同じ学校内で、同じ教室なのに、クラスによって、全然雰囲気が違うじゃない。 同じ、一つの建物の、一つの教室で、学年が同じだったら、どれも同じ造りなのに、不思議なものね。 番号の違う教室に行けば、そこだけの世界があって、どうしても入りにくいもの。 他所のクラスに行けば、なかなか、教室の中までは踏み込めなくて。 いくら同じ造りといっても、中に居る人間が違うから。 うちのクラスは、わりかし穏やかな雰囲気と思う。 それでも、ほんの小さないざこざがあって、その時は皆から信頼のある生徒が、さりげなく助け舟を出したりしそうでしょう。 うちのクラスの場合は、山本武だった。 彼はいつも独特な雰囲気を纏っていて、人気者だった。 でも人気者が居れば、日陰の生活を送っている、「ダメ」な奴というのも存在するもので、それが沢田綱吉だった。 運動が苦手で、華奢で小さくて、ビクビクしていて、もっと堂々としたらいいのよ、って心で思ってた。 だけどいつの間にか、この教室の空気が、変わりはじめた。 あの3人の所為だった。それはもう、明らかだった。 「ダメ」ツナは、いつの間にか、友達が出来たらしい。 例の山本武と、もう一人、イタリアに留学していたという帰国子女、獄寺隼人。 どちらも女子に黄色い声がかかる豪華な顔ぶれだが、何故「ツナ」と一緒につるんでいるのか、イマイチ明らかでない。 性格も趣味も合いそうでない彼等が一緒に居るのも奇妙に感じるのに、更に奇妙なのが、「ツナ」の居る所に彼等が集まる、という点だった。 私はその頃から、沢田綱吉、という人物について、とても興味を示し出した。 放 課 後 教 室 ゆ う や け 色 秋田美也子は、今日も国語の授業そっちのけで、沢田綱吉をジイっと見つめていた。 興味を示したのは、3人でつるむようになってからだ。ツナの居る所に、彼等アリ。 それは誰の目から見ても明らかで、獄寺や山本の居場所を探すのなら、ツナを見つけろ、というのは女子の間では既に了解済みの事だった。 更に彼の所には、男子から絶大な人気を得ている、笹川京子の兄・笹川了平が訪ねて来る事も度々あった。 そんな時にはよく、獄寺とやりあっているのを見かけた。 どうも獄寺は、よほど彼が大切らしい。いつもツナを守るように、べったりと張り付いている。 もし彼に危害が及ぶような事態になれば、大変だろう。 実際、ツナに絡んだ3年の先輩が、獄寺にやり込められた、という噂は学年に広まっていた。 (山本君も、やんわりと一線を張っているのが分かる) 獄寺のように露骨ではないが、やっぱり山本も彼を随分大切にしているのが分かった。 この二人が付いてから、今まで言いたい放題だったクラスの面々も、迂闊な事は言えなくなった。 なかなかキツイからかいから、少々茶化す程度のものへと、随分友好的になったものだ。 一体、ツナにはどういった魅力が隠されているのだろう。 見ていると、山本も獄寺も、本当に楽しそうに、ツナの横にいる。 (どういう話、しているのかな) 男として、彼等に興味を持っている訳ではない。 二人共、格好がいいとは思うし、モテるのも分かる。 だが、美也子は獄寺と山本に対し、キャーキャーと甲高い声を立てる女達を、何処か冷めた目で見ていたし、と言っても、馬鹿なひとたちだ、と思っていた訳ではなく、素直に自分の好みを吐き出せるのは凄いなあと、自分の性格とあまりに違う彼女達の行動を、ただただ、見ていただけだった。 チャイムが鳴り響く前に、皆バラバラと教室を出る。音楽室へと向かうその時も、彼等は一緒だった。 美也子はまた、ツナを見ていた。 山本がツナの肩を抱いたかと思うと、その一瞬後には獄寺が手を叩いていた。 しかしそれを見たツナが、「駄目だよ」と獄寺を叱っていた。ツナのお叱りに、素直にぐっと、引き下がる獄寺を見た美也子は一瞬目を疑った。 しかし次の瞬間もまた、山本がツナの肩に触れたものだから、とうとう獄寺はブチリときた。 「てめー!馴れ馴れしいんだよ!」 「馴れ馴れしくねえって。普通だよ、な?ツナ」 うん、と返事をすると、獄寺は不機嫌そうに、ドカドカと歩き出した。 強面の彼が、眉を寄せたまま、そんな歩き方をするものだから、他の生徒はビクビクと肩を竦めていた。 (え、そうなんだ。沢田君が獄寺君を止めるんだー) 手が早そうな彼だが、ツナの言う事は聞くらしい。 随分好かれているのだな、と再確認した。 本当に不思議だ。今まではあんなに、隅の方にいる存在だったのに、彼等にとっては、ツナは必要で仕方ない存在らしい。 物凄く失礼な話だが、最初はパシリにでも使っているのかと、美也子は思っていた。 