「沢田〜、お前いい加減この点数をなんとかしたらどうだ」
「は、はい…すいません…」


職員室に呆れたような教師の声が響く。
それに対して情けなく返事をする沢田綱吉ことツナは、先日のテストの散々な結果に、ついに職員室へとお呼びがかかり、長時間にわたるお説教をされていた。

「とにかく、毎日の補習は分かってるな?」
「はい…」

(はぁ〜リボーンのスパルタ教育を命懸けで受けてもこれかぁ〜)
心の中で盛大に溜め息をついていると、教師は思い出したように付け加えた。
「ああそれから、これはペナルティとして今から掃除をしてってもらうぞ?」
「えぇっ?!教室の掃除はもうやりました…!ト、トイレ掃除とかも…!」
毎日のようにクラスメイトに押し付けられる箒と雑巾。
イヤだとは思いつつもそうとは言えなくて、ついつい受け取ってしまうツナは何とか早く終わらせて帰ろうと急いで掃除をした。そして、やっと帰れる!というところで今度は教師に呼び出される始末。

「ああ、違う違う、これからお前に掃除してもらうのは…」



「応接室だ」





香と罰。





「え…応接室って…」
応接室。ツナには恐ろしい思い出だけが残る、学校の中で一番行きたくない場所。



夏休みが終わり、新学期が始まってからすぐにリボーンが相変わらずの突拍子もない提案をしてきた。
『アジトを作る』
ボンゴレファミリー10代目・ツナの第一の部下…といってもマフィアになる気なんて更々ないツナの中ではちょっと恐い友達の、獄寺隼人はもちろん超乗り気。
そしてクラスで人気者の、数少ない友達の中でも親友の山本武は、持ち前の図太い神経で面白半分に賛成した。
ツナたち3人がリボーン推奨の場所、応接室に入ったらそこにはもう先客がいた。

「君、誰?」

漆黒の黒髪に、鋭い切れ長の目。整った顔立ちで、いかにも値段の高そうな皮製のソファにもたれかかるように立つ人物は、ゆるりと視線を向けてきた。
山本にはその人物がすぐに誰か分かった。

雲雀恭弥。

風紀委員長でありながら、並盛町で最も恐ろしく強いと言われている不良。
自分が気に入らないものには、容赦なく手持ちの仕込みトンファーでメッタ打ちにするという、とんでもない人物だ。

「群れている草食動物を見ると…咬み殺したくなる」

底冷えするような視線と声音で雲雀は言い放った。
それからその噂は真実のごとく、ツナたちは見事にこっぴどくやられてしまい、リボーンの助けで何とか危機を脱出したのだった。



「明日、大切なお客様が来るらしいんでな。だから沢田、頼んだぞ」
「だってあそこは風紀委員の人が…!」
「風紀委員も人手不足らしいぞ?せっかくだから力になってやれ」
(あああ、もうダメだ…)
元々諦めが早いツナは、慌てて抗議したものの結局言い包められて仕方なく頷いてしまった。


箒と雑巾を手に、応接室に行くまでの間ツナはずっと祈りつづけていた。
(どうか、どうか誰もいませんように!ヒバリさんがいませんように〜!!)
緊張しすぎて、手に汗が滲んでくる。
やっとドアの前まで辿り着くと、ツナは数回深呼吸をした。
(お願いします!神様…!!)
意を決してドアを開ける。

ガチャ…

「あ…」
シン…と静まり返った応接室。ツナの祈りが通じたのか、そこには誰もいなかった。
(やっ…やったー!!有難う神様〜!!)
ツナは喜びのあまり目に涙を浮かべて、ガッツポーズをとる。
それでも、いつ誰が来るかも分からないので急いで掃除を始めた。だがいくら急いでも1人でこの無駄に広い応接室を掃除するのは時間がかかる。ましてや、普段からテキパキと行動しないツナには骨の折れる作業だった。
「はあはあ、中々終わんないよコレ〜。疲れた…」
泣き言を言い出すツナを置いて、窓の外では夕日がゆっくりと沈みだした。

やっとのことで、あと雑巾掛けだけというところまで来た。
その頃にはもう、ツナは急いですることなどとうに忘れていた。
「あ、あとちょっとだ〜」
雑巾をバケツの中の水で濡らし、絞ってごしごしと床を拭く。
その作業に幾分集中していたツナは、静かに近づいてくる足音に気がつかなかった。


ガチャ。


「へっ…?」
ツナは唖然とし、驚く事も忘れて開かれたドアを見上げた。

見上げた視線の先には…あの恐ろしい思い出の中心的人物・雲雀恭弥がいた。

「君は、あのときの…」
雲雀の方も、思いもしない先客に少し驚いたようで、切れ長の目が見開かれる。
そしてツナの姿を見るなり、あのときの出来事を思い出した。
口元に自然と笑みが浮かぶ。

