今日も廊下で二人を待つ。
正確に言うと、一人、なのだが、その一人を待つことによって、もれなくもう一人、
ついてくるのだ。
獄寺はゴツンと、教室に繋がる壁に後頭部をぶつけると、天井を見た。
勝手に、溜め息めいたものが漏れ出して、嫌になってくる。

あの山本武という男は、ツナと一緒にいるためだけに、わざと低い点数を取っているんじゃない
だろうか、と邪推したくなる。
毎度毎度、「オレとツナ、また補習だな」などと目の前で言われると、ブチ切れそうになる。

だが当のツナは、随分と山本の事を好いているようだった。
いつもいつも、憧れたような瞳で、山本を見る。
その姿を見るのもまた、たまらなく嫌だった。


その瞳を、その顔、心、もう全部、オレに向けてって。
思う度、自分の心の狭さに沈むのに。止まらない。

おかしくなってしまう。


(オレのこういう部分を、不安を、貴方が消してくれたら、どんなに幸せか)


つまりそれは、ツナが自分のものにならないと、絶対に無理な話。
つまりそれは、絶望的。−…無理な話。





きっと、もうすぐおかしくなってしまうんだ。






クラヤミがひそかにひろがってゆく








補習が終わって、やっとこの、嫌な時間ー待ち時間が終わった。
この時間は、色々と暗いことを考えてしまっていけない。
いつも、絶望的な恋の行方を思っては、暗くなっているが、殊更この、「ツナと山本」セットでの補習での待ち時間は、地獄のようであった。

ポツリ、ポツリと出てくる生徒の中に、ツナの姿があった。
獄寺の姿を見ると、少し驚いたようだった。

「獄寺君!待っててくれたの?」
「はい!補習、お疲れ様です」

あんぐり開いた口に、迷惑だっただろうか、と少し不安になったが、直後、ツナはすぐに微笑んだ。
照れくさそうに山本を見ると、山本はいつものように、ニコニコしていた。

「獄寺はほんと、ツナに忠実だよな。さすが右腕になりたいだけはあるなー」

その時、教室から「沢田!」と声がした。後ろを振り返ると、教師がプリントを持って、怒っていた。
そのまま、ペタペタとサンダルを動かしながら、ツナ達の方に寄ってくる。
獄寺の目つきに、一瞬怯んだが、ツナの前にプリントを差し出した。

「課題の宿題のプリント、貰い忘れてるぞ」
「え!?あ、すいません!」

完全に忘れていた。
何の為の補習だ、と、プリントを手渡すと、今度は山本の方にプリントを渡した。

「山本!お前もだ」

しょうもない奴だな、と言う教師に、山本は笑ったままだった。
山本は教師陣にも、すこぶる評判が良かった。
成績はイマイチだが、やらせればできる、というのを教師達は分かっていたし、何よりクラスに一人いれば助かる、と言われる程の人望のある生徒だった。加えて屈託の無いその性格は、教師達にも好感を与えていた。

教師は獄寺を一瞥するが、何も言わずに去っていった。
成績は抜群に良い獄寺だ。文句はつけられない。
素行についての説教をすれば、返り討ちにあう為、それもできないでいたのだ。
プリントをぐしゃぐしゃに鞄に詰め込むと、ツナは、ヤレヤレと息を吐いた。

「ありがと、獄寺君。…帰ろっか。山本は、部活?」
「ん。即行で行かねーと」
「そっか」

お先!と手を挙げると、そのまま駆け抜ける。
通りすぎた。速い、スピード。
獄寺の、隣を。それは一瞬のこと。

『ツナの右腕、お前にはやらねーよ』


ぽそりと、いつもの彼、らしからぬ声を響かせて、彼は見えなくなった。
どこか冗談めいたものを含ませた、声。冗談だったのだろうか。
しかし獄寺はそうは取らなかった。言われた言葉が全て。
冗談だろうが何だろうが、その言葉を聞いて、カっと、頭に血が昇った。
全ての血が、頭に集結しているようだった。

