野球部の試合が近づいてきた。
野球部には大切な友人、山本が所属しており、練習をしている姿は、最高にかっこいい。
勿論、試合で活躍する姿も、かっこいいのだが、
それは日々重なっていく、彼のあの壮絶な努力の賜物だと思うと、更に見惚れてしまうのだ。
そういう彼の、ひたむきな姿勢に憧れているし、頑張ってほしいと、そう思っている。
けれど最近、何だかそういう気持ちよりも、他の気持ちが勝ってきてしまって。

試合が近づいて、忙しくて、ー…何と言えばいいのか。

簡単に言うのなら、山本が 不足しています。






隣 の 熱 を 知 ら ず に








毎日同じ学校に通っているし、同じクラスなのだから、会えていないわけではないのだ。
顔は見ているし、話だってする。
しかし、夕暮れの教室の中、のんびり過ごす時間も、休み時間に他愛もない話をすること、
そして休日にも、会えないでいる。
会えないわけではないが、山本が不足していると、ツナは感じていた。
山本を応援してはいるが、それでも…それでも、と考えてしまう自分が嫌になってしまう。
それに加え、いつも凄いのに更に加熱している女子の声援は、ツナの心に更に追い討ちをかけた。

(あーあ、オレも混じりたいなぁ)


せめてあの女子連中の中に入れたら、こんな遠くからではなく、もっと近くから見れるのに。
仕方なく溜め息を吐き、ツナは教室の窓から山本の姿を見ていた。
山本が打てば、黄色い声が上がるし、いっせーの、せ、で、皆が山本の名前を呼ぶことだってある。
ー非常に羨ましい。
そんなことを思いながら、ぼうっと見ていると、山本がツナに気がついた。
ヒラヒラと手を振りながら、上を見上げ、そしてあの、皆を魅了する笑顔を見せる。
山本の動作に気がついた女子も続いてツナの方を向いたので、ツナはついつい、目を逸らしてしまった。

なにやっているんだ、と思い、再び視線を山本に戻したが、既に山本は居なかった。

(−………?)

どこに行ってしまったのだろう、と思ったが、その疑問はすぐに解決された。

「ツナ」

窓から、後ろを振り返れば、そこには山本が居た。ユニフォームのまま、駆けて来たようだ。
瞬きをした次の瞬間に山本が、笑みを見せてくれたものだから、ツナは胸がじんわりと蕩けていきそうになってしまった。
少し息を切らしていた彼は、きっと全速力で走ってきてくれたのだ。
嬉しくて、嬉しくて、今にも抱きついてしまいそうだったが、その熱はどうにか、胸の中に秘めた。

「山本…、ー…足、速い」
「サンキュー。…ツナ、こっち見てた?」
「え、…!う、うんー。頑張ってるなと思って」
「なんだよ、降りてくればいいのに」
「い、いいよ…」


間近で見てしまえば、熱視線に気がつかれそうだったし、此処まで山本が来てくれただけで、ツナには十分だった。
しかし山本は、ツナの方に寄ると、ツナの手を引き、「行こうぜ?」と誘いをかけてきた。
コクコクと頷いてしまったが、−正直、掴まれた手を気にしてしまって、それどころではなかったのだ。
だから、今こうして石段の上で、練習に励む山本を、間近に見ている。

声援が上がる度、そしてその声援に時折山本が笑顔で答える度、ツナの胸は締め付けられるが、
(下に来たくない理由は、これも含まれていた)それでも山本が、その後には必ず、ツナに笑顔を向けてくれるのも
忘れなかったから、ツナも心がほわりと温かくなれたのだ。

練習が終わり、山本がツナの許にやってきた。

「お疲れ」
「ごめんな、待たせて。一緒に帰れるだろ?」
「うん!」

一気に空気が明るくなったのが自分でも分かった。−これはマズイと思い、慌ててテンションを落とす。
ふと、水飲み場を見れば、女子達がソワソワと、こちらの様子を窺っている。
山本を待っているようだった。
中々来ない山本に、不安になり、少しションボリしているように見える。

「着替えてくっから、ちょっと待ってて。悪いな」
「ー…山本、待ってるんじゃない?」
「ん?−…、ああ」

視線で女子達のことを伝えると、山本は、大きく伸びをして、ツナに向かって「悪い」と、片手でポーズを取る。
水飲み場に向かうと、一気に場の雰囲気が華やいだようだった。
黄色い声が、容赦なくツナの耳に入る。

(……言わなければよかった…)

言ってからすぐ、後悔してしまった。今度はツナが、ションボリと肩を落とす。
そんなツナの頭を、上からくしゃりと掻き混ぜられる。

「わ」
「えらいのなあ、沢田」

野球部の3年であった。ツナが目をしぱしぱさせながら上を見上げると、彼はくしゃりと笑った。
まだユニフォーム姿で、夕陽をバックにされると、まるでドラマのワンシーンのようだ。


「女子達に山本、貸したげて。エライ」
「か、貸すって…」
「今は野球部で借りちゃっててごめんな。山本居なくて、寂しいだろ?」
「−…そ、そんなこと…………。…………はい」


一回は否定しようと思った言葉だが、あまりに彼が、お見通しだと言わんばかりに笑うので、観念した。
すると3年はまた、くしゃりと笑った。
試合には見に行ってあげな、と、一言告げると、ツナの前から去っていく。
すると入れ替わりに、山本が帰ってくる。

「何、話してたんだ?」
「ー……え、ええ。いや、ただ、山本はもてるなって話ー…」
「…へえ」

納得いかない表情のまま、部室へと戻っていく。
何だか山本にも、あの先輩にも、自分の気持ちがばれてしまっているようで、恐い。
考えてしまうと、心が一気に不安と心配で固まってしまいそうなので、考えるのを止めた。















