知ってしまった自分を呪いながら、戻らない彼を悲しみながら、オレはただ、逃げている。
どうしようもなく、暗闇をただ、もがいて、もがいて、走っている。
かつてないほど震えた手は、体温が低くーそういえばよく、温めてくれていたっけ。
今はもう、その体温を思い出すだけで、オレは崩れてしまいそうになる。


逃げさせてほしい。解放してほしい。
君はオレが欲しいわけじゃない。
わかってくれ。気づいてくれ。

君を嫌いなわけがない。

けれど君から、逃げ出したいんだ。











砂の果実









「―…どうして、こんなー…」

ツナは信じられなかった。夜の公園は冷えるばかりで、更に手を震わせる。
適当な所でしゃがみ込み、わっと女の子が泣き出すように、顔を覆った。
暗闇の中を、更に暗くさせると、獄寺の顔が浮かんできた。
浮かんできたけれども、果たして今現れている獄寺は、本物なのか偽者なのか、良く分からなかった。
もう考えたくはない。ツナは怖かった。ただただ、怖かった。
生身の人間に、こういう感情を抱くとは思わなかった。苛められた時とは違う。もっと別なものー。

―あれは獄寺だったのだろうか。今までのが獄寺だったのだろうか。信じがたい事実。

獄寺はツナにとって、大切な人間だった。
「10代目」以外には冷たいかと思いきや、彼が他の人間に対しても、非常に不器用な優しさを向けていたのを知ってー、
そしてどうしようもなく落ち込んでいるツナを、獄寺は決まっていつも、温めた。
穏やかに、穏やかに。ツナの手を、そっと包み込みながら。
彼はどうしても、ツナにとって必要な人間だった。素晴らしかった。

ツナは、そう思っていた。最初は誤解していたけれど、なんて、なんてひとなのだろうと。

『好き、ですー…』

頬を真っ赤に染めながら、夕陽を背後に、怯えながら告げてくれた獄寺の表情に胸が鳴った。
男になどときめくわけが無いと思っていたのに、これは紛れも無い事実。
けれどツナは、にわかな告白をすぐには受け入れられなかった。
いかに、獄寺が自分を好いていてくれようとも、それはできなかった。
言葉を出せずにいるツナに近づくこともせずに、獄寺は申し訳無さそうに眉を寄せた。
困らせてしまって、申し訳ないと。ただ、伝えたかったのだと。
それだけ言って、獄寺は去った。


―獄寺君は、優しくなった。オレだけじゃない。誰に対しても。まだ、不器用だけど。
―獄寺君は、少し怯えたように、オレに触る。告白については、返事も急かさずに。
―獄寺君は、困った時にいつも手を差し伸べてくれる。手が、温かい。
―そういえばオレは、獄寺君を視線で追うようになっている。
―人間的な魅力に、惹かれている。
―けれどそれは、恋じゃない?恋ではないと思う。けれど、なんだろう。これは、嫉妬に入るんだろうか。
獄寺君はモテるから、オレはそれを、面白くないと思っているのだろうか。

どっちに?どっちにーどっちに嫉妬してる?


獄寺は、恐ろしいほどすんなりと、ツナの心に入り込んできた。入り込む。そしてその心を奪った。
ツナはもう、隠し通してはおけなかった。獄寺に、惹かれているのはそういう意味。

想いを告げた時に見た、獄寺の笑顔は忘れられない。
嬉しそうに、泣いてしまいそうにーなっていた。
ぎゅうっと胸が締め付けられるようになって、好きになってよかったと思った。
その時は、知らなかったから、ツナはそう思った。偶然に会う公園。笑いかける柔らかな表情。
全て、見せ掛けだった。作り物だった。偶然なんて、なかった。それは必然。
ツナを除いて、笑顔を見せることなんて無くなった。


―何かとんでもない思い違いをしていたのかもしれないー



ツナはヒヤリと、背筋を気味の悪いものが這っていくのを感じた。汗ばんできてしまう。
獄寺の近くにいるのが、苦痛に感じた。狂人であるということ。
気がつかずにいたのだ。気がついた頃にはもう、遅かった。

こんなところで何時間も居るわけにもいかない。早く帰らなければー。早く。
のそりと立ち上がろうとした瞬間、上から声が降ってきた。

「10代目」
「―ひ…っ」

あまりに恐れていた人物のものだということが分かり、ツナは思わず声を漏らした。
すると獄寺は、目を細めて微笑んだ。それが綺麗で、それが恐ろしくて、ツナは獄寺から視線を逸らした。
獄寺が一歩、ツナに近づこうとするが、ツナもまた一歩、後退る。
しかし、距離を縮めたくないという願いは、届かなかった。獄寺はすぐにツナの腕を掴み、そのままツナを抱きしめた。