それ程、彼等は性格が違っていたのだ。 ツナをまじまじと見ていると、目が合った。そういえば、目が合うのは初めてだ。 顔を少し赤らめて、パっと目を逸らされる。 それって、女の子の役目なんじゃないかしら。と美也子は思ったが、どう考えても、自分はそういう事をするキャラではない。 ツナの方が似合う。と言ったら、失礼だろうか。 素直に、可愛いと思った。 (男子に可愛い…と言って、いいものなのかな) 益々、美也子はツナの観察が楽しくなった。 次の日も、次の日も、そのまた次の日も、美也子はツナを見ていた。 段々と、可愛い顔してるな、とか思うようになってきた。獄寺と山本が言い合っている(というか、獄寺が一方的に怒っている)のも、見ていて楽しかった。 そんなある日の事だ。 夕焼け雲が、空を漂って写真のような景色を見せている頃、美也子は教室に残っていた。 先生が何度か、「もう帰りなさい」と言ってきたが、少しの間、残りたかった。 教室のこの雰囲気が好きだった。このクラスの雰囲気が好きだった。 けれど、皆が居なくなって、静まった頃、ガランとした教室の中で、グラウンドから、カキン、という野球の音や、サッカー部の声援や、 陸上部の笛の音だけが、わずかに耳に入ってくるのが一番好きだった。 そんな時、空が夕焼けの赤と、元の顔の青とが上手く交じり合っていたりすると、もう堪らなく嬉しかった。 この空間を、忘れたくない。 美也子は自分のクラスを出て、一番奥の教室へと向かった。 そこは今は、物置と化していた。前はあったクラスが、今は無くなった為だ。 放課後、ひっそりとそこに座って、本などを読むのもお気に入りだった。 一応鍵は掛かっているのだが、窓の鍵が壊れている為、簡単に入れた。 しかも扉の鍵も、コツさえ掴んでいれば、容易く開けられるのだった。 だけど今日は、中に入れなかった。中に何か、気配がするのが分かったからだ。 (……誰?一人、二人…?先、越された) ガッカリとして、静かな廊下をひたひたと歩いて、帰ろうと思った。 だが、ガタリ、という音と共に、小さく、「ごくでらくん」という声が聞こえた。 本当に小さな声に、あの小さな体が浮かんだ。 ー『ごくでらくん』 ゴクリ、と唾を飲み込むと、窓をそうっと開けた。 ドクン、ドクン、と鼓動をしっかり感じられた。 男の子がエロ本をこっそり読む時って、こういう感じなのかしら、とか、泥棒がお金を取ろうとしている間に、家の人が帰ってきてしまった状況での心臓の音って、もっと大きいの、とか、くだらない事が頭をぐるぐると駆け巡った。 この扉の中から見えるものは、何だろう。 「ご、獄寺君、駄目だよ…ちょ、な、駄目だって…!」 これは何だ。 驚きすぎて、一瞬、息をするのさえ忘れた。 これは、どういう事なのだろう。ふざけあい、というには度が過ぎている。 二人共、床に座っている。 ツナの制服のワイシャツは、既に数個しかボタンがはまっていなくて、上半身がほとんど丸見えの状態だった。 扉側を向いていた為、はっきり分かった。 獄寺はツナを後ろから抱きかかえるようにしていて、顔はツナの肩に埋める形になっていた。 獄寺の顔が少しでも動くと、ツナもビクンと肩を竦めた。 (うわ……っ) どうしよう、獄寺君が沢田君にえっちな事してる、合意?沢田君困ってんの?そもそもこんな、覗くなんて悪いんじゃないかな、と思いつつも、目を離せない。 彼等はこういう関係だったのだろうか。 遊び、本気、わからない。ドキドキとスリルを感じながら、息を殺した。 「獄寺君、獄寺君…っ、いやだー…!わ、…!」 「…山本が触る時とは、えらい違いっスね」 ツナの体をまさぐっていた獄寺の手が、真っ黒な制服のズボンへと、獄寺の手が伸びた。もう片手で逃げられないように、しっかりとツナの体を縛っていた。 相当な力が入っていると思う。あの腕から、逃げられはしないだろう。 だがそれでも尚、ツナは、いやだ、と駄目だよ、とを繰り返し口にした。 言葉では通じなくなってしまって、どうしようもなくなったのか、とうとうツナは、頭を下へと深く俯かせた。 獄寺も、流石におたついている様子だ。「すいません、すいません」と連呼し出した。 ツナも落ち着いたのか、こくりと頷いていた。 (え!まずい…!) そう思った頃には遅かった。ガタガタ、という音がしたかと思うと、扉からツナが出てきた。 ばったり。 まさにその言葉どうり、ツナと美也子は正面で見つめ合った。 「わ……!」 扉を開けたら誰か居るなんて事は想像もしていなかったツナは、肩を上げて驚いていた。 