右腕。右腕を譲らない。右腕?馬鹿を言ってくれる。
それは沢田綱吉という人間。それは、側にいられる権利。

それを、譲らないと、あの男は言った。



ギリ、と奥歯を噛み、目つきはより鋭く、それはまるで、殺意を詰め込んだ色を、流し込んだような。
去ったはずの山本の影を、追った。





山本の言った言葉は、まるで聞こえなかったツナだが、獄寺の目つきが、異様に鋭くなった事だけは、
分かった。オロオロと、獄寺を見上げると、今、触れていいタイミングなのか分からなかったが、そうっと、
制服の裾に手を伸ばした。
ほんの少し、触れただけで、獄寺の視線は、ツナへと動いた。
少し眉を寄せて微笑むと、「行きましょうか」とツナを促した。









靴が、地面を掠る音しかしない。
二人で帰る道は、いつもこんなに、静かなわけではない。
今日は、なんだか。獄寺が、いつもと雰囲気が違っていたから、ツナも、気安く話したりはできなかった。

(獄寺君が、おかしい……)

山本があの時、何か言ったのだろうか。全く、聞こえなかったが、確かにボソっと、何か聞こえた気もする。
それとも、あんまり長い時間、待っていたから疲れたのだろうか。

「10代目」

突然、口を開かれたので、驚いた。ビクっと肩を揺らし、獄寺を見上げる。
ん?と軽く返事をするが、何だろうか。獄寺の、思いつめた顔が、瞳に焼きついた。

「…獄寺君、どしたの?」
「10年後も、側に置いてください」
「−……−……側に、って」
「ー誓って、側に居る権利はオレだけのものだと」
「…権利ってそんな、」


何故そんな、思いつめた表情で、こんな事を聞くのか。ツナには分からなかった。
苦しげに息を吐く彼を、見つめるだけで、言葉をかける事ができない。
大体、権利だの側に置くだの、−何かが、自分とはずれていて、ツナは違和感を感じずにはいられなかった。

「−…っ山本には渡しません…!!」

決して、大きな声ではない。
だが、低く、低く、そこには激しさが潜んでいた。

もし山本の方が大事だって言ったって。
他の誰かを、一番近くに置いたって。

叶わぬ想いの果てに、焦がれたまま、目を瞑るのかもしれない。
それでも。

(オレ、は…)


ツナが不思議そうな顔で、獄寺の顔を覗く。
「なにを?」と聞いてくるツナに、言葉を詰まらせる。

(そんなの一つに決まってるじゃないですか)

足は次第に速度を下げ、やがてピタリと止まった。
右腕と、言う。他の答えは、言えない。


「…もちろん、右腕ですよ」

ツナがポカンと口を開けた。直後、微笑を漏らした。

「みぎうで、かー」

二人共、勿体無いと思う。自分の右腕では。勿体無い。
「側に置いてください」と言うべきなのは、自分の方なんじゃないだろうか。
また、1歩、1歩、歩き出す。

「右腕がどっちとか、よくわかんないけど、友達には側に居て欲しいって思うよ」

大事だから。
そう言うと、トン、と獄寺の左手を、自分の右手で軽く触れた。
少し距離をあけようとするツナの手を、獄寺が捕まえた。
また、足が止まる。

「オレのこと、大事ーですか?」
「う、うん」


照れくさい。面と向かって、こういう事を言うのは、非常に照れくさかった。
獄寺を直視できなくなって、俯いた赤い頬。
そのまま、また、進み始めた。

(に、握ったまま…っ)

ツナは思ったが、そのままにしておいた。歩くたびに、獄寺の手の力が強まっているように感じて、痛かった。
だが、「痛い」と声をあげる事もしなかった。

暗闇が、少し。
不安が、少し、緩和されたように思った。ツナの一挙一動で、こんな風になるのだ。
だけど。

(満足、できない)


いつからか、笑い合うだけじゃ、満足できなくなっていた。



『きっと、もうすぐおかしくなってしまう』















もう随分、手遅れだったみたいだ。












ほのぼの書こうって思ってたのにいつのまにやらこんな黒いんだか暗いんだか…みたいな獄に…汗
暗獄もいいかなって思ってきた。もう最高に暗いの。<それ獄かわいそう
でもツナのことで明るくなったりするの。
それじゃあいつもと変わんない犬ですね!ニコニコ。

できたら続きかきます。





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