この頃自分の体がおかしいと思い始めた。
ころころと変わる自分の体は、前々から尋常ではないのを知っていたが、
それでも食いたいとは思わなかった。
まさか生贄が必要になる時が来るなんて。






ライオンチャンネル






隣で、少し肩を縮めながら、それでも犬と目が合えば遠慮がちに笑う。
それを見て、犬もニヘラっと笑った。やんちゃで無邪気な笑みに、白い、獣のように鋭い八重歯が見える。
これは自分の武器だ。鋭い歯は、獣に変化した時は勿論、人間のままだって、人肉を食いちぎれるくらいの力は持っている。
あおれを誇りに思いこそすれ、ボキリと折ってしまいたいと思ったことなど無かった。

自分の中で、生贄と決めた人物が、思いのほか気に入ってしまったからだ。

理性もある。良心だって、まだ残っている。
いつか人を殺す。それはいい。けれど、人を食べるのは、どうしてもまだ、受け入れ難い事実であった。
ライオン、豹、野犬…、思い通りに変わる自分の姿は、コントロールがきかない訳ではない。

けれど最近、自分の望みとは関係なしに、「変化」してしまうことがある。

犬には心配があった。
『人肉を食らってしまわないか』ということだ。それはしたくない。
食べてしまったら、本当に、人でなくなってしまう気がした。もう、人の姿に戻れない気すらするのだ。

もし一度食べてしまっても、もう二度目はないだろう。きっと、後悔し、もう食べない。
しかし一度目ー。後悔を知らない自分が食べてもいい、どうでもいい人間を置いておく。その必要があった。
二度と過ちを犯さないための、生贄だ。
これから先、誰一人食べずに「いつか人を食らうかもしれない」と不安でいるよりも、一人を食らって、後悔して、
その後悔を、これからの戒めにしたかった。

もしもツナを食べてしまっても、どうでもいい人間なのだから、悲しむ必要もない。
そう考えたのだ。

そう考えていたのに、それはもう随分過去のことになってしまった。

(気に入ったなんてもんじゃねー…)

彼を食べるなんて絶対にしない。傷つけるような真似だけは、何が起ころうとしない。
黒曜中に居た頃は、決してこんなことを思ったりはしなかった。
自分達は、敵対していた。何とも思わなかった。彼のことなどは。

それなのに、どうだろう、この自分の気持ちの変化は。
しかも、惹かれるのに時間は掛からなかったのだ。
見る目がなかった、あの頃は。おかげで選ぶ相手を、間違えてしまった…。


「犬さんー…、け、犬さん?」

犬の、何時に無く硬い空気に、一度は向けた視線を戻したが、あまりにそれが続いたものだから、
とうとう、ツナの方から話しかけた。
ツナの声に、漸くどこかへいっていた魂を取り戻し、ツナを見ると、きょとんとした彼が、自分を見上げていた。
トクンと、確かに今、何かが脈打った。
それは胸のときめきなのか、それともこの白い柔らかそうな肉を欲しているのか、自分では分からない。
確かに、美味しそうに見える。

「…もう食べちゃいたい、沢田ちゃん。…ダメ?」

それを言うと、ツナの顔が一瞬強張った。どういう意味で捉えたのだろうか。
そういう意味じゃない。野犬が人間を襲うような、肉を食いちぎるような、そんなものじゃない。
純粋に、欲しいということ。自分だけのものにしたいということ。
馬鹿ばかりやっていた、やんちゃな自分が懐かしい。
欲する心と大切にしたい気持ちがあまりに強すぎると、もはやどうしたらいいのか分からなくなるー。
臆病になったり、自己嫌悪したり、それでも尚、貪欲に求めたり、グルグルグルグル、胸の内を、
全て一つの存在によって、占められてしまうこの感じを、知らなかった自分が懐かしい。

コツっと額を合わせ、「うそうそ、ごめんね」と優しく囁くと、ツナは少し俯いて、ゆっくり、瞬きをした。
少し、ほんのりと鼻が赤い。白い肌に淡く染まっているのが愛しかった。
昨日降った雪のせいで、外は随分冷え込んでいる。今もまた、シトシトと降り出してきそうなくらいだ。
分厚い雲が、空を覆う。
空なんか、見えなくたっていい。
けれどこの子を見れなくなったら、死んだも同然だ。
この子を食べてしまうものかー絶対に。

「オレ達、昔は敵同士だったんだよね」
「……?」
「ー…もし、何かあったら、すぐにあの赤ん坊に来てもらえよ。オレのこの歯、折っても、この体、切ってもいいから」

頬に触れ、ツナの目じりのあたりを親指で優しく撫でる。
ツナは暫く、良く分からない顔つきで、何も言わずにいたが、暫く経つと、表情を変えずに、
ゆっくりと首を横に振った。
ツナには犬の言っている意味が、全て理解できなかった。
けれど、さっきの、犬の真剣な面持ちが、そのせいだとしたら。
不安が、胸を覆う。

「それは、ない…」

無意識の内に、首をゆっくりと横に振り、ポツリと言葉を出していた。

笑うと見える八重歯が好きだ。
大きな体が羨ましい。
大きな手は温かい。

すべて、あったかい。

切ることなんて、これから先、無い。


「ないよ、犬さん」

困ったように、ツナがうっすらと笑った。
瞬間、犬は彼を抱きしめていた。
ツナの言葉に、笑みに、泣きたくなった。
彼を騙しているのではないか、とか、どうしてこんなに愛しいものに出会ってしまったのだろう、とか、
本当に食べちゃいたい、だとか、嬉しい、だとか。色々な思いがあった。


「絶対食わないから、」

ぎゅ、っとした。
ツナは犬の言葉の意味を聞かない。
分からなかったが、ウン、と、そうっと頷いた。




このチャンネルが回ってしまって
僕の頭がおかしくなって、例えば100人、誰かを食べてしまったって、君には手もつけない。
それでも足りなくて地球上の人間全てを食べ尽くしたって、君だけは食べないよ。



獣へと切り替わるチャンネル。
もう誰にも、回させやしない。










いや、犬ツナも、イイ!
ちょっと某漫画のパロみたくなってしまっただろうか…!

犬って、きっとツナにはベタ甘で大切にしてると思う。
ツナにおイタしちゃってツナが嫌がるとすぐに「ごめん、ごめんね」って言ってしまうと思う…<こいつ、G寺と通じるところが

そんな犬が時折見せる強引さ。
そういうのがスキ…!



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