太陽が隠れるまで、全ての場所を一回り
車に飽きたらどうとでも 欲しい物ならいくらでも
夜が訪れれば、星でも夜景でも好きなだけ

全て、あの子のお望みのまま









プロポーズはナポリで









ディーノは驚いていた。
部屋に入って、目に入ったもののせいで、身動ぎさえもできない。
此処はイタリアで、日本ではなく、此処はキャバッローネのアジトであってーツナの家ではなく。
それなのに、今この部屋でソファーでぐっすりと眠っているのは、紛れもなく、愛しい恋人であった。

「−…、ツナ…?」

未だに信じられなくて、そうっと、ソファーに近づくが、ディーノの気配に気づきもせずに、
ツナはただただ、寝息を立てているだけだった。
ソファーのクッションに顔を埋めて、横になっているツナは、とても気持ちが良さそうだ。
自分が掛ければ、重さで沈んでしまい、起こしてしまうだろうかーと、それを気にして、
そこには掛けずに、膝をついて、ツナの顔がちゃんと見れるところまで、背中を屈めた。

ー久々に見た、ツナの顔。髪。睫毛。唇ー…

そっと静かに、手を伸ばそうとすると、ツナの瞳が、うっすらと開き、デイーノを見つめた。
まだ状況が良く分かっていないらしく、暫くぼんやりと見つめていたが、漸く、ぱっちりと瞳を開け、
飛び起きた。

「わ…っ、オレ、ねー…、寝て……!?」
「いいって。眠いんだろ?寝てて構わねーぜ」
「あ、いえ……。…すみません、入っちゃって」
「ん?いや、それは全然ー…けど、驚いた。何でこっちにいるんだ?」

聞くと、ツナは思い出したように、説明し出した。
母が商店街のくじ引きで、イタリア旅行を当てたこと。今は家族で旅行中という事。

「ディーノさんに電話しようと思ったんですけど、…その、番号メモしてた紙、無くしちゃって」
「はは。なるほどな」

困っていたツナを助けたのは、リボーンであった。
彼が、このアジトまで連れて行き、ディーノの部屋まで通したのだ。
ツナが困っていたから助けたというより、ディーノがさぞ驚くであろうということを予想して、面白がっていたのかもしれなかった。
それは、ディーノにも容易く想像できた。
ディーノがツナの髪を、ふわりふわりと撫でていると、ツナは堪らなくなったように、
ディーノの首に抱きついた。
金色の髪は相変わらず触り心地が良く、体温は相変わらず、ツナを安心させた。

「−…寂しかった?」

言葉を出しては答えずに、ツナはただ、ゆっくりと頷いただけだった。
ここにディーノが居ることをもっと感じたいのか、ツナはディーノの肩により深く、顔を埋めた。
再会の時には必ず、ツナはこうなってしまうものだから、ディーノは嬉しくて堪らない。
普段、あまり自分からは行動を見せないツナが、離れ離れになっていた日々を埋めるかのようにー
ディーノと再会した、その一日だけは、いつもとは違う顔を見せるのだ。
とにかく、甘えたがりになる。

「オレも、寂しかった」

毎日、ツナのこと考えてたー、と口にしながら、ツナをそっと自分から離すと、さっきは触れられなかった唇を、
漸く奪った。薄い唇は柔らかく、何も変わってはいない。
久々の口付けに、加減が出来ずにいるが、それでもツナは、もっと、とせがむように、ディーノの首に、
再び腕を巻きつけた。うなじにツナの体温を感じ、ディーノは深く、溺れていった。

「…ディーノ、さん…」

そのままソファーにツナを倒し、赤く上気した頬や、少し熱っぽく潤んだ瞳がディーノを見上げていた。
もうどうしようもなくディーノを欲している。それはディーノにも伝わっていた。
ディーノは堪らなかった。久しぶりの恋人が会いに来てくれた上、こんなにも、自分を求めてくれて。
愛しくてたまらないツナに、愛されているということが、堪らなく嬉しかった。
シャツを捲り上げ、日焼けもしていない、白い肌に思う存分触れようとした時になって、ツナがハっと、
蕩けていた瞳を見開いた。