「い、いやだ!」
「―10代目?」
「あ、…っ、はな、離して、ごめん本当に、本当に離して…」

ぞっとした。
このまま、永遠にこの胸に閉じ込められてしまいそうな気がして。
ツナは思わず、獄寺の胸を押し返す。獄寺は、ツナを離してくれた。離してくれたけれどー。
冷たい空気が、顔を切った。もっと顔を痛くして走ったって構わないが、どうせ獄寺に捕まってしまう。
彼の方が断然、足も速い。だがとにかくツナは、目の前の獄寺から逃げ出したかった。
獄寺の言葉が怖い。この口からまた、恐ろしい言葉が飛び出すのではないかとー。



「―どうしたんですか?」
「どうしたってー…」
「突然、部屋からいなくなって。心配しましたよ」
「ご、―ごめん」

でも、ーでも、仕方なかったのだ。
獄寺が何でもないことのように、今までの仮面をゆっくりと剥ぎ取り、あまりにも淡々と、にこやかに、
その仮面はツナの心に入り込む為に、その心を奪う為に、被ったものだったということを認め、話したものだから。
ツナの頭は真っ白になってしまったのだ。
怖いー、そう思った。
これは全て、獄寺の思い通りのシナリオなのだろうかと思うと、恐ろしくてたまらなかった。

「でも、ーだけど、思いもしなかったからー…ずっと、オレはー外で良く会ってたのは偶然だと思っていたし」
「まさかー…、貴方の為なら、何時間でも待ちますよ」
「ぜ、全部―…嘘ついてたの…?獄寺君、性格、変わったのもー…」
「変わってないですよ」
「他の人に、怖くなった、し…それに、何だか、変わったよ、やっぱり…」
「10代目が好きになってくれる為なら、性格くらい演じますよ。他の奴なんて死んだってなんだって、オレにはどうでもいい。
けれど貴方は、そういうのは好きじゃないでしょう?」

他の奴にだって、優しい素振りを見せるくらい、簡単なことだと、獄寺は本当に何でもないことのように笑う。
恐ろしい。あれほど素晴らしいと感じた彼は、こんなに恐ろしい。
ツナは何だか、息が苦しくなってきた。この場にいることを、全身で拒絶しているようだった。

「そ、そういうの、おかしいよ…。オレは、獄寺君がそんな人だとは」
「ああー、こんなに体が冷えてる。もう、帰りましょう。今日は泊まって行ってくれますよね?」
「お、オレは獄寺君が分からないよ…」
「オレの何が?」
「全部……。もう、わかんないー…」

緊張して、上手に話せない。
いつも会っているはずの獄寺にこんなに緊張してしまうのは、今ここにいる彼が別人だからに違いない。
泣き出してしまいそうだ。
あの、精一杯の笑顔で、泣き出しそうなほどの表情を見せた獄寺は何処にいってしまったのだろう。
冷たい手を温めてくれていたはずの彼の手は、どこにー

「沢田さん」


引っ張られ、バランスを崩した。
すぐに獄寺の胸に飛び込んでしまったかと思えば、獄寺はぎゅっと一回、ツナを抱きしめた後、
そのままズルズルとツナを引きずって、公園の奥深くー茂みの方まで連れて行った。
ツナはどうしても怖くなってしまい、精一杯抵抗したが、獄寺の力が、強い。強すぎる。どうしたって敵わない。
そうだ、彼は自分には優しくしてくれているが、強いんだと、改めて恐怖を感じてしまった。

「獄寺君―、ごめん、ごめん離して…っ」
「すみませんー…貴方を不安にさせてしまってー…」
「―、え、」
「伝わってなかったんですよね。オレがどれだけ、貴方を愛してるかー…」
「な、なにー…っ」

奥へ、奥へ。
大きな公園だ。人々はデートに使いもするし、散歩やジョギングにだって利用される。
緑豊かな公園は、昼間は木々のざわめきが心地よいが、今この状況では、恐怖を増長させるだけに過ぎなかった。
獄寺はツナを、地べたにポンと座らせると、一度強く抱きしめた。ツナは、動けなかった。
力強い腕からは、もう微塵にも安心感は感じられず、ただただ、震えるばかりであった。
ぎゅうと目を瞑り、ツナは必死に、押し返そうと思った。

