出会いは彼が中一の頃。
懐いてきてくれるのが可愛くて、犬ころか弟分か、とにかくそのような感じであった。
ただただ、可愛く思っていた。憧れたような目で見られるのも、悪い気はしなかった。
むしろ、嬉しかった。
とにかく、相手が好意を示すものだから、こっちも可愛がっていた。相手の好意、あってのもの。
それだけだったはずが、今となってはこのざまだ。








病める薔薇











ディーノがこの島国の中の、ごくありふれた一軒家に足を踏み入れたのは、訳30分前のことだった。
久々の日本だったが、この土地に対しては特に感慨にふけることもなく。
ベッドを背後に、変わっていないツナの部屋をぐるりと見渡した。
ツナの家に入れば、彼の母が快く出迎え、そしてこの部屋まで案内してくれる。いつものことだった。
小さなヒットマンは何処へ出かけているのか、姿を見せずに、部屋は段々と薄暗くなってきた。

ディーノは常人より大分長い睫毛を、そっと伏せ、ゆっくりと瞳を閉じた。
カチリ、カチリ、−時計の針の音だけがそこに響き、静寂の中に溶け込んだ。
途端に階段から人の足音が響き、ディーノはまた、ゆっくりと瞳を開けた。

ああ、漸く帰って来た。ようやくー…



「ディーノさん!」


扉から勢いよく入ってきたツナは、頬を少し紅潮させ、息を切らしたまま、ディーノを見ると、
更にその頬は赤く色づいたようだった。
それもそのはず、ディーノがとても美しい笑顔を見せたものだから、ツナは、久々、というのもあるが、
それを抜きにしたってきっと同じことだ。−見惚れてしまっていた。
ただただ、単純に「綺麗だなあ」と思い、彼を慕うツナとディーノは、あまりにも違いすぎていた。
純粋にディーノを慕うツナとは、あまりにも。

「久しぶりだな。いい子にしてたか?」

少し身を屈め、頭を軽く撫でてやると、ツナはゆっくり、頭を下に向けてコクンと頷いた。
一瞬見せた笑顔が、次の瞬間には恥らったものになった。
久しぶりで、ディーノの顔を直視できないでいるらしいが、それは後10分もすれば終わっているだろう。

「ただいま、ツナ」

撫でていた頭ごと、ツナを引き寄せると、漸くその体温が、ディーノのものになった。
どのくらいぶりだろうかと、渇望していたことを改めて感じ、ディーノが力を込めると、ツナはソロソロと、
背後に腕を回してきた。
最初は触れ合うことに慣れていなかったツナだったが、今はもう、違っていた。
それはディーノによって慣らされたものだったが、他の人間との触れ合いに慣れることを、ディーノは決して許さなかった。

「ー…他の奴とはこういうこと、してないよな?」

言葉も口にするのを忘れ、ツナはコクンと頷くと、ディーノの胸に、更に深く顔を埋めた。
鼻を掠める、嫌味のない甘い香りと温もりに安心して、ツナは瞳を閉じた。

ツナの世界は、ディーノだけだった。
そしてそうさせていたのは、紛れもなくディーノ自身であった。
高校生になったツナは、相変わらず山本や獄寺と仲が良いが、それでも少し、距離を置くようになった。
ほんの少しだけ。




『オレは本当にマフィアのボスになるのかな』
ぽつんと溢したツナの言葉は、真剣なものだった。あまり真面目に考えていなかったが、
気にはなっていた。既にボスとしてやっているディーノに、ツナは聞いてほしかった。
ツナが不安に思っていることは、ディーノにも分かっていた。
それを承知で、不安を煽ったのだ。
ディーノが口を開く毎に、ツナはヒヤリとした顔を見せ、しまいには瞬きさえも出来なくなっているようだった。

瞬きさえ、して欲しくはない。
視界に入るのは、己だけでよかった。

『心配すんなって。オレが守ってやるから。な?』

お前は可愛い弟分なんだからーと、ツナの肩を抱き寄せると、ツナはやっと安心したらしく、表情を緩めた。
そして、自分一人を信頼するよう、言葉を出した。
そうでないと、お前を守ってやれないとー


あとはひたすら、ツナを安心させ、憧れさせ、会う度にツナの世界を狭めた。
一人前になるまでは、あまり群れない方がいい、と。スキンシップなんてもってのほかだとー
それはもはや、呪文のようであった。
出会い、そして惹かれた頃から少しずつ、本当に少しずつ、ツナに刷り込んできた。
そして今はもう、完璧にツナの世界は自分一人となり、まるで恋心でも抱いているかのように。
ディーノだけを信じ、ディーノだけを慕った。


「ディーノさん、どのくらいこっちに居れるんですか?」
「ん、今回は結構ゆっくりしてられるぜ」


ディーノの言葉が空気に触れた途端に、ツナはあからさまに、ほっとした顔を見せた。
貪欲さを見せずに、ただただ、呪文ばかりかけている日々の効果である。
まだ唇さえ奪えない関係がもどかしくもあるが、焦ることもない。
ここまで、きたのだから。

制服のまま、ディーノの横に寄り添うと、ツナは何を話すでもなく、ただピタリとくっついていた。
安心するらしい。
額にキスを落としたり、髪に触れたり、じゃれあっていると、そのまま一つになってしまっても、
まるで違和感がないような錯覚に陥ってしまう。
今となっては、安心するあまり、ツナはディーノのすることなら何一つとして拒まないのだから。

「ツナ…」

顔を寄せて、薄い唇に軽く触れるーはずが、ほんの少し欲張ってしまった。
ずっとお預けだったのだから、欲しがってしまって仕方が無かった。
音を立てて唇を離す頃には、ツナはぼうっと瞳の奥を熱っぽくさせて、不思議な表情をしてディーノを見たが、
それでもディーノが笑えば、ツナもすぐに笑顔になった。




可愛い弟分だと言っていた彼の世界を奪い、そしてこれからも奪い続けてしまう。
犬ころか弟分かーなどと思っていたのはいつの頃だろう。
もはや今となっては、このざまだ。

こんな所まできてしまって、もう戻れはしない。離せない。
全てを自由に見ていた頃は嘘のよう。大分前から、世界は狭まりすぎていた。











ポカーン…。なんですかこれは。
折角とても萌えなネタを頂いたのに、このざまだってそれ私のことですか痛
ヒィー。




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