「い、今、今何時ですか…!?」

ディーノがツナの肌に顔を埋めながら、部屋の時計を見ると、針の短針は3を、長針は丁度、12を指していた。
時間帯を告げると、ツナが焦り出し、ソファーから起き上がろうと体を動かす。
しかし上に覆い被さっているディーノに、呆気なくソファーに引き戻されてしまう。

「ディーノさん!」
「ー…あのな…」

ここまできて帰るはないだろう、と、ディーノは思った。
もういっそ、ここに住んでしまえばいいのにーと。
しかし、それが叶うわけのないことを、ディーノは知っていた。
彼はボンゴレ10代目なのだから、いずれイタリアに来るとは思うが、それも結構先の話だ。

「ちょ、待って、…っあの、時間が…!」
「飛行機、間に合わなかったらオレが日本まで送ってってやるよ」

国内で、それも近くで送ってってやる、なら分かるが、国外で送ってってやる、と軽く言われ、ツナは絶句してしまった。
時折忘れそうになるが、ディーノはキャバッローネのボスなのだ、と、実感した。
抵抗を忘れていると、ディーノの形の良い唇が、ツナの首筋に触れ、ツナは何とも情けない声を出してしまった。
びくりと肩を上げたのは、ディーノの指が、ツナの胸元を弄んだからだった。

「や、やめー…っ」

これ以上されたら、自分でも拒めなくなると感じ、ツナが泣き出しそうになった時だった。
部屋の扉が開き、書類を持った、図体のでかい黒ずくめの男は、入った途端に、呆然と立ち尽くした。
それも、無理は無かった。
ソファーの上で、泣きそうになっているボンゴレの10代目のシャツは、鎖骨の下まで上がり、
その細い2本の手首を、頭の上で一束に纏め上げている。
それをしているのは紛れも無く、我等がキャバッローネのボスであり、そのボスはボンゴレの上に覆い被さっていた。
そしてもう片方の手は、ボンゴレのウエストへと伸び、ベルトを外そうとしているのが目に入った。

渋々、ツナの上から降りたディーノは、部下の許に近寄り、書類を受け取った。

「悪いな。これで全部か?」
「はあ。…あんまりすると、10代目に嫌われますよ。ボス」
「……るせー」

立ち尽くしていた男は、意外にも切り替えが早いらしく、からかうようにディーノに向かって笑うと、
ツナに一礼して、部屋を出て行った。
ツナが慌ててソファーの上から起き上がり、服を直すのを見ると、ディーノは軽く溜め息をついた。
それは、諦めの溜め息であった。

「…悪かった。時間、間に合うか?」
「…あ、あの、そうじゃなくて、8時までは平気なんですけどー…」
「は?」

ツナが言うには、8時に母と待ち合わせているらしい。
それなら何故、あんなに拒んだのかと問うと、ツナは下を向いて、そのままディーノを見ずにソファーを降りた。
ディーノの側に寄り、ぎゅっと抱きつくと、ボスンと顔を埋めた。

「…ひ、久しぶりだから、−…甘えたくて」

つまり、繋がりでなく。
それをしてしまうと、ツナも溺れてしまい、結局、ろくに話もできずに、そればかりになってしまう気がして。
久しぶりに会ったのに、言葉を交わせないのは、とても寂しい。
今日は本当に、少ししか時間が無いものだから、ただ単純に、甘えていたかった。
話も、したかった。
耳朶を真っ赤にしながら、「すいません」と一言、消え入りそうな声で謝ると、ディーノはほっとした。
待ち合わせが7時だと聞いた時は驚いたがー触れられるのが嫌だというわけでは、無さそうだ。

