非常にまずい事態になった。何とか誤魔化さなければ。
だが、良い案が浮かんでこない。
難しい顔をしているエドに、口を開いたのは女性だった。

「…鋼?鋼って何なのかしら、マスタング大佐」

「…そんな事を言ったかな、私は」

ははは、と乾いた笑いをするロイは、明らかに怪しかった。
エドも上手い理屈が口から出ない。仕方なしに、料理をひたすら食べ続けた。
ただでさえ上手く出来ないテーブルマナーは、焦る気持ちで更に悪いものになった。
ガチャガチャと、音がする。
隣の色男も、何も話そうとはしない。ナイフとフォークの金属音だけが、三人の間に響く。

(なんとかしろよ、大佐…!)

純白のクロスが掛かったテーブルの下で、ガンっと足を蹴ると、ロイはガタっと足を揺らした。
引きつった笑みでエドを見ると、エドはツーンとそっぽを向いた。
女性はそんな二人の様子をじいっと見ていた。不審…というよりも、ただ、行動を見ているようだった。
レストランに入り、二人の前に姿を見せた時より幾分、冷静な瞳をしているように見える。

「…鋼の錬金術師」

ボソリ、と言った女性の言葉に、エドは心臓が飛び出そうになった。
これは、自分のー…。
ゴクリと息を呑むと、女性の方に注目した。

「此処でも随分有名だけれど、私の故郷でも有名な錬金術師よ」

「…へえ」

自分から暴露は出来ないが、まるで生きた心地がしない。
ばれているなら、そう言ってほしいものだ。女性の顔が、直視できなくなってきた。
ボリボリと、首の辺りを掻く。はしたなかっただろうか、というのは行動し終わってから気がついた。
ボロはトコトン出ている。女性も、気がついているのかもしれない。
終わった、と額に手をやると、女性の落ち着いた声が耳に入ってきた。

「金色の髪に、いつも一つに結っている三つ編み」

紅茶をスプーンでグルグルとかき混ぜながら、女性は話を続ける。
スプーンを抜いたって、まだグルリと竜巻を作っている紅茶は、もうすっかり混ざっているのが分かる。
だが、女性はまたスプーンを回し続ける。


「ねえ、どうして今日は髪を下ろしているのかしら?鋼の錬金術師さん」


「−…!!」

ーバレていた。
もう言い訳が出来ない。やはり女装など、無理があった。
ロイの方をチラリと見ると、あっけらかんと、バレたな、という表情をしていた。
何故本人がこんなにケロリとしているのに、自分はおたつかなければならないのか。
だが仕方ない。
男だというのがばれている上で、女物の服を着ている所を見られている。
恥ずかしい。急にスカートの開放感が、気になりだした。

「ひどいわよ!どういう事!?こんな男の子を連れてきて!私を馬鹿にしているの!?」

説明してちょうだい、マスタング大佐。
かなりの勢いで逆上している女性を、ロイは宥めるでもなく、ただ見ていた。
エドがヤバイんじゃねーの、と目で訴えても、ただ、見ていた。

「…なんてね。冗談よ。オロオロしない所を見ても、女慣れしているのね、大佐」

「…君が本気で怒っているようには見えなかったからね」

口元に手を当てると、ローズピンクの唇が、綺麗な三日月を描いた。
ロイに向けていた視線を、エドへと移す。
エドは正直、一秒でも早くここから去って、ちゃんとした服を着たいと、それだけを思っていた。

「…貴方に会った事。あるのよ。私。ニューオプティン発の特急04840便に、乗っていたから」

ニューオプティン発の特急04840便。
あれは、ハクロ将軍が乗っていた列車だ。東部過激派の犯行で、あの列車は乗っ取られた。
それに対抗し、列車を救ったのがエドだったのだ。
随分前になる事を、ぼんやりと思い出していると、女性は一口、紅茶を口にした。