翌日、ツナはまた、教室の窓から、山本を見ていた。
橙に染まる彼の姿を、瞳に映し出していると、焼け焦げてしまいそうになる。
本当に、好きなのだと思う。だからこんなに、胸がぎゅうぎゅうになってしまっているのだと思う。
ぼんやりと、山本を目で追っていると、山本がバッドを握る番になった。
トクン、と胸が鳴り出したかと思うと、山本は見事に、ホームランを披露した。

わあ、と口を開け、思わずニコニコと笑ってしまった。

そして、聞こえてくる声援と、野球部の面々に頭をぐしゃぐしゃにされたり、肩を抱かれたり、
揉みくちゃにされている山本が居た。

ツナは、もう目を逸らすしかなかった。
後ろを向き、ズルスルと、壁に背中をくっつけながら、下に落ちていった。
ついには、しゃがみこんでしまう。
膝を抱え、その間に顔を埋める。

「やまもと、」と呟いてみても、その名前は、教室にポツン…と、静かに浮いただけだった。


よく、仲が良いと、言われる。
山本が、自分を相棒だと、親友だと言っていたのも、聞いた。

ー嬉しかった。
けれど、これが本当なのだ。
山本は、自分とは物凄い距離のある、人物だった。それが本当だ。
それが、幸運なことに、山本が近くにきてくれたのだ。


本当は、ー本当は、こんなにも遠い。




泣き出しそうになってしまって、深く頭を埋める。
しかし、すぐに首がだるくなり、すみっこの壁際に移動すると、壁に頭を預ける。
次第に眠気が襲い、10分後には、すうすうと寝息を立てていた。











その、30分後。息を切らした山本が、ペタリ、と上履きを鳴らした。
うっすらと暗くなった教室には、誰も居ないようであった。
周りを見渡して見るが、ツナの姿が見当たらない。

(……流石に、もう帰ったか)

諦めて帰ろうとした時、床と、上履きの擦れる音が、微かに聞こえてきた。
何だろうと思い、音のした方に向かって歩いていくと、そこには、かどっこで丸まっているツナが居た。
彼は瞼を閉じ、寝ている。

「……ツナ?」

そうっと、優しく名前を呼んでみると、ツナはムニャリと口を動かした。



ーやま、もと。



「ん?」

呼ばれて、山本もしゃがみ込む。寝ているのだから、返事をしても、無駄なのだろうが。
静かにツナの方に寄っていくと、ツナは嬉しそうに口許を緩めたようだった。
ーそれが、自分の気のせいかは、分からないが。


(待ってて、くれたんだな)


心の中でそう呟くと、ツナの頭が、カクリと、下に頷いた。
まるで、山本の問いに答えているようで、山本はついつい、笑ってしまった。
暫く、ツナの寝顔を眺めていた。
ーここ数日、実に忙しかった。
ツナとの時間も、まるで無いわけではないが、普段に比べて極端に減ってしまって、どうにも、自分は。


(ツナ、不足ー……)


吸い寄せられていくように、ツナの顔に近づける。

ー…唇まで、あと、5ミリ。

というところで、ツナの大きな目が、パチリと開いた。



「わ…っ、や、やまー…っ!」

驚いて後ずさったツナは、壁に後頭部を打ちつけ、痛そうな声を出すと、そこを両手で押さえた。
頭を抱え、うずくまる。
山本も慌てて、ツナの頭を摩ると、ツナは漸く、顔を上げた。

「オレ、寝てた…?」
「寝てた。熟睡だったぜ」
「…そ、そっか。…山本、忘れ物?」
「…ツナの迎え、だけど」

練習中に、見えたから。と言われ、ツナは一気に、顔に熱が集まったのを感じた。
嬉しくて嬉しくて、さっきは何故あんなに悲しんでいたのか、分からなくなってしまった。
ー…こういうものだ。
結局、山本が近くにいてさえくれれば、復活するのだ。







帰り際、グラウンドの前を通ると、この間の3年が、声をかけてきた。

「お疲れー!」

ブンブンと手を振られ、山本も、お疲れっす、と一言返すと、今度はツナに手を振られた。
軽く会釈すると、この間見た、彼特有の笑みが返ってくる。

「やっぱりお前等、一緒に居るのが、しっくりくるなあ!」
「そ、そうですか?」
「ン。お互い、全部分かり合ってる感じ、する。明後日の試合からまた、山本返してやるから!
でもお前等は、離れてたって平気だろ?」


ツナは少し笑って、誤魔化した。が、内心、とんでもない、と思っていた。

そんな風に言われるのは、とても嬉しいが、山本と離れているのは、やはり寂しい。
グラウンドを通り過ぎ、正門を、通り過ぎ。
もうすっかり暗くなった通学路を歩く。


「………離れてた、かー…」


山本が、ふっと、野球部の3年が言った言葉を繰り返すと、ツナはうっすら、唇を開いた。
山本も、同じように開いた。



「…寂しかった」


二人同時に、出した言葉に驚き、山本もツナも、ポカンとして、見つめ合ってしまった。
そうして、自分の瞳に、めいっぱい、相手を映すと、漸く笑い出した。声を出して、笑った。
二人共、笑いながら、さきほど言われた言葉を、思い出していた。


『全部、分かり合ってる感じー』




そう言われた。が、全部分かってもらっていたら、困る。
この特別な気持ちが、ばれていたら困ると思いながら、二人は少し、沈黙した。
相手の頬がほんのりと染まっていたことは、二人共、気がつかない。

まだ今は、自分の頬の熱さだけ、感じていた。








山ツナ祭さんへ出品させて頂いたものです。
すれ違いラブ…




小説へ戻る