「怒ってるんですか…?オレが、貴方を不安にさせたからー…」
「ちが、…獄寺君、オレ達、気持ちが通じ合ってないのにこういうのっておかしいと思うんだ」
「分かってます。すみません、本当にー…そこまで伝わってなかったとは思わなくて、―…本当に、不安にさせていたんですね」
「な…っ」
「10代目はオレのこと、こんなに愛してくれているのに、―オレは全然、上手く伝えられてなかったなんて…」

獄寺は、そうっとツナを押し倒した。頭と背中に当たった、柔らかな土の感触。ツナは、現実だと思いたくなかった。
伝わらない。伝わらない。そしてこれから自分は、何をされてしまうのか。
嫌なー嫌な風に、胸が鳴る。恐ろしい。この人は恐ろしい。

「―…信じてください。オレにも、貴方だけですから。これからも一生、貴方以外なんて、愛せるわけがない」

―そんな言葉、聞きたいわけではないのにー。
ツナは愕然とした。
獄寺の愛が見えなくて怒っているわけじゃないこと、それをどうやって伝えればいいのだろうか。
ああ、もう逃げられないのだろうかー。
瞬きもできないでいると、獄寺の顔で視界が一杯になり、ツナは思わず目を瞑った。


暗い視界。唇に当たる、柔らかなもの。
それが次第に、激しい口付けになる。ガタガタと、手が震える。
獄寺に縋れば、この恐怖から逃れられるのだろうか。
違う、違う。逃げたい。ツナは逃げ出したかった。この状況は、おかしすぎる。

「ん、んぅ……っ」

口内を荒らされる。ツナの手首を掴む獄寺の力が、一段と強くなった。
土に張り付けられ、ツナは怖くて怖くて仕方なかった。息も、苦しかった。口を閉じたい。
けれど獄寺は、それを許さずにツナの口づけに夢中になっている。
ぎゅっともう一度、強く瞳を閉じると涙が滲んできた。恐怖、そして不安。
唇が解放された頃には、ツナは涙を流していた。

「10代目…?」
「―…っ、獄寺君もう、もう帰してー…っ、」
「なんで…」
「嫌なんだよ…っもう、帰りたい…」
「ああ、そうっスよね。外じゃやっぱりー…、オレは此処でいいですけど。
気になるならオレの家、行きましょうか。早く10代目としたい」
「ち…っ違う、そうじゃない」
「―?なんですか…?」

そこで、一端沈黙した。
これからが怖くて、ツナの胸は上がったり下がったり、おかしな呼吸のリズムをしていた。
獄寺は何も言わぬまま、す…とツナの睫毛に指で触れると、ツナはビクリと体を揺らした。

「10代目?少し…、少し濡れてますけどー…」
「だ、だからっ、嫌だってー」

良かった、これでやめてくれるだろうと、伝わるだろうと、ツナは少し安堵した。
しかしそれは、虚しいだけの期待に過ぎなかった。獄寺はギリっと、力を込めた。
ツナの手首を掴んだまま、力を込めたのだ。
骨まで形が変わってしまいそうなほどの強い力だ。ツナが痛みで顔を歪めるが、獄寺は表情を全く出さない。
―恐ろしい。一体、何を考えているのかーそれが全く分からない。
ただ一つ。自分の願いは届かないのではないだろうかということだけ、予想していた。

「嫌?いや―、嫌って、何が嫌なんですか?何故、泣いてるんですか?」
「だから、ーっ、いた、った、・・・!!」
「貴方はオレを、愛してくれてるんでしょう?」

痛い、痛い。血が止まってしまう。ツナは本気でそう思った。
手首を異常な力で握られて、ツナは答えることもできずに、ただ、イタイ、と言うばかりであった。


瞳を開け、獄寺を見上げれば、そこには見知らぬ男がいた。
本当に一瞬、誰なのだろうと、思ってしまった。普段の獄寺の、あの、ボスに忠実な顔はどこにもない。
どこか切羽詰ったような、無表情なようなー今この瞬間、ツナは恐怖しか感じなかった。
愛しさなど微塵もない。あるのは恐怖だけだった。いつも綺麗だと思いながら覗き込んだ瞳。
吸い込まれてしまいそうだ。閉じ込められてしまいそうだった。ぞっとした。

「愛してますよね、オレを。一生、10代目が愛するのはオレですよね」

ツナは答えられなかった。
一生ー…一生愛すなんて、それは無理な話だ。
今でさえ、こんなに震えているのに、どうやって愛が生まれるというのだろう。
この男を知らなかった頃ならともかく、今はもう、その素顔を見てしまったのだから。真実を、見てしまったのだから。