「あそこで貴方を見なかったら、きっと気がつかなかった。可愛い女の子だと、思っていたわ」

「は!?」

「お作法がぎこちない所も、全て愛らしいと思うわ。列車に居た時は、随分かっこよかったけど」

「…………」

喜んでいいのか、いけないのか。非常に複雑な心境だ。
かっこよい、というのはとても嬉しい褒め言葉だが、列車でエドを見なかったら男だと気がつかなかった、というのはいかがなものか。いや、確かにこの場ではそうでなければいけなかったのだろうが。
先ほどの女性の紅茶のように、グルグルと心が回っていると、ロイが漸く口を開いた。

「ほら、エイミー。零している」

「うるせー!クソ大佐!エイミーとか言ってんな!なんだよエイミーって!」

「…君が自分でつけたんだろう」

「う、うるせーな!」

デミグラスソースが付着してしまった洋服に、ロイがナプキンで拭おうとすると、エドは自分でできる、とナプキンを横取りした。
さっきまでの大人しい「エイミー」とはまるで違うエドと、二人のやり取りに、女性はまた顔を緩めた。
取れないわね、と席を立って、今度は女性がエドの胸元を拭う。彼女には素直にされるがままになっているエドに、ロイは面白く無さそうに、コーヒーを啜った。

「…鋼の。フロントに服を預けてあるだろう」

もう着替えてきてもいいんだぞ、とロイが促すと、エドは足早にフロントへと急いだ。
女性と二人きりになった直後、程よい緊張感が辺りを包んだ。
飲み干すまではいかないが、もうほとんど空になったティーカップをそっと置くと、真っ直ぐにロイを見た。

「随分、噂と違うわ。女遊びが凄いって聞くけれど」

「けれど?」

「…今はそんな事はないのかしら。だって鋼の錬金術師は男ですもの。おまけに大佐は一途みたい」

女の子というのは嘘だけど、大切にしていて、可愛がっているのは本当でしょ?と、首を傾げられる。

ロイは正直、驚いていた。そんなに自分は態度に出ているのだろうかと。いや、そんな事もないはずだ。
そもそも、この女性がそんな勘が鋭いとは思わなかった。
エドは女の子、として今日この場に来たが、本当は、心の中では。
恋人として、この席に座らせていた。
女性が逆上しかねないという不安もあり、「好きな人だ」と紹介する事も出来なかったが。
ロイが困ったように笑うと、女性は満足そうな笑みを向けた。
小さいバッグから財布を取り出し、数枚の札をテーブルの上に置くと、背を向けた。
ロイが呼び止めようとしたが、丁度エドが戻ってきた。
すれ違う女性に軽く会釈すると、怪訝な目でロイを見た。

「…帰っちゃったの?何かしたのかよ、大佐」

「…しまった」

「は?」

ガクリと項垂れるロイに、エドは何が起こったのかとロイの側に寄る。
眉間に皺を寄せ、テーブルにある札を取ると、一生の不覚だ、とぼそりと言った。

「例え自分の分だけでも、女性に払わせるのは私のポリシーに反する…!」

「…言ってろ」

この女好きが、と呆れたように言うと、ロイの瞳が余裕の眼差しを向ける。
女性より好きなものなどない、と堂々と言ってのけるロイは、しかしその熱の篭った瞳を、他の女性になど向けたこともなく。目の前にいる、金髪の、今はもう、あのヒラヒラとした物体など履いていない。
二つ名を鋼とする錬金術師、エドワードだけに向けていた。









数日後、ロイの部屋にて、今度はケーキを山盛りに貪っていると、ロイがわざとらしげに手紙を読み出した。
溜め息を吐き、エドの方を見る。
ケーキの山に、手紙に、エドの為に用意された本の山。
あの時と同じ状況下に、エドはギクリと肩を上げた。

「…頼みがあるのだがね、鋼の」

「絶対ヤだ」

案の定なロイの申し出に、今度は間髪入れずに断りを入れる。
もう二度と、エイミーにはならないと固く胸に誓ったエドであった。








終わった…。
女装リクをくださった方、読んでくださった方々、本当にありがとうございましたvv



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