「ありがと…」
女性は綺麗に微笑んだ。
…ますます、ワカラナイ。
硬派なタイプとは程遠いトイが、こんな綺麗な女性をあっさりと振るなんて。
ロイを横目でチラリと見ると、ロイと目が合った。
怪しげな目で「何で振るんだよ」と訴えると、フっと、口元を上げた。
こういうところが、気に食わない。
何事にも余裕で対処する、こういうところが。
「…可愛いお嬢さん。大佐が可愛がるのも無理はないわね」
「だろう?こんなに可愛がる存在が出来たのは、生まれて初めてでね」
女性は黙ると、長い睫毛を伏せて、上等な肉にナイフを入れる。
その仕草も、とても綺麗だった。
こんなに綺麗に食事をしたことなどないエドだが、今回は何とかロイが恥じないような食べ方をしなければならない。
ロイと食事をした事は何回かあったが、その時は余計な気を遣わずに、ガツガツと食べていた。
だが今は、この女性がいるのだ。
はしたない食べ方をして、「こんなマナーのなっていない女の子のために諦める事はできない」という事にならないようにしなければならなかった。
静かにフォークとナイフを取ると、肉を切り始める。
しかし、駄目だった。どうしてもガチャガチャと音がしてしまう。
女性の視線が、エドに向かう。
<やば…>
やっぱり慣れていないと駄目だ、と思いつつも、極力音を出さないように心がけていると、ロイがスっと、エドのに自分の手を添えた。
綺麗な仕草で肉を切ると、エドの口に差し出した。
<…おいおい…食えってか…>
ロイを見ると、にこりと笑っていた。
しかし瞳の奥に、「素直に食べないと報告する」という脅迫のメッセージが読み取れる。
仕方なく、パクリと食べると、ロイは満足そうにフォークとナイフを置いた。
「…いつもはもっと元気に食べる子なんだがね。緊張しているようだ…ああ、ほら、エイミー。付いている」
エドの口元を親指で拭うと、それをそのまま自分の唇に持っていった。
やられた瞬間、エドは固まった。女性も固まっていた。
なんと恥ずかしい男なのだ。
もう一度、頬を撫でられた時。
エドの中で何かが切れた。
「…大佐も付いてる…っ」
ロイの頬に一瞬、唇を寄せる。
きっと気色悪い思いをするだろう、と思い仕返しのつもりでやったのだ。
どんな顔をしているだろうとロイを見ると、目を丸くして、その後、少し。
ほんの少し、照れたような表情をしていた。
だがすぐに表情を変え、「ありがとう」とエドの額に口付けた。
その行為にまたエドが固まったのは言うまでもない。
女性も、驚いているようだった。
「…とても、仲良しね。…ねえ、エイミーちゃんから頼んでもらえない?」
「なにを…」
「マスタング大佐に、お姉ちゃんとお付き合いしてもらえるように」
ー参った…。
こう来るとは
暫く黙っていると、女性が更に言葉を続けた。
「こんなに大佐が可愛がっている子だもの。貴方から頼めば、大佐もOKしてくれるかもしれないわ」
「でも…」
「お姉ちゃんね、とても好きなのよ」
大佐が。
ひっそりと、しかしハッキリと発音すると、女性はロイに向かって微笑んだ。
「…分かるわ。可愛がってくれている大佐を、お姉ちゃんに取られたくないっていうのは」
そんな風に思われていたとは、ショックだ。
どうやら彼女は、「エイミー」の存在の所為で、ロイが交際を断っている、と思っているようだった。
「エイミー」さえ、了承すれば。
「エイミー」さえ、いなければ、付き合える、と思っているようだった。
「でも、エイミーちゃんの周りには、沢山の人がいるでしょう?ハボック少尉だって、ホークアイ中尉だって」
大佐じゃなくても、いいでしょう?
お願い、邪魔をしないで。
と、「エイミー」に頼んできた。
会ったら諦めると、彼女は確かにそう言ったが、話が全く違っていた。
どうしても、諦めたくないという想いは、充分過ぎる程、伝わってくる。
軽く唇を噛み、ロイを横目で見ると、明らかに不機嫌な顔をしている。
どうやら、ロイの心は変わっていないようだ。
「…ごめん、なさい」
「どうして?」
「大佐は特別だから。大佐じゃないと、駄目なんです」
ゴホッ
スマートに紅茶を口にしていたロイが、茶を吹きだした。
大丈夫?とハンカチを差し出す女性だが、ロイは「大丈夫だ」と手を口元に当てた。
女性はロイに向けていた優しげな視線を、敵を見るような視線に換え、エドを見た。
「…何故?」
この女性は、「エイミー」が子供である事を忘れているのだろうか。
視線が、鋭すぎる。
さっきの柔らかな雰囲気の欠片もない。
だが、ここで引いては何も変わらない。
「大佐が一番、大好きだから」
女性を刺激しないよう、恋愛感情を一切含めないようにあどけなく答える。
女性は黙った。の、だが。
「鋼…」
「ば…っ」
ロイが自分を「エイミー」以外の名で呼ぼうとした。
「鋼の」と。
女性はあからさまに不審な顔をした。
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