「ん。そっか」

額に軽く口付けて、優しく髪を撫でてやると、ツナはもう一度、「すみません」と口にすると、
ディーノは首を横に振り、微笑んだ。

ソファーに座り、話しをして、時折キスをしたり、−そして今は、ツナはディーノの膝の上に、頭を乗せていた。
優しく髪を梳くと、ツナは気持ち良さそうに、瞳を閉じた。
ツナは可愛く甘えてくれるが、手を出せない。
これは結構、拷問に近いとディーノは思ったが、何も言わずに、ツナの髪を撫でていた。

閉じていた瞳を薄く開け、むくりと起き上がり、ディーノの瞳を覗き込んだ。
誘い込まれるように、ツナの唇を奪うと、ツナの腕がディーノの首へと回り、再び、さっきのような空気が出来上がってしまった。
どうにも我慢できずに、貪ってしまえば、あっという間にツナの体はソファーに倒された。
ツナが求めるようにしてくるのも、さっきと、まるで同じであった。

「−………」
「…………」

組み敷いてしまったツナの側を離れられずに、そのまま見つめているが、ツナはディーノを退かそうとも、
拒もうともしない。
していいものなのかー、と、ディーノは暫く手を出さずに、ツナの動きを待っていたが、ツナは困ったように笑って、
一回だけ、と口にした。ディーノが綺麗な微笑みを見せると、すぐに、熱い口付けが与えられた。







一回だけーの約束は、容赦なく破られた。以前にも何度かこういうことはあったが、
ディーノに謝られる度に、ツナは結局、許してしまうのだ。
それでも今日は時間がないのにーと、ツナは少しどんよりしていた。

「悪かった。…飯、ツナが好きな物、何でも食いに行こうぜ。…あー、それとも家族で食うことになってるか?」
「それは平気ですけどー…いいんですか?」

飯と聞いた途端、ツナの表情が明るくなり、ディーノは笑ってしまった。
ディーノの可愛い恋人は、とても分かりやすかった。
外に出て、縦長い車を見ると、ツナは呆然と立ったまま、動けなくなってしまったようだった。
乗り込み、レストランまで向かう。暫くすると、緊張も解けたツナだったが、レストランの中に入ると、
またもやその緊張感と高級感に萎縮してしまった。
こんな所、ディーノと出会わなければ、一生、縁のないところなのだろうなあ、などと思いながら口にした
料理は、どれもこれも美味しくて、ツナは何も残さずに、ペロリと平らげてしまった。
イタリアの料理はまずいと、何処からか聞いたことがあったが、ツナはそれを、頭の中で打ち消した。

食べ終わり、外に出た頃は、もう8時も近かった。
もうお別れだと、寂しくなっているツナだったが、ディーノは車には乗らず、そのまま歩き出した。
ツナもそれに着いて行き、暫く歩くと、目の前に夜景が広がった。

「−……綺麗」
「ナポリには敵わねーけどな」
「ナポリ?」
「今度連れてってやるよ。夜景、すげー綺麗だから」

次の約束をさらりとしてくれたディーノの言葉に、ツナは嬉しくなった。
夜になって、少し風が出てきたのか、二人の髪をふわりと揺らした。
暗闇の中で、ディーノの美しい金色が見えないが、それを抜きにしても、夜景になど負けないくらいの美しい。
ツナはポツリと呟いた。

「…笑わないでくださいね。オレ、ディーノさんって王子様みたいだと思ってた」

ツナが言った途端、ディーノは笑い出してしまったものだから、ツナはもう一度、「笑わないでください」と付け足した。
少し、恥ずかしそうにしながら。
本当に、ツナはそう思っていたのだ。ディーノが日本に来る度にツナにやってのけたことは、それほどだったのだ。
望みの場所には何処にでも連れて行ってくれるし、少しでも求めれば、次の瞬間にはそれが手に入った。
美味しい食事に、綺麗な夜景。
女の子が憧れるような、デートの数々に、ツナは驚きの連続だった。
まさか自分が、恋人にするのではなく、される立場になろうとは。

