リンゴン、リンゴン、と夜中の鐘が鳴り響く。 ただでさえ大きな、深みのある音が広い空間で更に響いて耳を塞いだ。 冷たい廊下を歩けば、大きい窓から白い花弁がひらひらと散った。音もなく、シンと静まり返った建物。 ああ、ここは城か。懐かしい我が家なのかと気がついた。 という事は、これは夢だ。 ああでもやけにリアルな、嫌な匂い。 これは姉の作る料理。その中でもクッキーは最高にまずかった。 まずいなんてものじゃない。あれは凶器だ。 気持ちが悪い。目覚めなければ。 頭は起きているような気がするのに、体は動かない。 何だか苦しくなって、暫く、じいっとしていたら、やっと体が動いた。 あれ、此処はどこだろう。 ぼんやりと目を開けると、見慣れない天井があった。 温かい何かが、体の上に乗っている。 手を動かすと、それが布団であることが分かった。 「ご、獄寺君?気づいた?」 その声で、一気に目が覚めた。 真夜中のナイチンゲール 獄寺がツナの家に、桃を持って訪ねてきた。 今日は姉であるビアンキは外出して居ないはずだった。のだが。 予定より早く用事が終わったのか、途中で帰って来たビアンキは、ツナの部屋へ入ってきた。 片手には、毒々しいケーキを持って。 窓から飛び出そうとする獄寺をツナは必死で止め、何を勘違いしたのかビアンキはケーキを彼に食べさせようとした。 顔のすぐ横には、姉にケーキ。最悪だ。 倒れる理由は、それで充分だった。 「…っ10代目…!」 ガバっと起き上がる獄寺に肩をビクリとさせながらも、何とか笑顔で応対する。 獄寺は悪い人ではないし、自分を守るとまで言ってくれている。もう友達でもある。 信頼できると思っている。 だが、やはり強面の外見等からくる気迫に怯えてしまうのだった。 「まだ気分悪い?」 もう大丈夫です。そう告げると、獄寺はシュンと項垂れた。 情けのない所を見せた、と、獄寺は睫毛を伏せているのだが、ツナはそうは思わなかった。 まだ、具合が悪いのだと思った。 どう見ても大丈夫でなさそうな獄寺の様子に、ツナは困った。母は出かけているし、看病らしい看病なんて今までしたことがない。 だが、獄寺がビアンキの料理で気分を悪くしただけなら、このまま横になっていれば治るだろうと思っていた。 「寝てた方がい…ー…?」 さっきより、彼の顔が赤い気がする。気の所為だろうか。 サラリとしたストレートの髪の毛で、良く見えない。念の為、下から体温計を持ってきた。 ピピピと電子音が鳴り、体温計を取り出す獄寺の側で、ツナもひょこりと顔を出した。 覗き見ると、その数字は38度近かった。 「なー!獄寺君、熱あるよー!」 「や、でもこのくらい…」 このくらいではないと思った。例え38度あったって9度あったって、40度あったって、獄寺は「このくらい」と言うのだろう。 素直に苦しいと、言ってくれたらいいのに!ツナはそう思った。 ほら。寝て、寝て、と、軽く獄寺の肩を押すと、獄寺は素直に従った。 喉渇く?水持ってくる?お茶の方がいいか。 あ、それとも林檎がいいのかな。 薬飲むんだったら、何か食べないと。お粥なら平気だよね。 食欲ある? 部屋をウロウロしつつ、獄寺が起きあがろうとすると、寝てて、と側に寄ってきた。 自分の為にオロオロと眉を寄せるツナは、どうしようもなく愛おしかった。 一端部屋を出たかと思うと、氷とタオルの入った洗面器と、氷枕を持って、再び部屋に入ってきた。 フワフワとした枕を、氷枕に換えると、お次はタオルをぎゅうっと絞る。 ひんやりと冷たいものが額に乗っかり、気持ちよさに目を閉じた。 「…寝てて」 その言葉にも、獄寺は素直に従った。 幸せを感じながら、眠りの世界まであと1歩。ひどく、心地が良かった。 ぼやり、と、目が覚めた。 一瞬、頭が動かずに、どういう状況で此処はどこで、−全てが分からなかったが、そのまた一瞬後には全てを思い出した。 ああ、眠ってしまっていたのか、と思い何気なく横に目を向けると、いつも教室でつるんでいる、ツナと自分、そして3人目の男が居た。 