追いかけっこ・9
とりあえず一般書物を調べようと、梯子に手を掛けた。 「兄さん、どう?」 暫くすると、アルがひょいっと本棚の隙間から姿を見せた。 しかし、まだエドもアルも、重要な手掛かりになりそうな文献は見つかっていなかった。 エドが溜め息を吐くと、アルもそれが分かったらしく、また本棚に向かった。 窓から夕日が差し込んでくる。 もうそんな時刻か、と思っていると腹がグーと鳴った。 何か食べに出掛けようか、とも思ったが−。 「兄さん、こっちは全部終わったよ」 カシャ、と音をたてながらアルが寄ってくる。 …その姿を見て、思い直した。 「兄さん、ちょっと休憩しようか。何か買ってくる?それとも食べに行く?」 彼は食べる事を必要としないのに、兄を気遣っての、優しい言葉。 しかし、エドは軽く首を横に振った。 そして視線の先は、カウンター奥の本… あの本の中に、何かあるかもしれない。 自分達の求めている、情報の何か。 カタン、と椅子を立つと、カウンターの方に近寄る。どんよりとオーラを放つ本棚がハッキリと見え、ますます気になった。 「あそこらへんの本、全部見たいんだけど」 キョトンとしているカウンターの女性に、銀時計を見せようとポケットに手を突っ込んだ。 だがポケットには何も入っていない。 <…ちょっと待て> もう一回、ゴソゴソとポケットを調べてみる。 が、やはりない。 尻の方もペタペタと触り、ポケットの裏地を外に出してみるが、それでも。 「銀時計がない…!」 兄の声に気がついたアルが、本棚の隙間から姿を現した。 「兄さん?どうしたの?」 「どうしたっていうか…」 ドウシヨウ、とアルに聞くと首を傾げた。しかし、ベロンと裏地の出たポケットを見てアルは理解した。 「兄さん…まさか銀時計」 「ヤベー!ない!アル!探すの手伝ってくれ!」 ヤレヤレと、巨大な体を動かすと床に頭を近づけて、あたりを探し始めた。 エドもちょこまかと探す。だが一向に見つからない。 二人とも無言で溜息を吐いた。 ここに無いとすれば、此処に来るまでの道か、ロイの家である可能性が高い。 「仕方ねぇ…大佐の家まで戻って探してくるか…」 国家錬金術師の証である銀時計が無ければ、あの本棚の文章を読む事は許されないであろう。 だが一応、受付嬢に聞いてみた。 「…オレ、一応国家錬金術師なんだけど、あそこらへんの本…見せてもらえない?」 すると、いかにもマニュアル通りという感じに、受付嬢が返事をする。 「身分証の提示をお願いします」 ああ、やはり…。 しかしエドもとりあえず、状況を話してみる。 「身分の銀時計が無いんだけど…。ちょっと…落としたみたいで…」 いかにも怪しい。 特に高級そうな衣類を纏っているわけでもないし、非常に苛立つ点ではあるが、よく国家錬金術師だと名乗ると、周りの人々からは「このチビが!?」と言われる事も少なくなかった。 疑われる要素は満載だ。 案の定、受付嬢は怪訝な顔をした。 「…どなたかの推薦書などはお持ちですか?」 −持っていない。 だがエドは諦めない。 「や、持ってないけど…」 「申し訳ありませんが…」 澄ました表情で、形だけの謝罪をする受付嬢に、エドはまだ粘ってみせようとした。 しかし、受付嬢のあからさまな表情に、グっと自分を抑えた。 ここはロイの管轄内なのだ。もしここで、何か厄介が起きればロイに知れる。 笑い者にされるのがオチだ。 …仕方ない。ロイの家まで戻って探そうと覚悟を決めた。 「めんど…」 「…兄さん、司令部に行った方が早いんじゃない?」 めんどくさそうに頭を掻く兄に、アルが提案した。 この図書館からだと、ロイの家に戻るより、司令部へ行く方が断然早いのだ。 ロイに推薦してもらえれば、あの棚の本は全て目を通せるに違いない。 だが… 「銀時計がないまま、ウロチョロしたくねーよ」 あの銀時計は大切な、大切な物だ。 国家錬金術師の証。 中には戒めの言葉が刻まれている。 −自分が犯した、罪の証。 「…家には僕が行くよ。ちゃんと見つけるから、兄さんは司令部に行ってきてよ」 |