「あの箱、なに?」 野球部の部室にて、ドデンと2つ3つ並んでいる箱の中に、可愛らしい紙袋がちょこちょこと入っていた。 それが、ツナには気になった。 だってまだ、あの日までは時間がある。 その席 は 誰のため ガブガブとペットボトルのお茶を、口に注ぎ込んでいた3年や、 着替えていた2年や、ツナの隣でシャツをはだけさせている山本が、一斉に箱を見る。 部活の人間特有の部屋なのだから、普段は上がりこむのを遠慮しているツナだが、今日は風が冷たい。 部活が終わり、皆が部室に戻って行く時、山本の誘いに甘えさせてもらったのだ。 「あー、あれなー、各部から、野球部宛」 「…?どういう意味ですか?」 「そのまんま。いろんな部から、俺達宛」 「中身って…」 「この時期、そりゃチョコだろ?」 「は!?」 「…失礼だぞ沢田…」 どうやら各部、女子の多い部からは、部活そのものから野球部全体へ、毎年決まってチョコを渡しているらしかった。 確かに野球部の面々ならば、渡したいと思う気持ちも分かる。 だが、ツナから言ってみれば有り得ない世界だった。 ポカンとしていると、説明していた3年がくしゃっと笑った。 俺等これでも結構もてるんだよ沢田くん、と、傷ついたような演技を見せる3年に、部室に笑い声が響く。 野球部が、どれだけ人気があるのかは知っている。いつも、山本を待っていれば、そのくらい分かる。 だが、バレンタインもここまでだとは思わなかったのだ。 「それプラス、個人チョコ。14日に渡す子って多いだろ?それが嫌、っていうやつ」 「そうそう、皆と一緒だと、覚えておいてもらえないって」 それが、あのダンボールの箱の、紙袋の正体らしい。 なるほど、こじんまりとした可愛らしいラッピングのチョコも入っていた。 どう考えても一人分だ。 華やかな世界に、溜め息が出た。 山本は、この部活に溶け込んでいるのだ。 ますます、何故自分を側に置いているのか分からない。 (こんなに側にきちゃって、いいのかな) 山本の隣に座りたい人間は、沢山いるはずなのに、自分が一人、座っいていいものなのか。 こんな風に、山本は自分とはかけ離れた人間なのだと思い知らされる時、暗くなってしまう時がある。 こんなに素晴らしい彼が友人で、誇らしくもある。それは間違いないのだがー 「…なんだよ沢田ー、心配すんなって」 「へ?」 深刻な面持ちになったツナを、どう解釈したのか、バンと背中を叩かれる。 日々鍛えられた彼らだ。軽く叩かれるだけで、結構痛かったりする。 ツナがヨロリとバランスを崩すと、山本がすぐに支えてくれた。 「チョコ、貰えるか心配なんだろ?山本、大量に収穫あっからさ、分けてもらえって!な?」 「…オレっスか?」 「早速個人宛に届いてるぞ。なに、箱の中見てねえの?お前、ほんと興味ねぇなあ」 まあ、そういうところがウチの愛すべきエースだ。と、何処からか声が掛けられた。 また、笑い声があがり、ツナも軽く笑った。 山本ならば、沢山貰うことは必至だろう。 バレンタイン前からこのザマじゃ、当日はどうなることか分かったものではない。 「そういうわけだ、山本。お前宛のチョコは、責任持って処分しろよ!」 そういう訳で、ダンボール箱の中をガサゴソと漁り、山本宛のチョコレートを仕分ける。 ヒーターの静かな音と、少しの物音しか響かない部室には、もう二人しか居ない。 「ごめんなーツナ。付きあわせちゃって」 「ううん。…それにしても、…数、あるね」 可愛いラッピングを一つ一つ、丁寧に取り出していく。 『山本君へ』 『武君へ』 リボンの巻かれたそれに、これまた可愛い字で、カードや手紙が付いていたり。 名前を書くのを忘れ、部の誰かが預かったらしく、「山本宛」と書かれたメモ用紙が貼ってあるものもチラホラ。 (一生懸命、作ったんだろうなあ) 山本は、性格だって外見だって、魅力的な人間だ。心奪われる人が、多いのも無理はない。 いつか山本にも、彼女ができて、 −そしてそれはきっと、山本の選ぶ女性なのだから、とても良い娘だったりするんだろう。 「いつか」なんて、遠いことじゃない。 すぐにだって、山本がその気になりさえすれば、もう、すぐにだって。 山本の隣の席は、彼女のものだ。 彼女の為に、空けてある。 最後の一つのチョコレートを、山本用のダンボールへ、そうっと置いた。 今にも、甘い匂いがしてきそうな、可愛い箱達。 この箱がキッカケで、この中の誰かと、山本は付き合ったりするのかもしれない。 「山本が特定の誰かと付き合ったら、泣く子、多いんだろうなー」 「そうか?」 自分の魅力など、これっぽっちも分からないような顔で、首を傾げた。 口元を上げると、ツナは小さな窓の側に寄った。 カラリ、と窓を開けた途端、冷たい空気が入ってきた。顔を、凍らせる。 だが、とてもいい気持ちだ。夏の夜の匂いも好きだが、冬の夜の匂いもまた、好きだった。 静かに吐息を漏らしただけで、暗闇に白が浮かぶ。 