「10代目…?」

一段と力が強くなり、叫びそうになってしまった。獄寺の爪が、ツナの柔らかな肌に食い込んだ。
恐ろしい。愛すなんてきっとできない。けれど、この状況で首を横に振ってしまったらー。
獄寺の圧倒的な力が、ツナの心を怯えさせ、選択肢を阻めていった。
コクン、とゆっくり頷いたが、獄寺は少し力を緩めただけで、ツナから瞳を外さない。
無表情のままー。
ツナは諦め、怯えながらも唇を開いた。

「―あ、―愛、してる」

最初の「あ」は何だかおかしな声が出た。
声まで震えているのが、自分でも分かる。しかし獄寺は微笑んだ。漸く、優しい顔をして微笑んだ。
また少し、力が緩くなって、ツナはほっとした。

「良かった、ー貴方がオレを拒絶するなんて、まさかないと思ってますけれど」

そう言いながら、ツナの唇にチュ、と軽く触れた。ツナは獄寺の言葉に驚き、目を瞑ることすらできなかった。
獄寺は、信じて疑わないのだ。ツナの愛を。彼の中では、ツナが愛しているのは自分だけだし、それは一生変わらない。
それ以外は、受け入れないのだ。そんなことはあり得ないらしい。

「もしオレが嫌で逃げてきたなら、何をしてしまうかー」

分からなかったです。
と、限りなくにこやかな顔で、穏やかな顔で言われ、ツナは心臓が止まりそうになった。

―逃げられないのかもしれないーと、不安が一気にツナを襲い、ツナは身じろぎすらできない。

もう一度、鮮やかに、(それでもツナには、恐ろしい笑顔だった)獄寺が笑ったのを見たのが最後だった。



そこから、始まっていってしまった。
あっという間に、肌は露になった。ツナは恥ずかしくて、それでも拒絶した時の恐ろしさを思い、抵抗ができなかった。
怖くて、怖くてーただ、何かに縋りたくて、情けないと思いながらも、獄寺の首にしがみついた。
怖がっているのは、他でもないこの男のはずなのに。
すると獄寺は、蕩けそうに甘い声で、ツナを呼んだ。ツナの頭を撫でると、ツナは少し、安心した。
こんな僅かな行為で、さっきまでの獄寺は嘘だったんじゃないかと思ってしまうのだ。
ツナは、信じたくなかったのだから。
コロンと土の上に寝かされ、触れるだけで目を瞑り、ピクンと体を揺するツナに、獄寺はひどく嬉しそうに目を細めていた。
一際敏感な場所に触れれば、ツナの少し高めな声が耳に入る。
獄寺は、夢中になっていた。夢中で貪っていた。
自分が触れればすぐに肩を震わす仕草も、甘い声も、すぐに反応してしまうものも、
全て、全て自分に愛を告げているように思えた。温かい、ツナの体は一生、自分のものだ。永遠にー

「―…っあ―っ」

ツナの体が、大きく揺れた。
白濁したものは、獄寺の口の中からすぐに消えた。
コクン、という音は聞こえなかったが、少し口許を擦った獄寺の仕草を見て、
ツナは、ああ、飲み込んでしまったんだと思った。赤面してしまった。
飲み物ではないものを、自分の恥ずかしい液体を、獄寺は平然と胃の中に収めてしまったのだ。

「―は、恥ずかしい、獄寺君のすることはー…!」
「―…可愛い。10代目。…かわいい」

かわいい、ともう一度言われた。もう言わないだろうと思ったら、更にもう一度言われた。
赤面している間に、更に赤面させられるような事が起きた。獄寺が、ツナの足を大きく持ち上げたのだ。
ズボンはとっくのとうに脱ぎ捨てられ、そこら辺に落ちているのだろう。
何をしているのか分からない、とにかく恥ずかしいのでこの格好をやめてほしいとツナは思ったが、
獄寺はそれを許さずに、ーヒヤっとしたものが内部に触れた時。ツナは驚きに声を漏らし、肩を上げた。
しかし、すぐに理解した。理解したと同時に、無理だと思った。

「獄寺君―…っ、嫌だっ」
「怖いですか?そうですよね。…すみません…、痛くしないようにしますから」
「違う、違う、や、−嫌だ!」

痛いのも嫌だが、こんな行為、信じられない。
そして自分は、こんな事をするほど、獄寺を愛していない。
怖いだけじゃないかと、心が叫んでいる。このまま、してはいけない。繋がってはいけない。そう思った。
ツナは、イヤダ、イヤダ、と何度も叫び、顔を背けた。獄寺の顔を見ない。
ぎゅうと目を瞑るが、獄寺の指は中で蠢き続ける。
もう訳が分からないのに、時折自分でないような声を漏らしてしまい、それが信じられなかった。