「−…そりゃあ、な。好きな奴を虜にしときたいって思うのー…仕方ねぇだろ?」
「…そ、そんなことしなくたって…」

もうとっくにーと言いかけたが、恥ずかしさのあまり、口には出せなかった。
表向き、格好のいい、最高な王子様で、けれど今日のような余裕の無さを見せる。
そして部下がいないと、とんでもない駄目っぷりを見せる。
ツナにはどれもディーノであり、どの面も、堪らなく好きだった。

「そんなことしなくたってー……、なに?」
「…わ、分かってるなら言わせなくても…」
「言わせたいんだよ、ツナに」

ディーノの顔を、直視できずに、夜景ばかり見てしまう。
今、あの綺麗な顔を見たらたちまち、瞳に吸い込まれてしまうだろう。
別れたく、なくなってしまう。それは分かりきったことで、ツナは悲しくなった。
そうっと腕時計を見ようとすると、ディーノが腕を引っ張った為、時計は見れなかった。
代わりに与えられたのは、ディーノの体温だった。
唐突に抱かれ、ツナは暫く動けなくなってしまった。

「ー……帰んなよ」

ディーノの声が耳に届くと、その瞬間に、風がツナの頭上を駆け抜けた。
別れがたいのは、自分だって同じ気持ちだ。
ディーノの背に手を回すと、ツナは黙って瞳を閉じた。
すると、一層、デイーノの力が強まって、ツナの体を締め付けた。

「−…ツナ、オレの事好き?」
「好きです」
「ずっと、一緒に居たいと思ってくれるか?」
「はい」
「なら結婚して」
「は……」


ディーノの言葉の意味を認識せずに、つい、「はい」と言いそうになってしまったが、漸く言葉を理解して、
ツナは非常に驚いた。あまりに驚いて、ディーノの胸を押し返し、まじまじと顔を見つめてしまった。
冗談だとは思うが、彼の顔は真剣そのもので、ツナが胸を押し返し、抱擁を拒んだものだから、
少し切なげに、眉を寄せていた。

「冗談…」
「じゃ、ねーよ。真剣。けど、ー…急ぎすぎた、な」
「いや、あの……」

急すぎたとかではない。
ただー信じられないと、ツナは思った。
呆然としていると、ディーノはツナを安心させるように、ポンポンと頭を撫でた。
綺麗な、微笑みー。


「こんな夜景じゃ、ツナは手に入らねーよな」
「は…?」
「今度はもっとランク上げた場所で、求婚する。次のプロポーズまでには、もっとツナを虜にさせとかねーとな」

オレも、もっとツナが惚れこむような王子様、になってないとなーと、笑うと、
額を人差し指で軽く小突かれ、ツナは真っ赤になってしまった。
これ以上ーこれ以上、夢中にされたら、たまったものではない。

まだ、胸がバクバクして、帰りのリムジンの中でも、何を喋ったのか良く覚えていない。
そもそも、喋ることが出来たのかも覚えていない。
母と再会しても、まだ胸は鳴っていた。
それから帰りの飛行機のこともあまり覚えていないが、ディーノと別れた直後、
母に顔が赤いと言われたことだけ、ツナは覚えていた。



数日後、ディーノからツナに一通の手紙が届いた。
封筒を開くと、そこには綺麗な夜景の葉書が、一枚、入っていた。
この間は短い時間だったが、会えて嬉しかったということ。
最近は元気にしているのかどうか、など。
そして最後、少し空白を空けて書かれていた言葉に、ツナはぎょっとした。

『次はナポリで』

何の次かは分かっている。ツナの顔はたちまち赤くなり、額に手を当てた。



さあ、次はなんて答えようか。











ユウカさんに捧げました。
エセ王子ですみません…!そして少女漫画かこれ…!みたいなアレですみません…。
膝枕などはユウカさんの絵日記から頂戴しました!(も、モエー!なのに自分で書くと萎え…!<不思議)
ユウカさん、貰ってくださって本当にありがとうございました…!(感涙)



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