「へえ、ここ、掃除してくれてるんだ」
「はっはい!先生に言われて…!風紀委員の力になれって…」
ツナは慌てて立ち上がって、事の成り行きを説明する。
「ふうん」
雲雀はそのままツナの横を通りすぎると、ソファに座った。
最初から殴られなかったことに胸を撫で下ろして、ツナは恐る恐る雲雀に向き直る。
「…掃除、続けなよ。僕のことは気にしなくていいから」
「あ、はいぃっ」

(って、めっちゃ気になるんだけどぉーー…!!)
背後に怯えつつもツナは掃除を再開した。
後ろからはパラ…とページをめくる音が聞こえてくる。とりあえず、今のところ殴られる気配はなさそうだ。ツナは今のうちにと、せっせと床を拭くのに専念した。
そして雑巾が汚れたのでバケツの水で洗っていると、パタンと本が閉じられる音がした。思わずビクッと肩を揺らしてしまう。
それからキュッと皮擦れの音がして、雲雀がソファから立ったことが分かった。
ドキドキしながらも、それを悟られないように雑巾を絞る。
しかし恐怖と緊張で手が震えて、なかなか水が切れない。

「それ、ちゃんと力入れてる?」
「わあっ」

突如近くで聞こえた声に、ツナは心底驚いて飛び上がった。
(足音、全然分からなかった…!)
「どうなの?」
「あ、あの、それがなかなか力が入らなくて…」
ハハハ、と困ったように笑う。
「君、少しどころか大分鍛えた方がいいね」
「うっ…よく言われます…」
「仕方ないな、じゃあ…」
「!!」
後ろから手が伸びてきたかと思ったら、雑巾を持つ自分の手の上にやんわりと重ねられた。そして背中から伝わってくる他人の体温。密着しているのが分かる。

「ヒヒ、ヒバリさんっ?!」
「何?」
「何って、こちらこそ何して…るん…ですか…?」
「分からない?雑巾絞るんだけど」
「はっ、そ、そうですよね!ハハ…」
(な、何なのこの人〜!!ワケ分かんないんだけど…!)
「雑巾はこうやって絞るといい」
重ねられた手に力が入り、ツナも慌てて力をこめる。

そのとき、ふと香った匂い。ツナの顔の横には雲雀の首元があった。
(なんだろ、いいにおい…ヒバリさんから、だよな?)
それは自然の、石鹸の香り。
ここはやはり風紀委員長だからであろうか。同年代のチャラチャラしたような男が使う香水はつけていないようだ。いや、嫌いなのかもしれない。

そんな悠長な事を考えていたら、ぎゅっと力いっぱい手を握られた。
「痛っ!」
「人が物事教えてる最中に何考えてるんだい?それに…」
くん、と肩先の匂いを嗅ぐ仕草。
「煙草の匂いまでつけちゃって…」
「えっ!?煙草?!」
もちろん、煙草など吸った覚えはない。心当たりは一つ。
(ご、獄寺君のだ…!)
今日も、屋上でいつものように獄寺と山本との3人で昼食をとった。
獄寺がその際、食後の一服をしていたのを思い出す。

(どどど、どうしよう〜!!!)
「いや、その、これは違うんです。えと、えと…」
しどろもどろになって話すツナに、雲雀は何かを思いつき、面白そうに目を細めた。

「君に何故か群れている1人、爆弾持ちの不良でしょ?」
「えっ!」
「覚えてるよ。あいつは君の友達だよね?」
「は、はあ…」
「煙草吸うなんて悪いこと、友達だったら普通注意するよね?」
「はい…」

ツナはだんだん嫌な予感がしてきた。それは雲雀が応接室に入ってきた時から少なからずともしていたが、今になってその予感はさらに強く感じられるようになった。

「それが今になっても吸っているという事は、君の責任でもあるよね?」
「お、おっしゃるとおりで…」
「校則違反にはそれなりの処罰が必要だってことも分かる?」
「は、い…っ」
雲雀には、密着している一回り小さな体が震えているのが分かった。たまらないほどに面白くて、加虐心が疼く。
「じゃ、そっちのソファに座って」
「…っ」
雲雀が体を離すとツナはゆっくりと立ち上がり、震える足でソファに向かった。
先程雲雀が座っていたソファに、今度はツナが座る。雲雀はその前に立ち、冷ややかに見下ろした。

「そういえば、さっきの質問。一体何考えてたの?」
「えっ?そ、…その…」
ツナは困ったように、少し恥ずかしそうに俯いた。すると、次の瞬間。
「早く答えろ」
喉元にぴたりと突き付けられたトンファーに、ツナは息をのんだ。そしてトンファーの先で顎を持ち上げられ、雲雀の鋭く冷たい視線とぶつかる。

