必死に言葉を紡ごうとするが、旨く喋れない。
唇をほんの少し、動かすだけで精一杯だった。

さん、何か言って。
いや、やっぱ、何も言わないで。
このまま、何も言わないでくれれば。


…ああ、違う。何も言わないでいても、結局別れることになるのか。
なんでこんな事になったんだっけ。
マズイ。マジで泣きそうだ。


「…なフリしていたの」

「…。…は…?」

「ごめん!なさい!だからその…っ伊角君のこと、好きなフリしてたの!」


訳がわからなくて、多分、俺は思い切り変な顔をしていたと思う。
なに?
だって、好きなフリって。

え?なんで?

「なん…」


なんで、と聞こうとしたのに、その瞬間。
コンコンと、扉が鳴ったかと思うと、すぐに開けられた。

扉の向こうに立っていたのは、伊角さんと奈瀬だった。

俺は益々、頭がパニくった。
さんと伊角さんを交互に見る。

「な、なんで…。つーか伊角さん、どういう事だよ!」

「それはお前も同じだろ」


伊角さんの言ってる意味が分からない。
何が俺も同じなんだ。
俺が眉を寄せていると、奈瀬が話に入ってきた。

「だから、和谷も私とやったでしょ?”かけひき”。それと同じような事、ちゃん達もやってたの」

「ゴメンナサイ…」


さんは小さい声でショボンとしている。
俺はどうしても、まだ信じられなくて、堪らずさんに聞いた。

「な、なんでそんな事する必要があるんだよ」

何故なら、俺は前々から、さんを好きだという主張は沢山してきた。
何も、さんが不安に思うことなんて無かったはずだ。

だからまだ、疑ってしまった。

もしかしたら本当は、伊角さんが好きなんじゃないかと…。

「…和谷君が最近、妙に明日美ちゃんと仲良かったからつい…」

不貞腐れたような顔つきで、呟く。
あ、この顔は初めて見た。

…正直、嬉しい。

「だから俺が助言してやったってわけ。お前らが何で仲いいのかは奈瀬から聞いてたし。だから同じことしてやろうと思ってさ」


悪かったな、和谷。と明るく言われた。


なんだ…。
結局、俺が原因だったのか。

そうだ。
俺、同じことしてたんだ。さんに。

なのに、自分がされたら、死にそうになって。



ー今更だが、猛省した。




「…ごめん、さん」

「…私こそ。ごめんね」


俺を直視しずらいのか、睫毛を伏せて下を向いていたが、じいっと見ていたら、やっと目を合わせてくれた。
ついつい、笑ってしまった。
そうしたら、さんも笑ってくれて。

さっきまでの不安が嘘みたいだった。
良い雰囲気だとか思っていると、背後から奈瀬がニュっと出てきた。

「ちょっとー!二人の世界入らないでよ!」

ああ、そういえば二人きりじゃなかったんだ。とか、失礼な事を思ってしまった。
すまん、奈瀬。
でも今は、さんと二人になりたかった。

「…悪いんだけど、二人にさせてくんね?」

「なにそれ!二人がこうやって、愛を深められたのは私達のおかげでしょー!?ご飯くらい奢りなさいよ!」

「頼むから帰ってください…」

邪魔すんな…!と精一杯の気持ちを込めて言ったのだが、奈瀬には通用しなかった。
しかも伊角さんまで加担してきた。

「寿司でいいよ、和谷」


サラリとにこやかに言う伊角さんの瞳が、怖い。
気のせいだろうか…。いや、気のせいじゃない気がする。
本当はこの人、さんの事狙ってんじゃないかとか、邪推してしまう。


「私、奢るよ。皆でご飯食べに行こうよ」

ちょっと待て!
…この一言が一番効いた。
さんは俺と二人で居たくないんだろうか。

つうか本当にさん、俺のこと好きなのか…?


俺がモヤモヤ考えていると、さんが手を引いてきた。


「行こ!」


触れた、手の感触と、その笑顔で。
モヤモヤが吹っ飛んでしまうなんて、俺も随分、単純に出来ている。



さ…」


だがその手はすぐにパっと離れ、さんを挟んで、奈瀬と伊角に繋がれる。

何でこの二人、こんなに邪魔するんだよ…。
さんも、何で笑ってるかな…。







そうして俺は、またカケヒキごっこを実践したくなったのだった。










おしまい。








最後の最後まで和谷が報われてないですが、そこはヨシとします…。
読んでくださった方々、ありがとうございました!



←BACK

戻る