ひっきりなしに鳴る電話に、鞭や爆薬、銃弾が飛び交う毎日は、とてもハードで、
あの穏やかな日本の日々は何処へ行ってしまったのかと思うほどだ。
あれは幻覚だったのか、彼の髪の柔らかさも、男にしては少し高い声も、全て幻だった?

そう思えるくらいに、彼は激しい毎日に疲れ、そしてある人間に飢えていた。




ホームシック。ーというのだろうか。
ディーノは、大きな黒い風格のある椅子に座りながら書類に目を通しながら、本日何度目かの溜め息を吐いた。
日本に居た時間より、イタリアに居る時間の方が遥かに長いディーノだが、日本を離れる時は、
いつも「帰りたくない」と思ってしまうほど、ディーノは日本を恋しく思っていた。

日本を、というか「沢田綱吉」の居る所へ、帰りたい。

(電話でもかけてみっかな…)

携帯を片手に、ツナの番号を表示させてみるが、一向に、愛しい声が聞こえる気配がない。
肩を落とし、天井を見上げるボスの姿に、部下達は声を張り上げた。

「おいおいボス!一人で怠けて何してんだ」

ハハハと、皆が一斉に笑い声を上げると、バツの悪いような、照れたような顔を見せた。

「うるせー…」

ディーノの落ち込み様に、部下達は話を膨らませ始めた。
電話一本で、ここまで落ち込む彼の姿を、部下達は見たことがなかったからだ。

「いつの間に”いい人”が出来たんだ?ボス」
「ああ、あれじゃないか。誰だったかー…、アントニア!あの娘とまた」
「よりを戻したって?それだったらキアーラの方が確率高いぜ」
「いやいや、あの女は駄目だろ。プライドが高すぎだ。シモーナはどうだ?」
「俺はフランチェスカに賭ける!」
「なに?じゃあ俺はルイーザ」
「俺はラウラだな」

「て、てめぇら!」

違う!とディーノが大声で否定すると、部下達はつまらなそうにブーブー言い始めた。
そしてまだ、疑っているようだった。


「…そんなんじゃねーよ…、ー…仕事、明日中にカタをつける」
「はあ?なんだってまた…」

「日本に行く」







ノ ス タ ル ジ ア









「獄寺君が爆発させなくて良かった…」

今日一日、無事に過ごせたことを思って、ツナは肩を降ろす。
さっきまでは、獄寺と山本が、この部屋を賑やかにさせていた。
丸い月が、黒い空のキャンパスに描かれた頃、二人はツナの家を去っていった。

ーというか、切れそうになった獄寺を見て、危険を感じたツナは、二人を帰らせたのだった。

山本、獄寺の3人で集まると、いつも獄寺が何かしら切れ出すのだ。
今日は課題をやっていて、彼はツナに丁寧に、優しく教えてくれるから、とても助かるのだが…。

(でも、山本が絡むと恐いんだよなあ…)


何となく、外の空気が吸いたくなって、窓を開ける。
すると、そこには月の光にも劣らぬくらいの、まばゆい金の髪を持った青年が立っていた。

「−…ディーノさん!?」
「久しぶり、ツナ」

いつものように綺麗に微笑んで、ゆっくりと唇を開いていた。
驚きと、喜びがツナの胸に一変に押し寄せてきた。
コートも持たずにバタバタと階段を下り、玄関を飛び出た。

するとやはり、彼が立っていた。窓の下に立っていたのは、確かにディーノだった。
憧れている兄弟子の、突然の登場に、ツナはついつい、己の身体を寄せた。

「な、なんで…。いつこっち、来たんですか?」
「ついさっき。ツナに会いに」

ぴったりとくっついているツナの身体をそのまま抱きしめると、ツナは身体を硬直させた。
緊張しているらしいことが、身体から伝わってきた。

このまま、容易く唇も奪ってしまえるような関係だったら、きっと容赦なしに、ディーノはツナの唇を貪ってしまうだろう。

ああ、しかし、ツナだ。これは、彼の体温。
今、自分の腕の中に居るのは、恋しくて、会いたくて、どうしようもなかった存在。それを、抱きしめているのだ。
唇を合わせなくても、ディーノの心は、幸せで満ちた。