驚きに瞳を開けると、うっとりとした、情欲に染まった瞳が見えた。逞しい首のラインが、僅かに動いた。
ゴクンと、音がしたような気がした。
秘部に、獄寺の熱く、はちきれそうなそれがあてがわれた時。ツナは再び、瞳を閉じるしかなかった。










―あまり、覚えていない。
ただ、ただ耳に残ったのは粘膜の音と、吐息と、信じられない自分の声と、獄寺の重々しいほどの、愛の囁きだけだった。
溶け合ってしまっていたように思う。ぐちゃぐちゃに、溶けていた。
突かれて、突かれて、貫かれた。めちゃくちゃに、何度も唇を貪られた。
貪られたのは唇だけでなく、獄寺は、ツナの全てを貪っていた。
そしてその度に女のような声をあげ、「あっあっ、獄寺君、獄寺君、ごくでらくん…っ」と、ひたすら、
名前を読んでいたような気がする。もはや何を口走ったかなど覚えていない。思い出したくもなかった。
好きだと言ったような気もするし、愛していると言ったような気もする。
永遠の愛を、誓ったような気もする。よく、覚えていなかった。
ツナは、獄寺にそうっと抱きしめられていた。穏やかに髪を撫でられる。
何だか、さっきと空気が違っていた。

「―…10代目、」
「獄寺君?」
「すみませ、ん…。すみませんでした…っ」

髪を撫でていた手つきが止まった。
僅かに震え、ツナに触れていて良いものなのか、迷っているようであった。
獄寺の顔を覗きこむと、瞳がほんの少し、潤んでいた。
ツナは少し、胸が痛んだ。自分は何も悪いことをしていないが、それでも何だかー。
獄寺は、こんなに好きでいてくれているし、今はこうして、いつものような獄寺なわけだ。
今までのは何か間違いがあったのかもしれないー。
ツナはそう思って、獄寺の頬に、そっと手を添えると、軽くキスをした。

「じゅ、……っ」

目を真ん丸にして驚いている獄寺に、ツナは少し噴出してしまった。
ほら、いつもの彼に戻ったのだ。
獄寺はツナをぎゅうと抱きしめた。

「―…愛して、ます」

か細い声で、自信なさ気に呟く声が、愛しいと思った。

さっきの獄寺は、何かー何か事情があったのだ。
ツナは獄寺の背に手を回し、安心して、体を預けた。
そうっと目を瞑り、幸せそうな表情を浮かべると、ゆっくり唇を開く。

「オレも」
「ずっと、愛してます」
「…ん。オレも」

安心して、飛び込んだ胸は、檻の中。獄寺がぎゅうぎゅうに力を込めると、ツナは少し、顔を歪めた。
また、ほんの少し、不安が胸を過ぎる。

「―…貴方は、こういうオレに弱いんですよね」

―え?

ポツンと楽しげに呟かれた言葉に、瞑っていた瞳を開くと、突然唇を塞がれた。
穏やかな空気が一変し、深く、唇を奪われる。

「ん、っー…」

意識を、持っていかれそうになった。
激しい口付けの後、息を切らして獄寺を見つめると、また、あの男の顔があった。
獄寺ではない。獄寺では、ない。

「―外でしてしまって、怒ってしまわれたかと思って。けれど、ああー10代目はやっぱり、優しいんですね」
「な…に…」
「嬉しいです。オレが少し、臆病なところを見せると、貴方は許してくれる」

どんな事をしても、貴方はオレを許し、愛してくれるー。
うっとりと、嬉しそうに話す獄寺に、ツナは愕然とした。やはりもう、昔の獄寺は帰ってこない。
それを、自覚した。けれど、もう遅い。獄寺は再び、ツナを恐ろしいほどの力で抱きしめる。
痛い。痛い。怖い。逃げ出したい。
ツナはそれしか思わなかった。体が石のようになってしまい、動かない。
獄寺が何か話しているが、それも、良く分からない。
聞こえない。聞きたくなかった。

もう、戻らない。












この腕から抜け出して、この手を振り切って、振り払って、逃げ出したい。
ただひたすらに、君から逃げ出したい。
寒い中、ひたすらに走って、君から逃げ出したい。

そういえば、昔はよく、君が温めてくれていたっけ。
その手で、この手を、包んでくれていたね。この冷たい手を、温めてくれていたんだっけ。


この、震えた手を。














こわすぎる。
ギャグでなくシリアスストーカーな獄寺。楽しかった…。
ほんとに会話が噛みあっていなかった…!何を言ってもG寺の耳には届かない…!
ツナは自分を愛してるんだと勝手に思い込んでしまっている。こわい!
楽しかったです。


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