部屋に入って、すぐに気がついた。 顔色が、おかしい事。 ・・・何があったんだろう。 *** エド達が中央に来ることは、多い。 全ての位置を統括する中央には、必然的に情報が集まってくるのだ。 その情報目当てに。と、その他にもう一つ、目的が。 これは、エド個人のものだが。 ー中央司令部。 「大佐の、顔色・・・?・・・そうね。最近は少し、体調が優れないみたいよ」 ホークアイに聞いたところ、少し困ったような笑みで答えてくれた。 どうやら、原因を知っているらしい。 「それだけ?」というように、黙ったまま、上目遣いに見ていると、ホークアイは睫毛を伏せた。 「…数日前に、ヒューズ中佐の夢を」 「…あ…」 今、自分が来てはいけなかったかもしれない。 一人に、しておいた方が良いのかもしれない。 「…今はそんなに、仕事を溜めこんでらっしゃらないわ。今日の書類もそんなに多くはないし、夜にはゆっくりできるんじゃないかしら」 エドの気持ちを見透かしたように、ホークアイが微笑む。 それを聞いて、「ロイと会っても良いんだ」と、そう思った。 失う悲しみを、自分は良く知っている。 だが、何もできないかもしれない。 無力を感じながら、中央を後にする事になるかもしれないー・・・。 司令部を離れ、ロイの家で待つ。 今頃、会議だろうか。 今頃、書類に目を通しているのだろうか。 きっと何をしていても、思い出しては胸を傷めているのだろう。 そんな事を想いながら、アルと二人、待っていた。 「兄さん」 「ん?」 「大佐、顔色悪かったよね」 「・・・ああ」 アルの目から見ても、ロイの体調の悪さは一目瞭然だった。 大丈夫かなと零すアルに、エドは原因を話した。 ヒューズの夢の事を。 「…そっか。…じゃあ、今は凄く辛いね」 「…そうだな」 アルが何を考えているかは、すぐに分かった。 きっと、母の事だ。 母を亡くした時の悲しみを、思い出しているようだった。 そしてアルもまた、今自分の考えている事が、エドには分かっているのだという事は、気づいていた。 今回の事で。 エドもきっと、深く思い出しただろう。 あの、悲しみを。 「兄さん。僕は兄さんがいたから、こうやって居られるんだよ」 母を亡くした時。 もしエドが居なかったら、きっと違っていた。 こんな風に、前を向いていられなかった。 それは鎧の姿になっていても、例えならなかったとしても、同じことだ。 「俺もだよ」 そう言って、微笑む。 それは勿論、エドも同じ事だった。 暫くして、ロイが帰ってきた。 三人で食事をして、他愛もない会話をした。 触れられなかったのだ。ヒューズの事には。 結局、肝心な事は何も話せぬまま、ベッドに入る時間になった。 アルと二人、同じ部屋で寝ようと思ったエドだが、ベッドに入ろうとした瞬間、動きを止める。 「…大佐と話、してくるな」 ベッドから離れると、アルは頷いた。 コンコン、とノックを鳴らす。 ロイの部屋に入るなり、目を細められる。 やっぱりまだ、起きていた。 薄暗いランプが、部屋を暗闇から守っていた。 「…眠れないのかい?」 それはあんただろ、と言いたいところだが、そうは言わずにいた。 やっぱりまだ、踏み込めなかった。 自分からヒューズの事を言って、いいものかどうか分からない。 「…まぁな」 すると、「おいで」というように、ロイがベッドをポンと叩く。 素直にロイの横に入ると、早速仰向けになる。 チラっと横目にロイを見るが、上半身を起こしたままで、まだ寝る気配は無かった。 <・・・母さんを亡くした時のような、あの辛いものを、大佐も味わっているんだ…> ロイの部屋に来たのはいいものの、どうしたらいいのか分からない。 まさか何の話もしないまま、このまま寝てしまう訳にもいかない。 それともやはり、一人、放っておいた方がいいのだろうか。 <でも俺は、アルが居たから救われた…> 一人では、無理だった。 眠ってしまいそうになった時、ようやくロイが口を開いた。 「聞いたのかね?」 「…聞いたよ」 「それで珍しく、君から私の部屋に来てくれた、というわけか」 少し躊躇してから、うん、と首を縦に振ると、ロイは微笑んだ。 エドも上半身を起こすと、ロイの腕が、背中に巻きついた。 いつ切り出したらいいのか、切り出していいものか、と、ずっと緊張していた身体が、ロイに抱きしめられ、少しホっとした。 直角になっていた肩が、ようやく下りた。 自分もそっと、ロイの背中に腕を回す。 こうやって抱きしめてくれる腕が、ロイの側にあるだろうか。 「…母さんがいなくなった時、俺はアルがいたから、救われたよ」 自分にとって、絶大な支えになるもの。 それが、ロイには、あるだろうか。 ああ、だが。ロイの側に仕える、軍部の面々は皆良い人だった事を思い出す。 「部下の人が、側で支えてくれる人で、良かったな」 ポンポンと、子供をあやすように、ロイの背中を叩きながら言う。 するとロイが、クスリと笑ったのが聞こえた。 「…そうだな。信頼できる連中ばかりだ。…だが、鋼の。」 エドの肩に顔を埋めると、拘束の力を強めた。 しかしそれは、決して痛いものではなく。 「存在している。側にいなくとも、ただそれだけで支えになってくれる人というのは、いるものだよ」 エドがキョトンとしていると、ロイの口元が上がる。 「…ところで、夜遅くに君から来たという事は、それなりに期待してもいいのかね?」 いつもの調子に戻ったロイに、エドは滅多に見せないような笑みを見せた。 しかしすぐにハっとして、顔を作り直す。 「…さぁな」 唇を重ねながら、思った。 もっと、強くなりたいと。 もっと、強くなれば。 そうすれば、アルの身体も戻せて。 ロイにももっと、言葉をかけてあげられて。 もっともっと。 色々な人を救えて。 もう、自分の無力さに嘆くような事も、無くなるのだろうか。 『存在している。側にいなくとも、ただそれだけで支えになってくれる人というのは、いるものだよ』 ロイの言葉が、蘇る。 あれは、誰の事を言った? 自分なのだろうか。 自惚れて、いいのだろうか。 今の自分のままでも、支えになれるというのなら。 救えるというのなら。 そうしたら、どんなにー・・・。 翌朝。 「あれ?大佐、顔色良くなってる」 朝食の時間、アルは驚いたように言う。 そして、エドの顔を見て、一言。 「逆に兄さんの方が、顔色悪いね」 アルの言葉に、エドは「寝不足・・・」と一言だけ返し、モグモグと食事を口に放り込みだした。 昨夜は本当に、ロイの思うままだった。 落ち込んでいる今日ぐらい、好きにさせてやろうという甘い考えが良くなかったのだ。 案の定、好き放題やられてしまった。 司令部へ行っても、ホークアイに同じことを言われた。 昨日と逆だ、と。 「ホークアイ中尉。もう俺達、行くよ」 「あら、もう行くの?」 お茶ぐらい飲んでいけばいいのに、と、ホークアイに引き止められたが、エドは首を横に振った。 「大佐にも、言っておいて」 軽く会釈すると、二人は元気に走り出し、司令部を去った。 そんな二人の後姿を、ホークアイは優しい目で見つめていた。 あっという間に、ロイの顔色を直した少年が、去っていく。 「…エドワード君がいなくなって、大佐が明日からまた、体調を崩されないといいのだけれど」 そう言うと、クスリと笑った。 |