ー勿論、キスもできれば、もっと最高だろうけれど。






星空の下を歩き、近くの、野球などが行われる広場の、ゆるやかな坂に腰を下ろした。
もうすぐ春で、ここにも桜が咲き乱れる。
しかし、まだ夜は少し冷える。ディーノに寄り添うと、ディーノは嬉しそうに、顔を綻ばせた。

「ディーノさん、何で日本来たんですか?」
「だからツナに会いに来たって。さっき言っただろ?信じてねーの?」
「や…、だって…」

暗くてよく見えないが、きっと頬を赤らめているに違いない。
ディーノはポンポンと、ツナの頭を叩くと、微笑みを向ける。

「ツナは?元気にしてたか?」

コクコク頷くツナは、ディーノが居ない間のことを、話し始めた。
学校での日常や、友達の事や、相変わらずリボーンが無茶をする事、などなどー
話題は尽きない。

「昔のデイーノさんが、オレに似ているって…、やっぱり信じられない」
「なんでだよ?」

惚れた欲目かどうか分からないが、自分はツナほどは可愛くなかったと思う。
そんな事を思っていると、言葉にするのを躊躇うように、ツウナはポツリと口にした。

「だってディーノさん、そんなにかっこいいのに」

容姿も抜群、性格も素晴らしいと思う。
部下達との信頼もピカ一だしー、こんな人間が、本当に今の自分のような駄目さがあったのかどうか、
それは疑いたくなっても仕方がなかった。

「…サンキュ」

ツナに言われた事を、素直に、嬉しいと思う。とても、とても嬉しい。

しかし、駄目なところなんて、今も昔も、腐るほどある。
そこをツナに見せても、ツナは今と変わらず、憧れていてくれるのだろうか。
ーいや、憧れなんかなくてもいいが、ただ、好いていて欲しい。

ゴロリと横になると、空いっぱいの、星空が瞳に入ってきた。


「でもなー、…結構駄目なとこも…」
「ありますか?」
「ん」

大体、技術的なところでは、部下が側に見えないと、途端に府抜けてしまう。
そして精神的なところでは、ツナが側にいないと、おかしくなってしまうし。

昨日だって、その前だって、ほとんど眠れなかった。

そして今日だって、ツナの窓から見える、獄寺と山本とツナの3人にー
自分の居ない時の、ツナの笑顔というものを見せつけられて、

(あれは結構、きた…)

今、暗い中で本当に良かったと思う。
きっと物凄く、情けない顔をしているに違いない。

「あ、葉っぱ」

上半身を起こしかけたが、星空の変わりに、ツナの顔が視界に広がった。
また芝生に頭を付ける。寝っ転がったせいで付着した、髪の毛の上の葉を取ろうと、ツナはディーノの髪を梳いた。

「…気持ちいい」

ポツンと漏らしたディーノの声に返事をする代わりに、ツナは撫でるように、彼の金の髪を梳く。
ほんのり、微笑んでいるツナが、瞳に入り、なんだか、漠然とだがー
駄目だとか、良いだとか、きっと彼は、全て上手に、受け入れてくれるに違いないような、そんな気持ちになった。

実際、ツナは、部下の前じゃないと腑抜けてしまう彼も、
全て、全てを、輝く瞳で見ていた。


「ツナ」

呼べば、首を傾けて、ディーノの顔に近づけた。
ああ、堪らない。やはりどうしても、愛しい存在だ。
もう出会えないだろう。これほど愛しい気持ちにさせてくれ、これほど上手に自分を癒せる人間には。

ツナの手を引っ張ると、バランスを崩した彼が、倒れこんでくる。

「わっ、」

もう明日にはイタリアに帰ってしまうけれど。

(やっぱりオレの帰りたいとこって、イタリアでも日本でもなくて)


ツナの側。

腕に力を込めると、ツナも反抗せずに、収まってくれている。
夜の匂いを吸い込みながら、柔らかく、癖のある髪を撫でる。

「ツナ」
「デイーノさん?」
「いつか…」


オレの恋人になって。


発することのできなかった言葉は、ディーノの胸に封印することになった。
よほど疲れ、安心したのか、彼は瞳を閉じてしまった。
抱かれたままのツナは、焦って腕を抜け出そうとする。
しかし思いのほか、(眠っているというのに)デイーノの力は強い。

