「持田先輩って、何か静かになったよね」
「前より、大人っぽくなった」

最近、よく言われる言葉達。そして決まって最後には、

「何かあったの?」と、付け加えられる。





聞こえない告白





今日も、持田は放課後、剣道部で、主将としての役割を果たしていた。
一生懸命、素振りをする者から、あまりやる気を見せない者。後者には勿論、鉄拳をくらわせていた。

此処で、ツナに負けたのだ。
笹川京子を賭けた勝負だった。
あの時、確かにあの男をぶちのめしたい、と思ったし、京子を我が物に、−できるだけ楽な方法でー。そう思った。
だが、二つとも叶わなかった。
京子とは今でも会話をするが、前ほど話をしなくなった。良い友達、と言ってもいいのだろうか。
とにかく、前のようなものでは、なかった。

勿論、あの事件からすぐは、まだ京子を見つめていた。
可愛い、とも思っていた。

だが、いつのまにか自然に視界に入ってきては、その感情を横取りする人間が現れた。
沢田綱吉、だった。

憎むことはあっても、好くことはないだろう。そういう相手だ。
だから最初も、視線が彼を追うのには、特におかしいと感じなかった。
憎しみからのものだと、確信していた。そのはずだった。

それなのに。

『かわいい』

最初にそう思ったのは、いつだったか。


(京子を見ていたはずが…いつの間に、そっち にいってしまったんだ、オレは…)

有り得るのか。こういう事が。と、自分に問いかけてみる。
休憩時間になり、道場を出ると、後輩達もそれに続いた。
辺りを見渡せば、うっすらと、紫がかかっていた。空の色で、時計に目をやろうとする。
視線を動かすと、例の彼が居て、ドキっと、心臓が飛び出そうになった。
一気に目を見開き、吸い込まれるようにそちらを見ていると、今度は嫌な音で、心臓が鳴った。

少し遠くから、「獄寺」が、駆け寄ってきた。あの男は、いつもツナの周辺に居る。
「獄寺隼人」は校内では有名だった。
イタリア育ちの、帰国子女。
何故だかタイプの違うツナと、いつもつるんでいるが、ツナがあの男の舎弟になった、という訳ではないらしい。
何故ならツナの前で、これでもか、という程の笑みを振りまく獄寺を、生徒達は毎日、目撃しているからだ。

ぼーっと、グラウンドを見ながら歩いている二人を見ると、ツナが持田に気がついた。
目が合った。

「……っ!!」

躊躇しているらしいツナだったが、軽く持田に会釈をしてきた。
持田もつられて、それに応える。
どうやら、ツナは無視される事を前提にしていたらしい。
持田が会釈を返してきた事に驚いて、そのまま視線を外さなかった。

感じる視線はツナだけでなく、獄寺の鋭い視線も、確かにあった。

もう一度だけでも、ツナと話がしたい。
今からではもう、駄目だろうか。あの日の事を、1度、謝るだけでも。
友達でも構わない。なんだっていい。
卒業するまでに、ツナと少しでも、接近できれば。















「やばいー!!もう完全に遅刻…」

急いで家を出た。走って、走って、でももう諦めようかと思った、その時。ぴたりと、足が止まった。
持田が居た。

「持田先輩?」
「…遅刻だな」

電柱に寄りかかる姿はまるで、誰かを待っていたようだった。
まさか自分を待っていたとは、思いもしないツナは、首を傾げ、不思議な顔で持田を見た。
このまま、一緒に登校してしまえば良いのだ。そうすでば、何かしら話はできる。持田はそう思っていた。

「ど、どうしたんですか?持田先輩も、遅刻ですか?」
「貴様のような奴と一緒にするな!オレはー……」

どうしてこういう口調になってしまうのか。
好きな子を苛めるタイプではないと思っていたのに。
ツナの前だと、素直に言葉が出てこない。
いつもなら、歯の浮くような言葉も、照れもせずに言えたのに。

「…休み時間、道場裏へ来い」
「は?」

それだけ言うと、結局立ち去ってしまった。
こうも上手くいかない相手は初めてだ。まあ、男だからという事もあるだろう。
小走りで学校に向かうと、案の定、持田も遅刻だった。








休み時間、約束どおり、ツナが道場裏へ行こうと席を立つと、既に持田が迎えに来ていた。
過去、持田との事件があった事を知っているクラスメイト達は、一気にざわついた。
とりあえず持田に付いて、道場裏へ行く。
持田を見れば、やけに強張った顔をした持田が居た。
いや、元からこんな顔だったかもしれない。
獄寺ほどではないが、強面の部類に入る先輩だとは思っていた。

(やばい…ボコられる…)

こういう時に限って、山本は休み。獄寺は遅刻である。
京子の、あの一件以来、特に話はしていないが、持田が自分に良い感情を持っていないのは当然だった。
死ぬ気弾を撃たれたとはいえ、あんな事をしたのだから。

「な…なんですか?」
「−沢田」

頑張れ。頑張れ、自分。もうあんな、沢田を恐がらせるような言葉を吐いたりするな。
そう自分に言い聞かせ、軽く深呼吸すると、話を切り出した。

「…前は、悪かった。」
「え…前、って」

京子ちゃんを賭けての勝負の事か。胸に浮かんだ直後、驚いて、言葉が出なかった。
殴られたわけでなく、睨まれたわけでなく。まさか、謝られるとは。

「そ、そんな…!むしろオレの方が…」

ごめんなさい、なのでは。
ブンブンと首を横に振ると、頬を赤く染めた。

「…だから…その、これからは」

ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
瞳を向けると、ツナはポカンと、持田を見ている。やはり頬はまだ赤くなっている。

「普通の先輩と後輩として、付き合ってほしい」

嘘をつけ、と自分自身にツッコミを入れた。
普通の先輩と後輩どころか、もっと親しくなれればと思っているクセに。
だが、いいのだ。今より、距離を詰められれば。

「も、持田先輩がいいなら、オレはもちろん…。そういう風になれるなら…」


オレ、何言ってんだろ。と、後頭部に手をやりながら、ツナは照れくさそうに、けれど嬉しそうに笑った。
持田はぼんやりと、うっとりとそれを見ている。ドクドクと、胸が。
愛しい。可愛い。好きだ。と、そういう想いが、溢れそうになった。








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