うっすらと、滲み出てしまいそうになった涙を、零すことは決して許されない。
自分が泣くというのなら、彼はどれだけの涙に溺れるのだろう。
きゅうっと、弱々しく、獄寺の服を摘んだ。












牛乳、2本。醤油、2本。卵、2パック。
破格の値段のそれらは、全て、2つずつ買った。「お一人様、1つ限り」というやつだ。
カゴに荷物を乗せ、きっと自分が漕いだなら、ヨレヨレと、自転車を走らせるどころじゃなかっただろう。
しかし、獄寺はツナを後ろに乗せてもなお、不安定な所は見せなかった。
やがて、坂道。急激な坂道を乗り上げ、てっぺんまで着くと、暫くして今度は、急激な下り坂。

「捕まっててくださいね」
「え?う、うん?」

どれほどの坂なのか、後ろにいるツナはイマイチ分からなかったが、さっき上った坂がなかなかだったものだから、
ぎゅうっと、獄寺の腰に腕を回した。
ひゅ、っと、風が頬を切ったかと思うと、すうっと、落ちていく感じ。体が、浮いてしまいそうな。

ー遊園地の絶叫系はどれもこれも、乗れない。苦手なのだ。
あの、落ちていく感覚が、どうにもいけないのだ。
まさかこんなところで、絶叫マシーンのようなそれを体験するとは思いもせずに、ツナは息を呑んだ。

「降りる降りる落ちる…っ、ごく、…!…ギャーーー!!!」

叫び声が響き渡り、自分でも驚いた。やかましすぎると感じたが、仕方なかった。
坂を降りきって、平坦な道を走る頃には、ツナはゼイゼイと息を切らしていた。
ペダルも漕いでないのに、なんてことだ、と、心の中でがっくりとくる。
前から、獄寺の笑い声が聞こえてきた。

「大丈夫スか?」
「いや、うん、大丈夫、…」

もう着きますよ、という獄寺の言葉に、辺りを見回せば、見覚えのある景色に、何だかホっとした。
獄寺とは、出会ってからずっと、同じ景色を見てきたのだ。
同じ時を、過ごしてきた。彼が、側に居てくれた。
こうやって、何かあって、自分が彼に寄りかかると、必ず、手を差し伸べてくれた。
ただ、微笑んでー

(…君は、何も言わないから)

自分を抑えるなんて、柄じゃないくせに、自分に対しては、必死に抑え込もうとしている。
いつも、いつも。
『離れよう』と言った。以前、獄寺に。
本当は、離れるなんてとてもできない。それを自分で分かっている。

まだまだ、彼と同じ景色を見ていたい。







夕飯は、ミートソースのパスタを作った。勿論、獄寺にも食べてもらった。
獄寺は、後片付けなんて自分がやります!とワタワタしたが、獄寺にやらせると、皿が飛ぶので、
ツナはいつものように、やんわりと断った。
カチャ、カチャ、と、食器を洗っている、静かな音が心地よかったのか、獄寺は、机に突っ伏して、眠りに入ってしまった。
振り向いて、寝息を立てている獄寺が目に入り、ツナは、そうっと、近づいた。

ー気持ち良さそうに、眠っている。

獄寺と向かい合わせになるように、ツナは椅子に座る。
彼がいつだって、こうして、楽になっていればいい。
あの告白のことで、自分の側にいるのが苦痛なのに、
それなのに、10代目であるということだけで、側にいる、という風になっていてほしくない。
そんなのは、彼にとっても、ツナにとっても、辛いだけだ。

「……忘れらんないよ」

あんな告白をされて、キスをされて。
忘れたほうがいいのに、忘れられない。
普通にしていきたいのに、今、獄寺に対して、普通に接していられているのか、
友達として、ちゃんと向き合えているのか、不安になる。
それは、果たして、獄寺とこれから、普通の関係が築けない、ということになるのだろうか。
いつも側に居てくれた、獄寺と。普通にできない。
彼を傷つけるのだろうか。

ツナは、臆病になっていた。
どれほど深い傷を負ったか、−あの告白で。
獄寺を傷つけることに、臆病になっていた。

「…だいめ…」

眠っているはずの獄寺から零れた声に、心臓が飛び跳ねた。
寝言だ。むにゃむにゃとしている。
そっと、獄寺に顔を近づける。

「…10代目、…りんご…、あぶない…」
「…?は?…なんだよそれ…」

ツナはふっと吹き出してしまった。よく分からないが、危ないらしい。
獄寺はいつだって、隣に居た。
危険が迫れば、体を張って、守ろうとしてくれた。
どんな時だって、そうだった。

(君はいつも、…側に居てくれたんだね)

獄寺へと伸ばす手。距離が、縮まっていく。
いけない。いけない。起こしてしまう。
けれどそれだけじゃなく、ー触れてはいけない。

ツナはゆっくり、指を折ると、手を引っ込めた。





…あ、アレレレレレレ…!?もしかしてごくでらちょっと報われんのだろうか…ポカン…



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