自分達の関係は、ただ、『友情』という虚構を模範しただけに過ぎない。





生きてきた、たった僅かな時間の中で、異性に抱く恋や愛というのを認識した事などなかったと、獄寺は思う。
ましてや、誰かを敬い尊び、胸中に沸き起こる蟠りに悩んだことなどあるわけがなかった。経験をせずに来る新たなる感情というのは、これから先幾度なく襲ってくるのは分かる。だが、ここまで特定の人物に何かを求め、身体中が餓え、枯渇する経験をするとは、考えられない。
―――きっと、これは一生ついて回る。
妙に、悟りきった結論が、常に獄寺の脳内から失せる事はなかった。




友情遊戯




吐き出した息と、吸い込んだ煙が交じり合って、夜空の大気に白亜に浮かんでは、消える。
初冬を越し、年を越して、本格的な寒気を運んできた空気は、歩く人々の頬を赤く染めさせていた。ふと、隣にいるツナの顔を見て、獄寺は無意識に頬元が緩む。

「10代目、寒いっスか?」

自然に出てくる優しい声音に、ツナは自分の背丈よりも高い獄寺を見上げて、目を瞠った。なんで、わかったの?と首を傾げる素直な行動に、笑みが出そうになるのを耐える。確かに、ツナを見やれば寒さ凌ぎに何枚もシャツを着こんで、マフラーも引っ掛けてはいる。けれど、学生鞄を持つ剥き出しの掌や、氷上に吹くような冷気を伴った風が頬に触る度に、瞼を瞑って堪えるその姿を見れば、一目瞭然だった。

「俺の手袋でよければ貸します」

そう言って、剥ぎ取った自分の手袋を無理やりツナに渡し、自らの手をポケットへと突っ込む。少しでも、温かくなって欲しいと心から思うのだ。自分の事よりも、ツナが寒さ故に風邪を引いて会えなくなるほうが何倍も辛い。会えなくなるだけじゃなくて、風邪によってツナが苦しむのが許せないだけだ。でも、ツナは渡された手袋を暫し見つめ、再度獄寺を見上げた。

「大丈夫だよ、獄寺君が使って?」

はにかんで、笑う。その仕草に自分を気遣う気持ちを見つけて、獄寺は眉を顰めた。
10代目という人物は、万人に優しい。優しいだけじゃなくて、隣にいるだけで温かな気持ちにさせてくれる、一種の魔法だとさえ感じたことがある。

出会ってから、一緒に見上げた空や、風景、それをいとも簡単に綺麗だと思えたことも、名前を呼ばれる一瞬一瞬に、胸が躍ることも。全ては、10代目が作り出させてしまった、新しい感情だった。
そして、その温かさに慣れてしまえば今度は自らに頼らせたくなる。もっと名前を呼んで欲しくて、もっと必要とされたかった。こういう時だって、あるがままの自分の気持ちを、気遣いさえ必要ならない間柄になって、受け取って欲しいと切に願う。

「駄目っス、使ってください。俺は、10代目が寒いのは嫌です」
「だから、寒くないって、ね?」
「いーや、そんなに顔赤くして、寒くないわけないじゃないですか!」
「そりゃ、……うん。寒いけどさ……。その分、獄寺君だって寒くなっちゃうだろ?」

それは、オレがイヤなの。
と、どこか苦笑されて返されてしまうと、獄寺は喉元で言葉を詰まらせるしかなかった。本当はもっと強引に伝えて、渡せばきっと使ってくれる。だけど、今度は獄寺がツナの中の気遣いを見つけてしまって、それ以上言えなくなってしまう。
――― 情けねぇなぁ、俺。
結局は、10代目の優しさに甘えてしまっている自分がいる。いつもそうだ、誰よりも彼を守っていたいと思うのに、最後の最後で守られているのは自分なんじゃないかと感じさせられる。でも、そう感じるのが自分だけではないのも知っていた。優しさや気遣いや、隣にいる事で分かる温かさは、自分だけのものではない。己のものだけになってくれればいい、と。幾度となく考えても、それは10代目を形成する性格そのものを壊してしまうだけだ。

これから先、近く、遠い未来においても、10代目の傍にい続けて支え支えられる立場になって、生きたい。
こう思って10代目の隣にいるのが、出来れば自分だけであればよかった。先を見れば、何人でも何十人でも、10代目を慕う人は多い方がいいに決まっていても、だ。時折、酷く傲慢な思想で10代目に対する眼差しが変貌する時がある。眼差しの中には、尊敬という言葉が倦み崩れ、代わり愚考な独占欲が浮き彫りになる。

