それは二人が、恋人でも何でもない時の事。
「ああ、参ったな」
デスクに積まれた資料と、書類を無視して手紙を見つめるロイは、わざとらしく溜め息なんかを吐いてみせる。
誰に向かって、かというと。
「…つまり此処は…ああ、そうか…それなら…」
ロイの仕事部屋のソファで本を読みながら、ブツブツと口にする言葉は、完全にロイを無視したものだ。
エドワード・エルリック。
時々、ふらりと司令部へ寄っては、ロイのところに顔を出した。
きまぐれに。
全く自分の方を向こうとしないエドに、もう一度盛大な溜め息を漏らした。
するとやっと、エドが気がついた。
「なんだよ、大佐。何か困ってんの」
何度目かの溜め息を、初めて聞いたかのように、エドはきょとんと目を丸くしている。
「これ、なんだがね」
ひらりと、一枚の髪紙と封筒をエドに見せる。
エドの位置からでは、内容が良く見えない。
だが、まあ大方想像はついた。
「ラブレターだろ。大変だな、大佐は」
軽く流すと、しかしまだロイは溜め息を吐いてみせる。
「…なんだよ。恋の相談でものってほしいってのかよ」
ノロケ?自慢?女の振り方?でもそれはアンタの方が良く知ってるだろ、と、エドはロイを突き放す。
そんなエドに、ロイは軽く口元を緩めた。
「私は別に、彼女の事は何とも思っていない」
「じゃあ断ればいいだろ?」
「これで彼女からの手紙は5通目だ」
「それだけアンタが好きなんだろ。つうか、大佐って遊んでるんだろ?軽く流すとかできねーの?」
「それは無理だな。本気になりすぎている相手とは付き合えない」
自分だけ見て、自分だけ、自分だけ…
そういう独占や、特別視されたいという気持ちを露骨にする相手とは、付き合えない。
手紙の文面。
彼女はどうも、その種の人間だ。
「…もう一度ちゃんと断ればいいんじゃねぇの」
「何度か断ったんだがね。それには理由がいるだろう?1回目は仕事。2回目は特定の相手と付き合う事ができない。と、そう断ったわけだ」
「うん。それでいいじゃん」
「ところが、だ。彼女はどうしても諦めない。そこで」
最近、軍部に女の子がやってきた。
小さい女の子。
その子はとても小さくて、何だか父親にでもなった気分で。
自分は子育てしているような、そんな気持ちでいる。
とにかく今は、この子が可愛くて仕方ないので、特定の人と付き合うつもりはない。
「と、まぁ、こんな事を書いてしまった」
「…女の子?軍部の誰かの妹とか?何処にいんの?」
「いや、嘘だ。そんな子は存在しない。断る口実だ。しかし彼女は、こう返事をよこした」
『その子に会わせて いただけませんか?そうしたら、私、諦めます。今度こそ』
エドは固まった。
何だか嫌な予感がするのは、気のせいだろうか。
この、机の上に置かれた、エドの為に用意された本の山と、美味しいと評判の店から、ロイがわざわざ持ってこさせたらしい、エドの好物のシチュー。
これらが益々、不安を増大させた。
パタンと本を閉じると、ソファを立った。
「帰る。シチュー、ごちそうさま。美味かった。」
「頼みがあるのだがね、鋼の」
「…嫌だ」
「小さい女の子。1日とはいわない、少しでいい。なってくれないか?」
「ちっさいゆーな!アホか!そんな口実より、ホークアイ中尉に恋人の振りしてもらったほうがよっぽどしっくりくるだろ!?」
「いや、他に特定の人がいるとなると、逆上しかねないだろう?」
ロイの言葉に、エドはぐっと言葉を詰まらせた。
だが自分がそんな、女の格好をするなんて、そんな真似。
「嫌だ。他の人に頼んでくれよ。もっといるだろ?大佐なら。本物の女の人の方がいいって」
「…そういえば先日、また機械鎧を壊しそうになったらしいな。アルフォンス君から聞いたのだが」
「…!な、なんだよ、関係ないだろ!」
「ウィンリィ・ロックベル」
名前を出した途端、エドの顔の血が引いた。
ロイから連絡でもされたら、ウィンリィからどんな雷が落ちるか分からない。
想像しただけで恐ろしい。
これは使える。そう思ったロイは、余裕の表情で会話を続ける。
「報告することは容易い。…鋼の。」
「〜〜!!わーったよ!これっきりだからな!」
こうしてエドは、渋々ながらも、ロイに協力する事になってしまった。
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