「…い、いい匂いだなって思ったんです…ヒ、ヒバリさんが…」

それを聞いて、雲雀は再び目を見開く。だが、それはすぐに冷ややかな微笑に変わった。
「ワォ、それは嬉しいね。でも、やっぱり人の説明は聞くものだよ」
「す、すみません…」
「じゃあ、君はどんな匂いがするのかな?ワイシャツからは煙草の匂いがしたけど…ああ、そうだ…煙草のことで罰があったね」
トンファーがワイシャツの合わせ目にゆっくり移動する。
いつ殴られるのかと、ツナはトンファーから目が離せない。雲雀の手からグッと力が入れられるのを見て、次に来る衝撃に備えてぎゅっと目を瞑った。


ブチブチブチッ…!


「…え…?」

ツナの口からは叫び声ではなく、信じられないといったような、呟きにも似た声がこぼれた。
気がつけば、ワイシャツのボタンはどこかへ弾け飛んでいて、前が大きく開かれている。並の中学生と比較してもその差が分かるような、白く貧弱な上半身が晒されていた。

「へえー…」
雲雀はまるで品定めをするかのように剥き出しになったツナの身体に視線を這わす。
「やっ!なにす…っ」
我に返ったツナは恥ずかしさのあまり、ワイシャツの前をかき合わせようとした。だが、それを雲雀のトンファーが叩き落とす。トンファーに叩かれた手がジンジンと痺れた。
「いいかい?これは罰なんだよ?大人しくしてないと咬み殺すからね」
雲雀は、その脅しの言葉を本当に実行するような人間だ。ツナにはそれが痛い程分かっていた。すごく恥ずかしいけど、痛みを味わうくらいなら…と諦めたようにツナは手をおろした。

「そうそう、それでいい。君は中々聞き分けがいいね」
トンファーの先は、器用にツナの肩までワイシャツを広げ、腕に引っ掛けるように脱がせた。
そして、くすぐるようにツナの首筋や鎖骨をなぞっていく。
「く…っ」
金属の冷たさが肌をゆるゆると彷徨い、くすぐったいのと、ゾクゾクするもの、何だかむず痒いような奇妙な感覚にツナは必死に耐える。
頬は羞恥に赤く染まり、目尻には涙が溜まっていた。
「フフ、いいね、その顔」
そんなツナの反応を雲雀は楽しそうに眺める。

ふと、トンファーの先が薄く桃色に色付く胸の飾りに触れた。
「んっ!」
ピリ…と軽い電撃が走ったような感覚に、ツナは思わず声を洩して肩を震わせる。
「ココ、こんなふうにされるの初めて?」
問いかけに、真っ赤になって小さく頷いた。
その様子をククッと喉の奥で笑った雲雀は、そのまま器用にトンファーを操る。
円を描くようになぞったり、時には押しつぶしてみたり。
「や、やめ…て…くださ…あっ」
「何で?君はこんなに感じているじゃない。それとも片方だけじゃイヤだった?僕気がきかなかったみたいだね」
トンファーがもう片方の飾りに触れる。
「ちがっ!んっ、やぁ…もう触らないでっ…」
ツナはビクビクと身体を揺らしながらも、何とかこの行為をやめさせようと必死になって言葉を紡ぐ。

「…そう、ここはもう飽きたんだ。じゃあこっちはどう?」
だが、無情にも雲雀はそんなツナを無視して更にトンファーを操った。
トンファーの先がツナのベルトにかかる。
とんでもないところにトンファーがいったのを見て、まさかとツナは顔を青ざめた。
「や…やめて!やめてくださいっ…!」
身体を捩らせてトンファーから逃れる。雲雀の先程の脅しも、既に頭の中からどこかへ行ってしまったようだ。
「そんなに嫌がらなくても、さすがにこれじゃベルトまでは外せないよ」
すると、雲雀は意外にもあっさりとトンファーを下ろし、制服にしまった。

「それに、もうこんな時間だしね。生徒の完全下校時刻だ」
時計に視線を移せば、もう18時を過ぎていた。

「あ…」
ツナは、意外な雲雀の行動に呆然とする。
だが、次の雲雀の言葉を聞き、再び恐怖に顔を引き攣らせた。

「罰はまだ終わっちゃいないよ。お楽しみは後に取っておくことにして、また明日ここへおいで。いいね?」

「………っ、はい…っ」
明日行けば、もっと酷い目に合わされることを十分分かっている筈なのだが、雲雀の有無を言わさないような鋭い視線にツナは承諾せざるを得なかった。
(どうしよう、ホントにどうしよう…でも行かなきゃそれこそ殺されそうだ…)
明日に待ち控える恐怖にうなだれていると、フッと視界が急に暗くなった。
顔を上げれば、目の前に雲雀の端正な顔。
「なっ…なにっ…」
「やっぱり、この終わり方じゃ少しつまらないから…」