「はは、お前なに倒れてんだよ」 ほんと獄寺っておもしれーのな。そう屈託無く笑う彼が、何度邪魔だと思ったことか。 山本武。ツナが信頼を寄せている友人だ。いつも余裕のある態度に言葉、笑顔。 大体、この男はツナに馴れ馴れしすぎるのだ。何かと肩を組んでみたり、小突いたり。 しかもそれを、ツナが嫌がっていないというのだから堪らない。 「何でてめーが来てやがんだ!」 「わ、獄寺君。安静にしてた方がいいよ」 ツナの一言に、獄寺はぐっと口を噤んだ。 山本を睨んでも、山本は余裕綽々に笑みを浮かべるだけだ。どこまでも癪に障る奴だ、と思う。 だが次の瞬間には、男は余裕の顔を崩し始めた。 「…わり、ツナ。俺もちょっと横になっていい?」 「え?…山本も顔、赤くない?」 「あー、うん。ちょっと風邪気味」 二人目の患者に、またしてもツナはオロオロしだした。 ベッドは一つしかない上、氷枕もない。せめて布団を、と思ったが、山本はサラリと遠慮した。 「大した事ないって。クッション借りるな」 そこにゴロリと横になる。大した事はないと言っても、普段は滅多に風邪などで学校を休んだ事のない山本が、自分から訴えてくるのだから、 やはり結構な事なのではと思った。 このままじゃ悪化しかねない。せめてと思い、隣の寝室から掛け布団だけ持ってくると、それを山本の上に掛けた。 「サンキュ」と小声で言う山本の姿が、どこか弱々しいような気がして、暫く側で座っていた。 「獄寺君も、寝ていた方がいいよ」 上半身を起こしたまま、横になろうとしない獄寺に、ツナが軽く促した。 はい、とポツリ。呟くと、やっと枕に頭を付けた。 子供じみていると思いつつも、やっぱり面白くない。ついさっきまでは、二人の空間だったのだ。 それを壊された上、ツナは山本にべったり、ときた。 そんな思いで、目は瞑ったものの中々眠れずにいた獄寺は、額から離れた生温い感触にうっすらと瞳を開いた。 する側で、ツナが温くなった獄寺のタオルを絞っていた。 「…す、すいません」 「ううん。まさか二人で熱出すとは思わなかった」 眉を寄せて笑うと、今度はお盆の上に乗っているお椀を、獄寺に差し出した。 中に入っている白い粥がタプリ、と揺れる。 食べれる?と、大きめのレンゲを入れて、獄寺の手の中へと持っていく。 「…すいません。ほんとに…俺、10代目にこんな事させちまって…」 情けないです、と口にする獄寺は本当に落ち込んでいた。 ツナはそんな事は、ちっとも気にならなかっただけに、驚いた。 「え!…そ、そんなこと。気にしないでいいことだよ」 ブンブンと激しく首を振ると、獄寺は控え目に笑った。「うまいっス」と一言告げると、お椀を綺麗に空にした。 その後も、ツナは麦茶を注いだり、額の汗を拭ったり、懸命になって看病をする。 不謹慎だが、やはり幸せだと感じてしまう自分がいることは否めなかった。 「あ、山本。起きた?」 大きく伸びをする山本は、とても中学生とは思えない。 獄寺にも言えた事だが、やけに成長した体格と、整った上、大人びた顔立ちは、どう見てもそこらの中学生ではなかった。 華奢で小さな体つき、そして童顔なツナを側に置くと、兄弟にも見えてしまいそうだった。 山本の側に寄る前に、山本の腹が鳴った。 「あー、ごめん。もう冷えちゃってるから、あっためてくる。それとも何か買ってこようか」 粥はとうに冷えてしまっている。だが、山本は首を横に振った。 「おー、すげーなツナ。作ってくれたのか?」 「う、ううん、レトルト」 「そっか。食っていい?」 にこにこと嬉しそうな顔で言われるものだから、ツナも嬉しくなってきた。 お盆ごと渡すと、山本はぐるぐる、粥を掻き回した。 そうしてお椀をツナの方に寄せると、またツナを見て笑った。 「や、山本?」 「な、ツナ。食わして」 オレ病人だから。 そう言われてツナがぽかんとしていると、獄寺がベッドから飛び起きた。 それでようやくハっとして獄寺の方を見ると、物凄い形相で睨んでいた。 ツナは思わずビクっと肩を揺らしてしまった。 「てめー!