美也子も、同じく間近で見るツナの乱れた姿に驚いていた。 かあっと赤面すると、美也子は廊下を駆け出した。後ろの方で何か声がするような気もしたが、それどころでは無かったのだ。 初めて、見た。 キスさえ、生で見たことは無かった。 いきなりあんな場面に出くわしてしまって、頭はパンクしそうだった。 内からの猛烈な熱に頬を染め、美也子は鞄を取って、どこまでも駆けて行った。 息が切れても、走り続けた。 あの、華奢な首から鎖骨のラインと、そこにポツリポツリと見えていた、赤い痕を思い出す度、体の中が火照った。 あっという間に家に辿りつくと、美也子は自分の部屋に篭った。 夕日が沈んでも、制服のまま机にうつぶせになって、電気も付けずにいた。 (あの二人、そうだったんだ) 山本も、そうなのかしら、という思いが過ぎる。 嫌悪感はまるで無かった。ただ、驚いていた。 目をとじると、ツナの困った顔が浮かんできた。 翌日、美也子が教室に入った瞬間、ツナの視線がこちらを向いた。 目が合ったが、特に何も言わなかった。誰にも、何も言うつもりはなかった。 だがツナはそうではない。いつ美也子が誰に吹聴してまわるのかが、気になって仕方がないようだった。 恐がっている。美也子にもそれが充分伝わってきた。 だから、休み時間に声をかけたのだ。 「沢田君。ちょっといい」 ツナは目を丸くすると、覚悟を決めたように、ウン、と低く呟いた。 学校裏へと、美也子の誘われるままに、ツナは付いてきた。 ツナを連れて行く際、獄寺が美也子を睨んだが、ツナが牽制したおかげで、獄寺は教室へ留まった。 「昨日、びっくりした。沢田君もでしょ」 「…うん」 「獄寺君と、仲直りしたの」 「うん…」 「そう」 よかったね、と告げると、ツナはまた、「うん」と答えた。 「私ね、昨日の事、誰にも言わないから安心してほしいの」 「え?」 「それにもうすぐ、転校するから、気にしないでほしい」 ツナは呆然と美也子を見つめた。 話したことなんて、これが最初であろう美也子から、いきなりこんな深い秘密を共有する事になったのと、いきなり転校話をされた事で、ツナは頭がいっぱいだった。 「あと一週間くらいなの。今の教室にいられるの」 それまで仲良くしてね。それだけ言うと、美也子はツナの肩をポンと叩いた。 一緒に教室へと戻る。その時、ツナから「ありがとう」と言われた。 それから転校までの間、美也子とツナは、良く喋った。 ツナの側に寄れば、自然と獄寺と山本が付いてくる訳で、この二人とも、そこそこに喋った。 2人を好きな女子からは多少のやっかみがあったが、どうせ転校するのだから、特に気にはしなかった。 この3人の輪の中に入ると、本当に面白い。遠くでは良く聞こえなかった会話も、今では聞こえる。 ツナ争奪戦のような会話は、聞いていて面白かった。 転校するのは寂しいな、と思ってみても、此処から離れる日は、確実に迫ってきていた。 明日は、さよならをする日だ。 当日は良く晴れた。 皆の前での挨拶も終わり、起立、さようなら。 と、声がかけられ、皆が次々と教室を出て行く中、何人かのクラスメイトが、美也子の下に集まって、元気でね、と声をかけて行った。 特に仲の良かった者とは、一緒に泣いた。 皆がバラバラと散った頃、あの3人が近づいてきた。 (もう最後なんだなぁ。この人達を見るのも) じんわりときそうだった。本当に、最後の一週間、学校内で喋っただけだった。 だが、それで充分だった。 「あっちに行っても、元気でね」 一言だけ、ツナが口にした。山本も、獄寺も、「元気でな」と一言送った。 こくりと美也子が頷くと、ツナは笑った。 教室から出る前に、もう一度美也子の方を見ると、3人は出て行った。 綺麗な夕焼け空。 美也子はいつものように、教室に一人残っていた。これで最後になる。 今日も静かに、グラウンドから音がする。陸上部の笛の音。サッカー部の声援。野球部の、球が飛ぶ音。 窓から顔を出すと、部員達が一生懸命になって練習している姿が見えた。 野球部の中には、山本も居た。 正門へ向かう道を、ツナと獄寺が歩いている。 それを見た時、美也子は少し泣いた。 空が燃えているような、そんな夕焼けではなかった。 やんわりと、紫を作っている。その光が、教室を包み込んでいた。 教室の静寂。かすかに聞こえる、外からの音。 この光景を、一生忘れない。 |
獄ツナのはずが
獄寺拒まれただけでおいしいとこなかったですね。
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