望むなら。
地位も名誉も女でさえも、全ては手の中に。
しかし。
本当に欲しいものは、簡単に手が届かない場所にある。
どうしても、欲しい。
追い掛けるなんて、自分の性分でなくても。
‥‥
広々とした、司令部の一室。大量の書類を片付けていると、嫌でも頭に浮かんでくる。
一人の、少年の事が。
なかなか顔を出してはくれないくせをして、会えばいつもつれない態度。
そうしていつの間にか、立ち去ってしまうのだ。
いつも自分の頭を悩ます彼、エドワード・エルリック。
彼はそういう少年だ。
一人になると必ず漏らしてしまう溜め息に頭を抱えながら、書類に目を通していると、扉を叩く音がした。
ガチャ‥
許可を待たずして開かれた扉の向こうに居たのは。
エドワード・エルリック。
その人だった。
「大佐、久しぶり」
「…鋼の」
いたずらな笑みを浮かべているエドに、一瞬、間の抜けた顔をしてしまったんじゃないかと思う。
あまりにも突然に、あまりにも軽く現れるものだから。
「…久しぶりだね。何かこっちの方に用があったのかい?」
そうでも無ければ、わざわざ来たりはしないだろう。
そんな事は分かっていた。
自分で思って、虚しくなる。
エドにとって、いかに特別でないかを思い知らされてしまう。
「ああ、ちょっと調べものをね。でさ、司令部にちょっと居座りたいんだけど」
勿論、大佐であるロイが許可さえくれれば、ここに留まる事など安易い。
しかし、ロイは。
「…駄目だ」
「い、いいだろ!?長くて一週間くらいなんだから!」
「…私の家に来ないかい?」
「…はぁ?」
良く分からない事を言ったと思う。
大体にして、恋い焦がれるこの少年と一つ屋根の下で、自制が効くかも分からない。
「いや、でも…」
迷っているようなエドに、アルが嬉しそうに声をかける。
「兄さん、大佐の家だって!」
「あ、あぁ…」
行きたそうにしているアルを見て、エドは頷いた。
アルの事となるとどうしても、エドは甘い。
彼にだけは全てを許し、その望みを全て叶えてやりたくなるのだ。
「決まりだな」
いつも通りの笑みを浮かべると、ロイはまた仕事に取り掛かった。
‥
仕事も終わり、家へと案内する。
ロイの家を初めて見た二人は、目を釘ずけにされていた。
エドはあんぐりと口を開き、アルは呆然と見入っている。
「どうした?」
「…いや、大佐だけあってでかいと…」
目を丸くさせて素直な感想を言ってのけるエドが可愛い。
目を細めると、ロイは二人を室内へと促した。
中に入っても、やはり豪華な雰囲気は崩れないでいた。
エドとアル、各々一部屋ずつ案内される。
7時になったら下に降りてくるように命じられた。
馬鹿に広い部屋で一息つき、アルを誘って下へ降りると、数々の料理がテーブルに並んでいた。
「夕飯にしよう。かけたまえ」
いただきますを言うと、エドはガツガツと料理を口に放り込み始めた。
「大佐が作ったの?」
「どうだい?」
「普通」
確かに周りからも、「普通」だの「美味くも不味くもない」と言われる事が圧倒的に多かった。
「…明日からは出来合いの物にした方が良さそうだな」
わざと少し怒ったように言うと、エドは笑って訂正し出した。
「ウソウソ!美味いって!」
良く食べている所を見ると、不味くはないのだろう。しかし、美味くはないだろうと、自分でも思う。
「俺は結構好みだよ」
フォローなのか本音なのか分からないが、確かにこの少年は美味しそうに食べる。
その姿を見て、微笑ましく思った。
彼が居ると、その場の雰囲気がパっとする。
自分の欲目だけでなく、そうだと思う。
「‥‥で?俺に借り作って、大佐は何企んでんだ?」
「人聞きの悪い事を言う。別に何も企んでいないのだが」
企んではいないが、下心はある。
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