調子こいてっとブっ殺すぞ!」 まるで自分が言われたような錯覚に陥り、ツナはまた肩を揺らす。 言われた張本人である山本は、ケロリと笑顔を作っているというのに。 ツナはお椀に深くスプーンを入れて掬うと、山本の口へと持っていった。 「……へ」 「え?」 目を丸くさせると、やっと自分の口に、ツナの持ってくれているスプーンを入れた。 まさか本当にやってくれるとは思わなかった。そんなに熱くなかった体温が、急に上昇したように思えた。 ツナも一口食べさせるだけで精一杯だった。やはり実際やってみると恥ずかしいものだ。 すっとお椀を山本の方に差し出す。 山本は照れたように後頭部を掻くと、渡されたお椀を受け取った。 「…ありがとな、ツナ」 はにかみながら口元を緩めるツナに、心を鳴らしながらも、和やかな気分になった。の、だが。 …視線だけで殺されそうだ。 山本は困ったように笑顔を作ると、その視線の主に呼びかける。 「獄寺ー、そんな恐い目で見んなよ。お前もやってほしいわけ?」 図星をさされ、獄寺は一気に顔を赤くさせた。が、すぐまた鋭い目つきでガンをつける。 今にも、ダイナマイトを投げてきそうだ。 ツナは怯えた様子だったが、すぐに時計を見て、薬を持って獄寺の方へ寄った。 ちょこりとツナが側に来ると、獄寺の顔も緩む。 「30分たってないよね。えーと、二錠、あれ、二錠…でいいんだよな」 水をグラスに注ぐと、カプセルを二つ取り出す。 ここで、飲ませてください。って、言ったらどうなるんだろう。もしかして飲ませてくれたり、するんだろうか? 少しぼんやりとする意識の中で、そんな事を思った。 だが、ハイ、と何の意識もせずにカプセルを獄寺の手の上に乗せるツナに、そんな事言える訳もなく。 「どうも」と軽く会釈すると、一気に薬を飲み込んだ。 苦くはないが、一気に飲んだ水の所為で、少し苦しかった。 「これ、片付けてくるから寝てて」 食器を持ったツナが部屋を出て行くと、一気に話しにくい雰囲気になった。空気がまるで変わった。 寝返りを打つ度の気配と、布団の摩擦で起こる音だけが、部屋に響いた。 「…勝手に来て、10代目の家で寝てんじゃねーよ。野球野郎」 飯まで食べさせてもらいやがって。 そう心の中で毒づいた。 「はは、そんな喧嘩腰に言うなって。大体それを言うなら獄寺も、だろ?」 露骨な言い方をする獄寺とは違い、山本はにこやかに応対した。 潰れかけているクッションを軽く叩くと、またふっくらと盛り上がってきた。 ボスリとそこに頭を乗せ、ツナが乗せてくれたタオルを、また額の上に置き直す。 山本がゆっくり息を吐き出す音も、静かな部屋では、はっきり聞こえる。 「いい奴だなぁ、ツナって」 「はぁ?てめー今更10代目の素晴らしさに気づいたのかよ」 「いや、…そうじゃねぇけど。改めて、って事」 ポカポカと日が差し込み、風でカーテンが揺れた。気持ちのいい、晴れた日の風の匂いがする。 段々と眠くなってきた二人は、ゆっくりと瞬きをする。 二人共、瞼の裏にある暗闇にぽっかりと一人。浮かんできたのは同じ人物だった。 「−…オレらってツナを守る役目だけど、ツナに守られてる部分、あるよなー…」 あたりめーだろ。 そう答える前に、獄寺は完全に、瞼を閉じていた。山本も、答えを待たずに、寝息を立て始めた。 カチャリ。 扉を開けて二人を見ると、気持ち良さそうに眠っていた。ツナはそうっと、扉を閉める。 なるべく音をたてないように歩くが、途中ミシッと床が鳴った。 それでも二人は、起きる気配がない。 (本当に良く、眠ってる) それぞれの寝顔をひそりと覗くと、自然と笑みが零れてきた。 ようやく安静にしてくれた問題児の患者2名に安心し、外からやってくる風を受け止めた。 再びこの部屋が賑わうのは、この風が少し肌寒くなる頃。 部屋に夕日が差し込み、夕闇の匂いが窓から、やってくる頃。 二人は、目を覚ます。 |
どうなんこれ…アホ話…?
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