきそうになってしまった。 激しい欲求は、ーしかも、それ全てを、叶えてくれる、と言っているー限界の限界まできている。 だが、だが。 ああ、本当に、今日ほど自分の理性に賛辞を送るべきだと思ったことは無いだろう。 こういった素晴らしすぎる状況で、まだ、ツナをめちゃくちゃに貪っていないのだから。 しかし、もう、限界であって。 ツナの腕が獄寺の首に絡みつき、甘く蕩ける瞳を見てしまい−もう駄目だ、と思った瞬間だった。 扉が乱暴に叩かれ、ツナは振り返った。 「どうだ?」 扉の向こうから低く響くリボーンの声に、獄寺の心臓は跳ね上がる。 「あー…、うん。大丈夫。さすが、獄寺君、だった」 あと少しで重なってしまいそうになっていた唇の事や、腰に回った獄寺の手などは、大目に見ているらしい。 ツナは、扉に向かって返事をする。 すると、再び、リボーンの声が響く。しかしそれは、ツナに向けたものではなく。 「獄寺、会議は夜からだ」 「は…?え、…はい」 状況が飲み込めず、ポカンとしている獄寺を見てツナは思わず笑ってしまった。 もう、リボーンの声は部屋に響かなかったが、しかし、獄寺の中では響いていた。 「ごめん。獄寺君が最近、頑張ってるみたいだったから。リボーンも気にかけてたんだ」 「は、……?」 「強くなったし、それに、自分を管理できるようになってきたって、言ってた」 リボーンが褒めるのは、凄いことだ、と、ツナは言った。 獄寺も、それは同感だ。しかし、それと今の出来事は、何の関係があるのだろうか。 急すぎる展開の数々に、頭が回らない。 「ええと…、だから、忍耐力も、見てみたいってことで、リボーンが」 「そ、…そんな……」 「意地悪して、ごめん」 もう一度、ごめんねと呟くと、獄寺の唇に、軽く触れ、背伸びして、頭を撫でてやる。 照れたような、拗ねたような彼の表情は、10年前と、何も変わらない。 もう我慢することがない獄寺は、ツナをソファーに押し倒す。 「…リボーンに殺されるんじゃなかったの?」 「…ご奉仕、してくださるんですよね?」 笑って、返される。 ああ、やはり、10年前よりは可愛気が無くなっただろうか、と思いつつも、 根本的なところでは何も変わっていない、獄寺の口付けを受け入れると、漸く、獄寺のワイシャツは、ツナから脱がされた。 再び、自分のワイシャツを手に取るのは、何時間か後のこと。 |
メリ様に捧げさせていただきましたv
メリさんのお家の、日記で描かれていた甘えっ子ボスの獄ツナがとってもとっても素晴らしくてモ・エ!でして…!
日頃の感謝ということで書かせていただいたはずが、私が楽しんで書いてしまいました。元ネタが萌えだと、書くのも楽しいのです!
しかしなんというか、メリさんのお家ではあんなに素敵な獄寺が、なぜ私にかかるとこんなにi痛い変身を遂げるのか。ヒエエ。
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