どうしたものかと、少し諦め半分になっていたツナの身体が、急に解放された。

「大丈夫か?」

ディーノの部下達だった。
ここらへんは、散歩するのにも丁度いいーのだが、ディーノの部下達のことだ。
きっと、心配になって見に来たに違いない。

「ったく、うちのボスは…」

ヤレヤレと言葉を吐くが、顔は微笑んでいる。
こんなに信頼されている、愛されている、デイーノはやはり、ツナにとって憧れの存在だ。
ふわりと微笑んだツナだったが、次の瞬間に、笑みは消えた。

「まさか日本に来るとはなあ」
「日本に恋人がいるのか?」
「どうだかな。でも、前にあったな。ほら、”アキホ”」
「いやそれなら”ミキ”の方がな…」
「おいおい、”マリカ”を忘れたか?あの娘が一番のお気に入りだ」


軽く会釈し、オヤスミナサイと去っていこうとツナは思った。
これだけの容姿があれば、勿論、女性が放っておかないのも分かるし、
ディーノが女性を放っておくのが勿体無いということも、分かる。

だが、ツナと会う時は、女性のことを匂わせたことがなかっただけに、何だかショックだった。
こんなにショックを受ける自分も、どうかと思うが。


「でもアレだ、最近はぱったりだったからな」
「ボンゴレの10代目に電話かけても出ない時の、あの落ち込み様と言ったら…」
「全くだ!笑えたな。相当、可愛がりたいんだろうな」

ワハハと盛大に笑い出す部下達だが、ディーノはぐっすり眠っている。
携帯は、数日前、謝って水溜りに落としてしまったのだ。つまり、壊れて、今は修理に出している。

呑気に寝ているディーノを見て、胸が、少し鳴ったような気がした。

冷たい夜空の下で、夜風に吹かれても、顔が少し、赤いようなー熱いような気がして、
堪らなくなった。
ツナは軽く挨拶をすますと、その場を去る。

駆け出すと、冷たい空気が顔に当たって、痛くなる。
だが、そんなことよりも、鳴った胸や、赤い顔が気になった。

そうだ、本当はー、本当は、言いたかった。


「イタリアに、またすぐ行ってしまうなんて」
「もっと日本に居ればいいのに」
「淋しかった」






本当はずっと、会いたかった。












「…おい、おい。起きろよ、ボス」
「…んー…」

唇を少し動かしたが、一向に起きる気配はない。
こんなに熟睡するのは、どれくらいぶりだろうか。
部下達は、参った、と、仕方なく夜空を見上げる。

「ボス、風邪ひくぞ」
「んー…?………ナ、…」
「ああ?なんだよ、ボス」
「…ツナ…」
「!」

部下達は互いに、顔を見合わせた。
もしや、そういう事なのかと、次は一斉にディーノに目を向けた。
寝ているディーノが何かを答えるわけはない。ぐっすりと、眠っている。

しかし、繰り返される「ツナ」という寝言に、もう、答えを貰ったも同然だった。















翌日、ディーノは日本を発った。
昨日寝てしまったことを、心の中で物凄く後悔しながら、しかしツナには笑顔で、サヨナラをした。
部下達は妙にニヤニヤとしながら、ツナと自分を見ていたが、訳を聞いても更にニヤニヤするだけだった。

別れの抱擁を交わした時、ツナがそうっと、背に回してくれた手。
それはとても、ディーノの心を満たした。
また増えた、日本での、ツナとの思い出が、これからの糧となるだろう。

ディーノの笑顔につられて、ふわりと笑ったツナに、彼は「桜が咲く頃、また来る」と、約束してくれた。

今は忙しい時期らしく、電話もゆっくりと出来ないが、
そして自分の気持ちに気がついてしまったツナは、それがとても淋しいが。
登下校中に通る、あの、ディーノと座った広場の緩やかな坂。
そこの桜の木を見る度に、沈んだ心に、温かいものが流れてきた。



きっともうすぐ、桜が咲く。












ディノツナ祭に出品させていただきました。
長いのにチューもしない二人。



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