目を覚ますと、自分の頭は、ガンガンと嫌な響きを立てていた。
薄っすらと開いた目の前には広く、しかし華奢な胸元が広がっている。
男の名前が、まだ活発になっていないツナの頭に浮かんでくる。
微かに、香水が鼻を掠めた。





が泣いたら甘いミルクを







しかし、昨夜は一人で眠ったような。
何だか、身体が窮屈だ、と思ったら、スーツのままでベッドに入ったようだった。
煌びやかな細工のしてある、アンティークの時計に目をやると、もう6時を回っていた。
あと少しで起きなくては、とぼんやり思うと、ツナはベッドに入ったまま、記憶を辿る。

(−…えーと、昨日…どうしたっけ…?)

ランボが部屋に来たのは覚えているのだが。
目を瞑ると、また眠ってしまいそうだ。
ランボの口から、掠れた声が、微かに聞こえたかと思うと、突然、身体が拘束された。
ツナを抱き枕のように腕に閉じ込める。

「ランボ、もう起きるよ」

よっこらせ、と、腕の中から抜け出し、ベッドを降りた。
ー頭が異常にズキズキと痛む。加えて、気持ちが悪い。
皺の付いたスーツを数回撫でると、テーブルの上に目をやった。
赤ワイン1本、白ワイン1本のボトルがゴロリ。
グラスが2つ、その中に少量ずつ、赤いそれが残っていた。

(そっか…飲んだんだっけ…)

どおりで記憶がアヤフヤだ。
ランボはまだ、眠っていた。ぐうぐうと。
そろそろ、朝食の時間だ。今日は忙しい。ゆっくりランボと過ごすわけにもいかない。
起こすのもカワイソウかな、と思ったが、一言かけないわけにもいかなかった。
起きてツナの姿が無いと、ランボは拗ねるのだ。
そうなると、大概、飴も葡萄も、酒も、何も効き目がない。
甘い飴も、喉を潤す葡萄も、高級な酒も、全て自分で揃えられるのだ。
ランボは、ツナに自分では揃えられないものをねだる。
それはただただ、一つだけ。ツナの愛であった。
一日べったりくっつかれ暇さえあればベッドの上。
それをやられるなんて、堪ったものではない。
シャワーを浴びている間に起きるかもしれないと思い、バスルームへ向かった。
急いでシャワーを浴びたが、期待も虚しく、ランボはぐっすりだ。

「…ランボ、下でご飯食べてくるね」
「…………んー」

起きないランボに、ツナは肩を軽く揺さぶった。

「ランボってば」

一瞬でいいから、目を覚まして頷いてくれ。そう思った。
困ったようにランボを見ていると、突如、ランボの手が宙に浮いた。
ツナの首に絡まると、ぎゅうと己の方に抱き寄せた。ツナはランボに倒れこむ。

「…、っわ、…こら…っ!」
「10代目ー…」

寝ぼけているようだった。
うーん、と唸ると、薄っすらと、瞳を開けた。
ツナの姿を確認すると、より一層、強い力でもって、抱きしめた。

「わー!!そういう時間ないんだってば!」
「時間…?」
「そう!今日はちょっと忙し…って、こら…!」

耳を甘く噛まれ、ランボが既にそういう気だという事は分かった。
ツナだって、冷たくあしらいたくはないが、今日は本当に忙しいのだ。
朝から夜まで、予定がみっしりだった。

「昨夜は10代目、オレのこと煽るだけ煽って、一人で寝ちゃったんですよ」
「え、あ…そうなの?ごめん。ぜんぜん覚えてない…」
「そうですよ。だから、オレは一晩、おあずけ…」

だから、一晩分の10代目、今ください。
そう言わんばかりのランボは、丁寧に、しかし少し乱暴に、ツナに愛撫していく。
ツナは焦った。
もう、朝食の準備は整っているはずだ。ここで予定を狂わすわけにはいかない。

「ランボ、また後で…」
「10代目の後は、信用できません」

まあ確かにそうなのかもしれない。と、自分で納得しかけた時、扉が荒々しく開いた。
黒いスーツに黒い帽子。黒い瞳に、黒い髪。
全てが黒で統一されている男だ。リボーンは銃を出すと、ベッドの方に向けた。

「リ、リボーン!!今、行くから!」

リボーンを怒らせたら大変だ。ランボの命すら危うい。
慌ててランボを引っぺがそうとするが、ランボは離そうとしない。
ランボの胸の中で、微かに声を漏らしているツナに、リボーンは面白く無さそうな顔をした。
一瞬でベッドの側まで行くと、ランボの頭に、拳銃を殴るように突きつけた。
ゴッ、と、鈍い音が響いた。

「うわー!!何してんのリボーン!ほら、ランボも!朝食終わったら、一回戻ってくるから」

メソメソとしながら、漸くツナを離すと、リボーンが掻っ攫うように、ツナを部屋から連れ出した。








コーヒーを啜るツナを、リボーンが何か言いたそうに、ジロリと見た。
コクリ、と喉を鳴らすと、静かにティーカップを置いた。
パンを小さくちぎり、口の中に入れてもまだ、リボーンはまだ、じいっと見ていた。

「…なに?リボーン。食べないの?」
「あの色ボケバカ牛をどうにかしろ」
「今日はきっと、大人しくしててくれるよ」

根拠がない言葉に、リボーンが納得するわけがない。
言った途端、目つきが鋭くなった。ツナは慌ててティーカップで、顔を隠す。
リボーンは溜め息を吐くと、漸くパンをかじり始めた。



たくさんの飴玉と、お菓子に、ケーキ。それに、忘れてはいけない、葡萄。
ワインに香水。それらが入ったカゴを持って、ランボの居る自分の部屋へと向かった。
部屋に入ると、案の定、ランボは枕に顔を埋めて、横になっていた。というか、拗ねていた。

「…今日はこれで、大人しくしてて」

気だるそうに髪の毛を掻きあげると、やっと上半身を起こした。
一つ、香水を手に取ると、箱を開け、マジマジと見出した。
ブルガリのブルー・プールオム。
ランボが最近、良くつけていた。好きな香りだと言っていたのを、ツナは覚えていた。
もうすぐ無くなりそうだ、と言ったのも、覚えていた。

「これ……」
「ランボ、ブルガリだったよね。これでいいんだっけ?」

香水はあまり詳しくないんだけど、綺麗な青だったのを覚えてたから。
と、言ったツナに、ランボは微笑んだ。

「これですよ。覚えててくれたんですか。−…嬉しいな…」

嬉しそうなランボに、ツナもぱあっと、表情を明るくした。
手に取って、楽しそうに液体を揺らしている。
ありがとうございます、と言うと、ランボは何か思いついたらしく、ゴソゴソと鞄を漁った。

「10代目にも、これ。どうぞ」

そう言って出してきたのは、これもまた、ブルガリ、ブルー・プールオム。
箱も、開かれていない。その上に直接リボンが巻かれていて、どうやらプレゼント仕様のようだ。
ポカンとしてランボを見上げると、ランボはにっこりと笑った。

「無くなりそうだって言ったら、くれたんで。10代目が嫌いな匂いじゃないなら」

それをここで言うかと。しかも自分に受け取れというのかと。
明らかに女性からのプレゼント。しかもこの箱についたキスマークは一体何なんだろうか。
ツナは流石に切れそうになったが、それは、仕方ないのだ。ランボだから。
呼吸を整えると、いらない、と首を振った。









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