「ツナ、手貸せよ」

今まで黙っていた山本が、二人の会話を聞いて、自然と口にした。ツナが、獄寺から右隣にいる山本へと視線を移し変える前に、山本はツナの手に自らの掌を掴ませる。ひと回り大きな山本の掌は、すっぽりとツナの掌を覆い、空いた指の隙間に指を絡ませた。

「わっ、や、山本!突然なに?!」
「何って、寒いなら、これが手っ取り早いだろ?俺も手袋忘れたけどよ、……こうやってっと、あったけぇじゃん?」
「や、……アッタカイけど。………これ、恥ずかしくない?」
「別に?寧ろもっとくっついてもいいくれぇだけど?」

にっこりと笑われて、ツナは溜息を一つ零し、脱力した。獄寺からはその表情を伺い見る事は出来なかったが、山本がツナに向けて、また笑っている。きっと、先ほどしたように、ツナがはにかんで苦笑したのだろう。ツナが山本の押しに弱いことを、獄寺はどこかで感づいていた。それが、一体どういう感情から来る脆さなのかは、分からない。どんな理由でさえ、気づきたくない、とも思う。
突然、胸の奥で重い鉛が突っかかる錯覚を覚えた。
瞬時に、その突っかかりが苛立ちへと変化し、ツナをはさんで隣にいる山本を睨めつける。「触るな」と視線に言葉をたくせば、ツナに見せる笑顔とは別に、口許を上げて笑みを返された。腹が立たないわけがない。

「……放せよ」
「なんで?」
「なんで、ってなぁ!嫌がるだろうが、10代目が!」
「ツナ、嫌?」
「……イヤっていうか、恥ずかしい、とは思うよ……山本が」
「言ったろ、別に俺は全然構わねぇの。――って、わけで問題ないと思うけど?」
「……この野郎」

ツナは二人を見上げて、思い切り項垂れた。いつも二人は、自分の知らない場所で啀み合っている気がする。ツナにとっては、二人は大切な友達で、親友で。マフィアの片腕だとか右腕だとか、そんなものは必要などないと思っているのに、自分の気持ちなどそっち抜けで、どちらがより片腕として優れているかと言い合っている。この言い争いさえ、きっとそうなのだろうと思うと頭痛さえしだした。
別に、いいのに、と思う。
将来、組織がどうのこうのなんて関係ない。二人が自分にとって大切な親友である事は、ずっと変わりないのだから。

はぁ、とまた一つ軽く息を吐いて。ツナは空いている左手を差し出した。

「ね、それじゃ、獄寺君も」

目の前に出されたツナの左手に、言い合っていたままの恰好で、獄寺が固まる。この手の意味は何だろう?と暫し考えて、銜えていた煙草が地面に落ちた。

「え!い、いいんスか……?!」
「ん、ほら、」

自分の掌を見て、ツナの空いた左手を見やる。ぎゅ、っと拳を作って決意を固めると、少し汗ばんだ手を拭いて強く握り締めた。小さな掌に指を絡めて、包み込む。通常に活動していたはずの心拍数が早く脈打ち、身体中に流れた。この音の意味を、10代目が知ったら、どう思うかなと頭を過ぎる。それでも、掌に包んだ冷たい掌が、自分の体温を吸い取って、温かくなるのが、嬉しかった。





*




「おせぇな、ツナ。きっと部屋中引っ繰り返して探してるんだぜ、あいつ。だから手袋なんていいっつったのに」
「………じゃ、帰れ」
「……それ、俺の台詞じゃね?」
「誰が、お前と10代目を二人っきりにさせると思う?」

取り出した三本目に火をつければ、吸い終わったはずの残り香と共に煙が漂い、鼻腔を掠める。煙草の匂いは、とうの昔に染み付いてしまって嗅覚障害を起こしていた。

「煙草クセぇぞ」
「……けっ」

獄寺はツナの家の門塀に背を預け、しゃがみ込み、只管にツナの戻りを待っていた。隣で山本が同じように背を塀に預け立っている。寒いから手袋貸すよ、と意気込んでツナが部屋に戻ってから、彼是数十分が経過していた。
隣に立っている奴が、この副流煙で肺癌でもなんでもなっちまって、いなくなればいのに、と物騒なことを考えたりするには十分な時間の長さだ。
ツナの誰にでも優しい心は尊敬にも値する。が、比例して、その優しさが全部消えてしまえばいいのにとも思う。何処までも自分は身勝手だとは分かっていても、優しくし、されるのは、自分だけでいい。

