いつもどおりの帰り道、獄寺、ツナ、山本でツナを真ん中に挟んだ形で下校する。
三人での笑いながらの帰宅は楽しいし、二人共大好きな友人だ。
しかし、いつからか少し、警戒してしまうようになった。こんなことでは駄目なのに。
酷い時は冷や汗が自然と出てしまい、体調を心配される時もある。

(早く、早く帰りたい。会いたい)

ツナの頭の中はある人物で一杯であった。
早く、早く彼に会いたかった。自分を落ち着かせることのできる人間は、彼しか居なかった。
いつからだか、ツナの世界はディーノだけになってしまったのだから。

『なるべく群れるな。お前を守れるのはオレしかいない。マフィアの世界を侮るな。オレだけ、信用してろー』

何度も言い聞かされてきた言葉。
どんなに仲が良くても、あまり接触をするな、入ってこさせるな。
頭の中で、彼の美しい声が響くー。




詩の如く甘く





純粋に、ディーノを慕っていた。ツナは今でも、そうだった。
尊敬し、信頼しーそんなのは、ツナの中でディーノだけだった。
そしてそうさせたのは、紛れもなくディーノであった。しかしそれを、ツナは気がつかない。
少しずつ刷り込まれたことに、何も気づかなかった。
精一杯の笑顔を二人に向け、自然を装い頑張っていると、視界に見覚えのある人物が小さく、目に入った。
次の横断歩道を渡って、真っ直ぐに歩き、またもう一つの横断歩道の向こう側に、その男は立っていた。
小さく、小さく見える。金色の髪の毛。あんなに綺麗な髪を持った人はいない。
そして長身に、暖かそうなファーのついたジャケットを羽織っている。あれはディーノだ。
ツナは思わず、走り出しそうになった。
今すぐ、この不安のような胸の靄を取り除いて欲しかった。
しかし、堪えた。友達の前だ。

(嫌だ、オレ…悪化してる…。)

前はここまでではなかったはずだ。逃げ出したい、なんて気持ちはこんなに強く起こるものではなかった。
何故なのだろう。
以前と変わらず、大好きな友達なのに。
どんどん、悪化している気がする。

早く横断歩道を二つ渡ってしまいたい。走り去ってしまいたい。
次第に、手がガタガタと震えてくる。
もう、限界だと、ツナは走り出した。
後ろから、二人の声がしたが、どうしても我慢ならなかった。今すぐに、ディーノの胸の中に飛んでいきたかった。

車の来ない横断歩道。信号など気にも留めずに渡ってしまった。
息を切らし、どんどんディーノが確実に瞳に映ってくる。それにつれ、ツナは安心してきた。
やっと最後の横断歩道を渡りきり、思い切りディーノの胸に飛び込んだ。

「おかえり、ツナ」

ディーノは穏やかに話しながら、ツナを受け止めた。嬉しそうなディーノの顔は、ツナには見えなかった。
息を切らして肩を震わせているツナの頭を撫で、優しく背中を擦ってやると、ツナは漸く、ほっとしたように肩の力を抜いた。
ディーノが力を込めて抱きしめても、ツナは身を委ねたままだった。

「ー…ディーノさん、ディーノさん…」

ツナはずっと、安心できるその場所に縋りつくように、ディーノの胸の顔を押し付けていた。
やがて獄寺と山本が側まで来ると、ツナは漸くその胸から離れた。
ひどく、名残惜しそうに。
どこか具合が悪いのかと尋ねられても、ツナは首を横に振った。
ただーただ、久しぶりに親戚のディーノさんが来てくれたから、嬉しかったのだと、そう答えた。

まさか、彼以外が全員恐いだなんて、逃げ出したくなるだなんて、言えるわけがない。










ヒーターで大分暖まっている部屋で、ツナを背中から抱き込むような形で、ディーノは座っている。
心地が良い。柔らかなツナの髪に顔を埋めると、ツナは腹に回ったディーノの手を優しく包み込んだ。
ツナの世界が自分だけと同じように、自分の世界もまた、ツナ一人だけだ。
何の罪悪感もない。あるわけがない。ツナを自分の胸だけに留めておけるのだから。

完全に、刷り込みは成功している。
ツナは自分以外を、恐いとまで思うようになった。
さっきだって、自分を見かけてあんなに走ってきた。それでいい。
もう、自分なしでは生きていけないだろう。
ーなんて、なんて心地の良い。


「−…ディーノさん、オレ、何だかおかしい…」
「うん?」
「臆病になりすぎてる…ディーノさんだけが唯一、平気でいられる…」
「−…いいんじゃねーか?オレはずっと、お前のこと守ってやれる。マフィアの世界に来ても、導いてやれる」

うんー
ツナはコクリと頷くが、少し、俯いたままになった。
暫く口を開かずに黙っていると、ディーノはツナの首筋に、ちゅ、と軽く唇を落とした。
恋人同士のじゃれあいのようだ。
抵抗こそしないものの、ディーノが愛撫し、キスマークをつけても、ツナには何の意味か全く分かっていない。

(そろそろ、こういうのも終わりにしないとな…)

そうだ。もう随分待った。そろそろ、もっと強いもので結ばれたい。
この関係から、恋人の関係になれば、その時こそツナは全て、自分のものになる。
他の人間を恐がり、自分だけを頼り、自分だけに捧げる。
そろそろ、動き出さなければならない。

もう少し、待ったらー。









翌朝、また獄寺、山本と学校へ行く。真っ青な空には、雲ひとつない。
今日は山本は朝練はないようだった。そういえば、宿題を忘れていたことを思い出す。
つい口に漏らすと、獄寺が手を差し伸べてくれた。
大切な友人。笑って話して、楽しいはず。楽しいはず。
けれどー

『なるべく群れるな。お前を守れるのはオレしかいない。マフィアの世界を侮るな。オレだけ、信用してろー』
『オレはずっと、お前のこと守ってやれる。マフィアの世界に来ても、導いてやれる』



今日も甘い彼の声が、頭の中を支配する。





7巻の表紙のディーノさんめらかっこいいのナァ…!(話と全く 関係ない)
黒シリーズは続く予定です。




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