言うなり、雲雀はツナの後頭部を鷲掴み、自分の唇をツナの唇へと重ね合わせた。
「!!!」
あまりの衝撃的な出来事に、ツナは目を白黒させ見事に固まってしまう。

雲雀の唇は、角度を変えて何度も押し付けられる。
下唇を優しくはみ、わざと音を立てて吸ったり、舌先でチロチロと舐めたりと、なかなか口付けは終わらない。
驚いたことに付け加え、初めての経験でツナは息が苦しくてたまらなかった。それに恥ずかしくて恥ずかしくて、もうどうにかなりそうだった。
ツナの身体が震えてきたことに、息が苦しいのかと悟った雲雀は唇を少しずらす。
すかさず、酸素を取り入れようとツナの唇が開いた。
その隙を見逃す筈もなく、十分な酸素が取り入れられる前にツナの唇は再び塞がれた。
「んっ!ふうっ!」
ぬるっと入り込んできた雲雀の舌。
その舌は歯列をなぞり、奥で怯え縮こまっている舌を引き出して絡めたりと無遠慮にツナの口内を犯していく。
静かな応接室で、ぴちゃぴちゃといやらしい水音だけが響いた。

やがてツナの身体がぐったりとしたところで、満足したように重ねられた唇は離れ、長い口付けは終わりを告げる。
唇を離した際、蛍光灯の光でどちらのものとも分からない唾液の糸がキラリと光った。
雲雀はそれを舐めて拭うと、思い出したようにツナの首元に顔を埋める。そしてとくに何の刺激も与えないまま、顔を離した。

ツナはもはや何も考えられなくて、ぼんやりと雲雀を見上げた。
「うん、これで君のことが少し分かったよ。」
「え…?」

「君のにおい、嫌いじゃない。」

そこで霞んでいた意識が急にハッキリとして、途端に顔が熱くなった。
「ホントに面白いね君。罰は終わってないっていうのに、そんな顔して」
「あっこれは違…!!」
「ふん、まあいいよ。それじゃ掃除はもういいから気をつけて帰るんだね。」
「で、でも…!」
ツナは困ったようにワイシャツを着直すが、ボタンは弾けたままだ。だらしなく前が開いていて、見た目の問題だとか、このままだと風邪を引いてしまうかもしれない。

「そうだな…じゃ、コレを着ていきなよ」
雲雀は肩に羽織っていたトレードマークの違う制服の上着をツナに渡す。
風紀委員の腕章がついたその制服に、ツナは目を丸くする。
「何?それじゃダメ?」
「や!十分ですっ!!あ、有難うございます!」
ツナは雲雀のガラリと変わる空気に、慌てて制服の袖に腕を通した。でもその制服はやはり、小さいツナの身体には大きい。立ち上がってみると、その裾はお尻まですっぽりと隠してしまい、袖は指先がちょこんと出るくらいだ。
「まあ、いいんじゃないかな?草食動物っぽくて」
「は、はあ…どうも…」

雲雀の空気が元に戻ったところで、ツナは自分の中の勇気を総動員させて聞いてみた。

「あ、あの、いいんですか?大事な上着を僕に預けて…」
雲雀はそれに対して笑ったようだった。
「大事なものだから、ちゃんと返しに来てよね。明日の放課後はずっと応接室にいるから」
「…!」
(そ、そういう事だったのかー!!)

まんまと嵌められ、応接室に来ることを義務付けられたツナはがっくりと肩をおとした。
とにかく今日は帰って、リボーンに相談してみるかと僅かながらの希望を求めてツナはドアノブを回した。

「君の罰、楽しみにしてるよ」

去り際に聞こえた声に、一瞬立ち止まったがそのまま応接室を後にした。





その夜、数時間の間にいろいろな出来事が起こりすぎたツナは、次の朝まで眠ることが出来なかった。





罰はまだ終わってはいない。

恐怖だけが支配する中で、あのとき香った石鹸の香りがツナには何故か忘れられなかった。

風紀委員の腕章がついた制服が、腕の中でその存在を示していた。









タツコさんから頂きました…!!へへへ!
あのあの、タツコさんのサイトに飾られているヒバツナ小説、ですよ!
強奪です素敵小説…!
もーう、いっちゃん好きな場面、ツナが他の事に気を取られていると思ってめっちゃ恐くなった雲雀さんが、
「いい匂い」って実は自分のこと考えてたのかと知った瞬間、ワオと微笑んだところ…すてき、ですよね…っ!!キュンです。
この後二人は進展したに違いありません…どきり…!!!!

タツコさんは絵も漫画もその上小説もお書きになられていて本当凄い、です…!!
これからもどうぞ仲良くしてやってくださいませ〜〜vvvv



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