そんな事を思い、三本目の煙草の火がフィルターまで近づいた頃、低い鼓膜に届く声が聞こえた。

「手、繋げてよかったな。獄寺」
「てめぇ、マジうるせぇよ。黙れ!」

癪に障る言い方をされ、獄寺は吸いきった煙草をアスファルトに擦り付けた。酷く見下されたような台詞に胃が締め付けられ、せり上がる。山本の言葉の中には、私有物を許可したような響きが含まれていて、声を張らずにはいられなかった。

「んなに怒鳴るなよ。お前、そういうの疲れねぇ?」
「は?何がだよ」
「なんつーか、ツナの前で気持ち全部、隠してんの。尊敬してんだか、なんだか知らねぇけど、そういう態度が線引かれてるぜ」
「……何が言いたいんだよ」
「……別に。俺としては、好都合だから、構わないけど」

車が一台、ヘッドライトを二人に浴びせながら通り過ぎた。静謐すぎる沈黙が流れ、互いに声を発することもなく、時間だけが過ぎている。
問われた意味を、獄寺は自分なりに理解し、飲み込もうとしていた。山本が言いたい事は、きっと、10代目に対する互いの想いについてだ。山本が10代目に抱く想いと、自分の想いが酷似していると知っていても確信だけは持てなかった。いつものらりと交わして、曖昧に答えを出すのが得意な男だ。だが、確信が正確さを帯び始めている。しかも、人の言動にまで口を出してきた。胸焼けのような、苛立ちが身体に走った時には、口は意志とは関係なく、無意識に開いていた。

「俺は、10代目が好きだ」

伺い見られた視線を一瞬だけ感じたが、無視をした。たった数秒の間が空けば、山本は普通の声音でなんともなしに、返してくる。

「俺に言ってどうするよ」

背後でドダドタと足音が聞こえた。ツナの部屋から「あったー!」と声が届き、二人は向き合うこともなく、ただその足音を耳で追っていた。扉が開き、閉まり、廊下。階段を駆け下りる音。
二人は塀に背を預けたまま、ツナの音を追う。
早く、早く10代目がここに来てくれればいいのに、と獄寺は四本目の煙草をケースから出そうとした、寸前だった。

「悪ぃ、けどさ。俺、お前に譲る気だけはねぇんだ」

玄関の明かりが灯る。真後ろ、たった一枚の玄関ドアを隔てた先にツナがいる中で、山本は真摯に紡いだ。

「隠してるのは嫌だったからな。フェアに行こうぜ。―――俺もアイツが好きだ」

ゆっくりと、吐き出すように吐露した山本を、獄寺は見上げようとした。と同時に背後の玄関がツナの声と共に開く。

「ごめーん!待たせちゃって…!なかなか見つからなくてさぁ………って、ど、どしたの?」

サンダルを引っ掛けたまま、二人の前に出たツナは物静かな気配に首を傾げた。また何か言い争いでもしたんだろうと、肩を竦めて、見つけて来たばかりの手袋を山本に渡す。直ぐに笑顔で対応した山本は、幾許か自分の掌よりも小さな手袋を貰い受けて、「サンキュ」と礼を述べた。



夜の帳はとうの昔に過ぎている。暫く談笑した後に、夕飯だと母親の声が部屋から響いて、山本が塀に預けていた背を漸く離した。

「それじゃ、俺もう帰るわ。手袋、マジでサンキューな」
「あ、うん。返すのもいいよ、いつでも」

山本に別れを告げようとして、ツナは獄寺へと目を向けた。何故か黙り込んで、一言も発さないままだ。獄寺が山本と口で争うのは毎日の事だが、こうやって自分が入れば、悪態を言い合おうとも二人は喋っていたはずだったのに。

「……獄寺君、どうかした?」

ツナは、しゃがみ込んでいる獄寺を立たせようと手を差し伸べる。時間的に見ても、そろそろ帰路に着いた方がいいはずだ。だが、腕を獄寺の前へと出す前に、長身の山本がツナの背中に片腕を回して、抱きついた。

「う、っわ!な、何だよ、山本!」
「お別れのハグ」

背中に回された手で、小さな背中をポンポンと叩かれる。子供をあやしているような仕草に、ツナが顔を赤くした。

「オレは子供じゃないって!も、や、やめろよ。放せってば」
「はいはい、じゃ、また明日なー」

嵐のように去っていく山元の後ろ姿を見て、ツナは胸を撫で下ろす。山本がああいう冗談が好きなのを知っていても、突然の事だと身体が火照ってしまう自分が恨めしい。

「本当……山本って、過剰にスキンシップしすぎだよね」

冷えた空気に晒された手を、頬に添えながら、独り言のように呟いた。そして、もう一度、獄寺を見やれば真っ直ぐと、貫くような視線で見つめ返される。ドキリ、と胸がなった。

