とか、思ったのに。
とうとう着いてしまった。さんの家に。

何でもない風を装って、開かれた扉から入るが、内心ドキドキしていた。
これから、どんな内容の話が繰り広げられるのか。

飲み物を用意してくる、と出て行くさんを部屋で待つ。
パタンと閉まったドアの音が、心に響いた。

別れたら、この部屋に来る事も無くなるんだよなぁ、とか思うと切なくなってきてしまって、すぐにその考えを打ち消した。

しかし、伊角さんとの事を聞いても答えてくれないし、今日だって決定的瞬間を見てしまったし。
…あれ、デートだろ?
伊角さんと。
二人っきりだったし。

いや、もしかしたら何か事情があるのかもしれない。
そうだ、事情だ。
何か訳があるんだ。

そうやって、一人で立ち直ろうとしてみるが、心の奥では「そんなワケあるか」と思ってしまっていた。
暗い気持ちでいると、さんが紅茶を乗せたお盆を持って、部屋に入ってきた。

「コーヒーの方が良かった?」

「俺、コーヒー無理。って知ってるだろ、さん」

苦いのは苦手だ。
すると、さんは「知ってるよ」とクスクスと笑った。

「…俺も知ってる。さんもコーヒー苦手だよな」

「うん」

知ってる。
さんの事、知ってる。
でも、分からない。

さんは誰が好きなんだ?
付き合ってるのは俺だけど、今日、別れを告げられるかもしれないのだから。

いつ、いつ言われるのだろう。
そう思うけど、でも、核心に触れられない。
俺は臆病だった。

でも、めちゃくちゃ好きな人との別れ話はゴメンだって、避けたいって思うのは、当たり前だろ。

だから何も関係のない話を出してしまう。

暫くして、また訪れる沈黙。
さっきまで笑顔だったさんが、急に真剣な面持ちになった。

「…ごめんね」

ああ、ほら、もう。
きた…。

謝る=お別れ


という公式が、もう既に俺の中では出来上がっていた。
だから、この時、物凄くズキっとした。
聞きたくないって、心底思った。



「…ごめんって、何が」

ゆっくり、ゆっくりと唇が開かれる。
開かれる唇が、相変わらず綺麗だとか、そんな事を思ってしまった。
こんな状況なのに。


「私、伊角君の事好き」




何てイワレタ?
心が、真実を受け入れようとしない。

一瞬、息をする事すら忘れて。




俺はその言葉の通り、固まってしまった。








NEXT→

←BACK

小説へ戻る