『相変わらず、つれないね』
だってそれは、仕方のない事だろ?
***
久々に、ロイの仕事部屋の前に立つ。
本当に、久しぶりだ。
緊張に胸を高鳴らせていると、今、自分が開けようと思っていた目の前の扉が開いた。
「あ…」
「…鋼の?」
突然の訪問に驚いているようだ。
ロイの目は大きく見開かれた。
「久しぶり」
「…君は本当に、突然現れる」
嬉しそうに目を細めると、今出てきたばかりの部屋に、エドを連れ込んだ。
扉を乱暴に閉めるとロイは己の胸に、エドを閉じ込める。
ぎゅうぎゅうと痛いほどに抱きしめられ、エドは窒息しそうになる。
「…っ」
少し腕の力が緩み、安堵の息を漏らしたのも束の間。
後頭部を掴れ、無理矢理上を向かされる。
気づいた時にはもう、唇を奪われていた。
ギュっと目を瞑り、ロイの胸を押し返す。
「んん…っ」
貪るようなキスに、頭がグラグラしてくる。
ぐっ、と軍服の裾を強く引っ張ると、音を立てて唇を離した。
そう思ったら、今度は首筋に唇を当ててきた。
「ちょ…っ何してんだよ!」
仕事中なのに、とギョっとする。
エドの顔を覗き込んできたロイに睨みを利かして拒否の言葉を吐くと、名残惜しそうに身体を離した。
「相変わらず、つれないね」
あんた程ではない、と言ってやりたい。
好きだとか、特別だとか。
そういう感情の下にやっている訳ではないクセして。
人の事ばかり、言ってくる。
<自分は興味本位のくせに>
証拠に、嫌だと言えば、ロイはそこで引いてくれた。
多少粘る事はあっても、最後には引いてくれた。
そこまでは、良い。
しかしそういう事が起こった翌日には必ず、女性と親しげにしているロイを目撃するのだ。
そういった光景を見るたびに。
自分がただ、つれないから意地になって構っているだけだと、そう思ってしまう。
きっとこんな事をしてくるのはロイの気まぐれと、それと。プライドや、ステータス。
あれだけ女性から言い寄られているロイだ。
お目当ての人を落とせなかったなんて事は、無かっただろう。
その自分が落とせない相手がいるなんて、プライドが許さないに違いない。
それが例え、男で、子供だとしても。
自分で思って悲しくなっていると、外からコンコンと、ノックが聞こえた。
ロイが許可すると、扉は開かれる。
「大佐。書類、目を通していただけましたか?」
すぐ近くにいるエドに気がつくと、ホークアイ中尉は軽く会釈した。
エドもそれに返すと、すぐに部屋を出て行った。
「…彼が来るのは久しぶりですね」
「ああ」
そう。久しぶりだ。
なのに、いつもいつも拒まれてばかりでは、流石に自身がなくなってくる。
目の前に追加された書類の山を見て、更に気分は暗くなった。
* **
「エドワード君」
トボトボと廊下を歩いていると、ホークアイ中尉に肩を叩かれる。
クールに笑った彼女は、エドをお茶に誘った。
早速、ソファに浅く腰掛けるエドに、お茶を差し出す。
「久しぶりね。大佐とお話は?」
「一応…」
そういえば、話しはあまりしていない。
「…興味本位で人に構う奴は、好きじゃない」
話しに詰まり、段々と俯いていくエドの頭に軽く手を乗せると、ホークアイは目を細めた。
「…本人には意外と、分からないものね」
ホークアイの言葉に疑問を感じつつも、エドはそのまま黙っていた。
* **
室内を出て、憂鬱な気分で歩く。
もうこれ以上惨めな気持ちになる前に、帰ろうと決めた。
そう思った時だった。
後ろから、腕を掴まれる。
「もう帰るのかね?」
「…帰るけど」
「私に挨拶もなしに?」
さっき顔を見せたばかりなのに、何でまたこの男に挨拶しなければならないのだろう。
「…何が言いたいんだよ」
「…来なさい」
導かれるままに、またロイの部屋へと戻った。
扉を閉めたと同時に、その扉の上に腕を乱暴に押し付けた。
エドは、扉とロイに挟まれる状態になる。
「…本当につれないね」
静かな声とは裏腹に、瞳は強い感情で満ちている。
『つれないね』
さっきも言われた言葉だ。
というか、毎回言われている気がしてならない。
「…つれたら終わりだろ」
「…何を言ってるんだね?」
再度聞きかえすロイに、腹が立つ。
こんな事、本当は言うつもりなかったのに。
一度言ってしまった言葉は、消すことが出来ない。
「俺がツレナイから、ああいう事するんだろ。大佐は」
「・・・そんな訳ないだろう」
呆れたように溜め息を吐かれた。
そのロイの態度が、益々エドの勘に触った。
「…帰る」
くるりと背を向け、扉を開けようとすると、背後から延びてきた腕に、抱きすくめられる。
「そんな風に思っていたのか、君は」
ロイが喋る度に、首筋辺りがくすぐったい。
肩を上げてしまうと、腕の拘束は更に強くなった。
「…興味本位で抱かれるなんて、絶対に嫌だ」
「…本気だったら?」
「…いっつも、女の人と話してるのばっかり見る」
「・・・あれは・・・」
「拒まれた仕返しだ」と言うと、「ガキみてぇ」と返された。
確かに、そう思う。
こんな子供みたいな真似をするとは、思わなかった。
それでも、エドが少しでも気にしていてくれたらと、期待せずにはいられなかった。
エドは少し黙った後、小さく「ゴメン」と呟いた。
* **
「鋼の」
「ん?」
トントンと書類を揃えると、ロイは机の側から離れ、エドの座っている側へやってきた。
「さっきの答えを聞いていなかったね。本気だったらいいのかい?」
「・・・は・・・?」
何の事を言っているのか、一瞬分からなかった。
が、すぐに思い出した。
『興味本位で抱かれるなんて、絶対に嫌だ』
頭が一瞬にして固まった。
表情を硬くしてロイを見上げると、ロイは満面の笑みで微笑んでいる。
その笑みが、恐ろしく怖かった。
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