「マジに、そう思ってますか?10代目」
「え?……なんで、だってアイツ、誰にだって………わッ、」

言い終えない前に、唐突に腕を引かれた。前屈みの体勢で、簡単に倒れこむ。頭を獄寺の胸元にぶつけ、両手をなんとか地面へと付いた。気づけば、四つん這いの恰好になりながら、頭だけがしっかりと、しゃがんだままの獄寺に抱きしめられている。吸い込んだ空気は、煙草と、獄寺の匂いだけで。眩暈さえ起こしそうだった。

「ちょ、ちょっと、……本当、どしたの?獄寺君」
「すみません、すみません……10代目」

山本が、自分に意を決して告げたことは、生半可のものじゃないと分かる。10代目の傍に、近くにいる存在として、隠さず堂々と落としていくという意味だろう。どの道隠していても、同じ気持ちを持て余し、同じ視線で同じ人物を見ていれば、自ずといつかは答えが見えてくる。それよりも、先に、フェアでいよう、と。ある意味宣戦布告であったのかもしれない。
はっきり言って、山本の存在は疎ましいと、感じる。誰よりも一番先に、10代目に全てを誓ったのは、自分のはずだった。なのに、後からのうのうと出てきては、自分が目指す10代目の存在意義を奪おうとしている。それだけじゃなくて、気兼ねなく、旧友のような仕草で接する山本は、10代目から酷く、頼られているようにさえ感じる。
誰よりも仲間が多いにこした事は、ない。分かっている。けれど、それでも。

「アイツにだけは、渡せねぇ」

仲違いになろうとも、どうにしても揺るがない、想いというものはある。



耳元で囁かれた声音が、鼓膜に伝わり、ツナは身を震わせた。耳元に息がかかるとなんとも言えない感覚が広がる。それから逃れたいが為に、「何が?」と、埋められていた胸元から、顔を上げようとして、更に強く抱きしめられた。

息が苦しくなって、ツナが片手で獄寺の背中を叩けば。聞いたこともないような、決意を宿した声が、静かに。放たれる。

「ずっと、傍にいます」

幾度も聞いた言葉であるはずなのに、ツナには初めて告げられた錯覚に陥った。当てられている左胸からの鼓動が、酷く煩くて、つられるように自分の胸も音を立てるのが分かる。どうして、だなんて答えは見つけられないけれど。
でも、その言葉に嬉しさを感じたのは、事実だ。

こうやって、一緒にいれればいい。
大人になっても、変わらずに。皆で騒いで一緒に、いれたら。楽しい。

「ん、ずっといてよ」

―――― ずっと、いよう。皆で。

嬉しさと同時に、最後のツナの言葉に、獄寺は目を見開き、ゆっくりと閉じた。
細い、ツナの肩口に顔を埋めれば、くすぐったいよ、と笑い声がかかる。どうにしたって、全く意識されていないのだと、むざむざと提示されたようだった。

仕方がないのだと知っている。今は。ツナの心の中には、誰もが『友情』として、一括りにされてしまっているのだと、
……わかっている。

獄寺は、埋めた温かいツナの首に、そっと、唇を押し付けた。

まだ、自分達は。『友情』という虚構を模範しているに過ぎない。

これから先、それが崩れようとも。
この存在を手に入れるのが、自分であればいいと。華奢な身体を一層強く抱きしめて、思った。






(終)




琉依。さまからもの凄い素敵な小説を頂きました。
ツナサンドとのリクエスト、見事に応えてくださいました・YO−!!
どうですか…!!どうですかこの素晴らしい小説…!
そしてこれが、これこそが私の好きなツナだと、声を大にして叫びたい!いや叫ぶ!
獄寺も山本も物凄くかっこいい…!
そしてこちらのツナサンドに出てくる獄ツナこそ、私のもろ好みな獄ツナ。
あと、あともうこれを言わないわけには…!山本について言わないわけには…!
こちらの小説の山本。山本。山本。ええなんでこんないい男なの…!!
これで迫られたらツナもドッキリだ…!
獄寺早くもピンチ。<勝手に話が進んでいますよ

琉依。さん、本当にありがとうございました!



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