「オレなんか絶対、周囲に泣かれるほど、いい”彼氏”にはなってやれないって」 山本も立ち上がり、窓の方へ、一歩、一歩、近づく。 山本の言葉に、ツナが振り返ると、もう、山本はすぐ側まで来ていた。 ツナは、何故だか、また、山本に背を向けた。 窓の外に向かって、言葉を口にする。 「なんで?山本ならー…」 「だってオレ、彼女ができたって、彼女を1番にはしてやれない」 「…うん?」 「ー…分かってんだよなー…、オレは。ツナの方、優先する。…絶対」 もう、すぐ後ろに山本がいる。 ツナが触れている窓ガラスから、ほんの少しずれた所に、山本は触れていた。 顔は見えなくとも、その手は、見えていた。 『山本の隣の席は彼女の為のもので、その為に、空けてあるのだ』 だから誰も、寄せ付けない。 彼が自分から、この席に座れと言うことは、皆無。 誰かの為に、空けてあるのだ。 「…ほ、ほんと?」 「ほんとだって。すげーマジで言ってんのに、信じてくんないの?ツナ」 「はは、…嬉しいなあ」 少しずらしてあった手を、そうっと重ねられた。 ほんの少しだけ、泣きそうになってしまった。いつか出来るであろう山本の彼女には悪いが、それでも、嬉しかった。 照れたような、拗ねたような顔をしているらしい山本の顔が、窓ガラスに映っている。ツナは声を出して笑った。 冷たい空気から、離れ、振り返った。直に山本の顔を見ると、やはりその様な表情をしていた。 「オレだって、彼女ができたってー…。あ、いや…当分、できないだろうけど。山本、最優先だよ」 一番は、山本だ。と、言った時、山本はとても、驚いた。 そうして、どうしようもなく嬉しそうに、笑ったのだ。 数日後。 あの日のチョコレートを全部食べれたのか気になって、それとなく聞いてみると、山本は曖昧な返事をした。 困ったように笑うと、一つ、溜め息を零した。 「あれ、”山本”違い。うちの部にもう一人、山本っていんだけど、そいつ宛だった」 「え、え?うそ、あれ、全部?」 「全部」 ヤマモトはあんまり来ない、幽霊部員だけど、と言うと、山本はまた深く、溜め息を吐いて見せた。 まあ、「山本」は良くある苗字だしー、などとツナは思っていた。けれどあれだけの量を貰える人物とは、 どんな人なのだろうかと、ぼんやり考えていた。 「だからオレ、一個も食ってねーの」 「山本なら、当日たくさん貰えるって」 「や、当日も貰えないと思う」 「?なんで。平気だよ、山本なら一杯貰えるってば」 また、曖昧な返事をされる。 少し、目を逸らすと、その後、チラリと横目でツナを見る。 「じゃあさ、一個も貰えなかったら、ツナ、恵んで?」 「ーなにを?」 「チョコレート」 オレに頂戴。と言った山本に、ツナはポカンとして、目を見開いた。 部活が始まるにはまだ早く、部室は誰一人居ない。静まり返っている。 「お、オレから貰ったって」 「チロルでも、一口のでも、なんでもいいからさ。ダメ?」 「山本がいいなら、全然、オレは構わないけど…」 「マジで!?」 でもオレなんかに貰ったって仕方なくない? と、そう言おうとしたが、山本が歯を見せて笑ったので、それは言わずにいた。 それにしたって、もう一人の「ヤマモト」とはどういう人物なのだろう。 あれだけのチョコレートを貰えるのだから、相当な人物に違いない。 しかし校内で有名な「山本」は、今隣にいる、「山本」だ。ツナは頭を傾げた。 「お、噂の山本君!お前、チョコレート全部返して回ってるってマジかよ」 部室の扉が開かれると同時に、どやどやと、人が入ってきた。 「あんだけあったのに、勿体ねぇなー」 「ほんとお前、良くわかんねー奴だよ」 「貰うだけ貰ってやれよ、かわいそうに」 野球部の3年が口にする言葉が、ツナの頭に引っかかる。 (山本って、ヤマモト?でも、ここにいるのは、「山本」……?) 山本を横目で見ると、「シマッタ」という具合に、額に手を当てていた。 あのチョコレートはやはり、「山本」宛だったらしい。 「…野球部の、山本って二人いるんですか?」 「二人?…山本が二人もいたらかなわねぇって!」 今年のバレンタイン、俺等を収穫ゼロにさす気か!と、笑い声があがる。 どうやら、二人はいないらしい。 ツナの心には、もはやクエスチョンマークしか浮かばなかった。 「しかもお前、14日も貰わないって言ったって?どうよ、それ」 「噂になってんぞ、タケシ君」 山本は照れている、確実に。ツナの方を向き、片手をあげて、「ゴメン」をしている。 「ヤマモト」はいないらしい。 「貰えない」ではなく「貰わない」らしい。 それはもしかして、まさか。 ドンと、周りにも聞えそうな音を出して胸が鳴り、山本と暫く、無言で見つめ合ってしまった。 彼の隣の席に、今、手を掛ける。 |
そんなに恋愛とか濃くならないはずが< 気づけば少女漫画 でした
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