北風の吹く寒い日に、獄寺君が握ってくれた手が、妙に熱く感じてしまったのがいけなかった。
人通りも多くて、どうしても恥ずかしくて、自分から握り返す事は愚か、少し逃げ腰になっていた。

それを獄寺君は、気がついていた。

ああ、やっちゃった。オレのばか!!

そう思った時には、もう、遅かった。
獄寺君は、ひどく悲しそうな顔をして、少し躊躇した後、口を開く。

「…すいません」

「…ごめ、ん…」

こっちが謝るべきだ。本当は…。
だって、オレ達、恋人同士なのに。
自分が悪いのは、分かっていた。だから、謝った。
でも、獄寺君の表情は変わらない。

「ー…オレ、10代目のこと、信じてます。好きだって、返してくれる言葉も、嘘じゃないって思ってます」

ですよね、と聞きなおされて、慌てて首を縦に振った。だけど、獄寺君は困ったように笑った。
そして、「でも」と言うが、躊躇って、また口を閉じる。


繋がれた手は、既に離されていて。
さっきまであった、獄寺君の温もりが恋しい。
でも、自分から繋ぐ勇気なんて、ない。


緩く、風が吹いた。
そより、と通り過ぎ去っただけなのに、頬を切りつけるような冷たさだった。


「どうしても10代目に、態度で示して欲しいんです」


オレのこと好きだって、分からせてください。
もう一度風が吹いた時、オレはポカンと獄寺君を見上げていた。


不安っス、と小さく呟いた言葉が、オレの頭の中で響いていた。ずっと。








眠れぬ夜は君のせい








だけどそもそも、態度で示すって、どうすればいいんだろう。
オレは獄寺君が本当に好きだし、好きだよ、って。返す言葉に嘘は無い。

でも、獄寺君を傷つけたんだ、ー…


もぞ、と布団の中で寝返りを打つが、眠れない。

明日、獄寺君に学校で会ったらどうしたらいい?
態度で示すって、もっと普通の恋人同士みたいに、ぎゅっとしたりちゅっとしたりした方がいい?
それともそれとも、それとも、えーと。


駄目だ。
考えられない。




そんなこんなで、眠りについたのは、明け方だった。






起きた途端、寝不足で気持ち悪くなった。
もそもそと、朝ごはんを食べて、家を出て。
学校へ向かう途中、獄寺君に会うかどうかが気になって、心臓がバクバクした。
だけど、それらしき人物は見当たらない。
というか、オレの視線はずっと、冷たい色をしたコンクリに向いていた。
獄寺君を見つけるのが、何となく恐かったから。

だけど、獄寺君には会わなかった。

どうせ学校で会うのだから、何処で会ったって同じなのだ。
もう学校にいるのかな、と、そうっと教室に入ると案の定、獄寺君を見つけた。
瞬間、目が合う。

パっと獄寺君の目が見開いたかと思うと、ドッカリ座っていた椅子から降りて、急いでこっちに寄ってきた。

「おはようございます!」

「お、おはようー…」

どうやって、どんな顔で、挨拶したらいいんだろう。
獄寺君の勢いに、そんな問題は吹き飛んでいた。

目をシパシパさせていると、獄寺君は、何かに気がついたように、オレを見た。
目のところ。目の…下?

ああ、目のクマかな…。オレも今朝、鏡を見て、少し驚いた。
そんなに大げさなものではないけれど、やはり少し目立つ。
大げさなクマなんかじゃない。だけど獄寺君は、血の気が引いていくみたいに、サーッとなった。


「…ね、寝てないんですか…」

「ー…寝たよー」

笑って答えた。けど、嘘だってことは、この顔が証明していた。
もっと、上手く嘘を吐けば良かった…。
宿題やってて、寝れなかったんだ。
あ、こっちの方が良かった…。って、昨日は宿題無かったんだった。
そんな事を思って、何か気の利いた事を言わなければ。考えていると、獄寺君が目の前で、バっと、頭を下げた。

「すみませんでした…!!」

「え、え?」

「昨日あんな事言って…!!10代目がオレの事、好きだって言ってくれただけでも、十分ありがたい事なのに…!贅沢言って、困らせて…っ、…なんであんな事言っちまったんだろうって、別れてから凄く、後悔しました…」

「獄寺君…」

本当に、本当に後悔してる。そういう顔を見せた後、獄寺君は、ヘラリと顔を緩めた。
オレは、獄寺君のこういう表情が好きだった。笑ってくれると、安心できた。

「だから、その…昨日言った事、忘れてください」

「−…え?」

スイマセン。獄寺君はもう一度頭を下げた。
顔を上げて、視線が合うとまた、ニカっとした。



10代目の側にいられるだけで、満足ですから。


そう言って笑った獄寺君に、オレは何も言えなかった。







それから獄寺君は変わらずに笑っていてくれてるし、特に変わったところはない。

ー前より、スキンシップが減った、という点を除いては。

何も変わらない。



いつも、オレが困れば助けてくれるし。−…解決手段が危ない時も、多々あるけれど。
最初、「あなたについていきます!」って言われた時はどうしようかと思ったし、何かと暴力的で問題を引き起こしたりしていたけれど。でも、オレは獄寺君に救われてきた。その、存在に、救われてた。

露骨な愛情表現にも、変わらず振りまいてくれる、笑顔にも。

今も、側で、笑ってくれてる。確かに。
笑ってくれる。

でも、やっぱり気に掛かった。

『オレのこと、好きだって、分からせてください』

態度で示して欲しい、という獄寺君の要望。



応えたい。
いつも、救われてばかりで、自分は何も、あげていないのだから。







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