「−…泣いてるの、獄寺君…」

顔は見えないが、漠然とした何かが、ツナの心に伝わってきてしまって、−どうしようもなく、悲しくなった。
今だって。獄寺にぎゅうぎゅうに抱きしめられている。
かつてないほど密着して感じた獄寺の体温は、とても愛おしくて、愛おしくて、

(あの、獄寺君がー…)

他には滅多に睨んだ顔しか見せないくせに、ツナには緩みっぱなしの笑顔を向けてくる、あの、彼が。
ー泣いていたら、どうしたらいいだろう。
ツナがそうっと、獄寺の胸に顔を摺り寄せると、獄寺の胸の奥に、甘く、激しいものが込み上げてきた。
勢いに任せたままで、キスをすると、ツナは驚いたように目を見開き、その後、ギュウと瞼を瞑った。

「ん……っ!?」

軽い、キスではない。
全てを奪いつくされそうになる。そんなものだった。
獄寺の望みのままに、唇を与えていると、その内、彼の手が首筋に触れ、ネクタイを解こうとしたものだから、
ツナはぎょっとしてしまった。

(え、え!?)

これはいくらなんでも、無理だと思い、微かに獄寺の胸を押し返すと、獄寺は正気に戻ったようだった。
手を止め、唇を離すと、勢いよく、ツナの身体を自分から遠ざけた。
肩を掴み、バっと、押し返す。
そうして、一歩下がると、深く、深く、頭を下げた。

「−……すみません」
「い、いいんだ。それより、顔を上げてー…」

ツナのお願いも聞かずに、獄寺は頭を下げたまま、緩く、横に振った。
できません、と一言呟く彼の姿が痛々しくて、ツナは獄寺に触れて、頭を上げさせようとした。
一歩、彼に近づこうとするツナの気配を、獄寺はすぐに気がついた。

「……後から、行きます」
「…獄寺君も、教室、戻ろうよ」
「ー…すいません」

深くお辞儀をしたような彼の姿勢は、崩れない。

「…10代目。…この気持ちは忘れますが、貴方の慈悲深い心遣いは、絶対に忘れません。
これからも一生、貴方の為だけに生きます」
「そんな………」

ツナが困っている様子が、まるで見えているかのように分かる。
どれだけ、この人を困らせているのだろうかと考えると、胸が痛くなるが、
ここでツナが自分に近寄ってきたりしたら、更に困らせることになるだろう。
それは、容易に想像がついた。
必死に抑えている心が爆発しない内に、此処から去って欲しい。
そしてこんなに情けない顔を、惨めな自分を、振り返ってほしくはない。
ツナにだけは、見られたく、ないー

「……ありがとう、獄寺君。……………ごめん」

きゅっと、上履きと、床の擦れた音がした。
ツナが、扉に向かって、ゆっくりと歩いているのを、この目で見ているわけではないが。感じていた。
行ってしまうことを、感じていた。
カチャっと、扉の音がする。此処を出た、次の瞬間から、もう元に戻るー

獄寺は、何度か、顔を上げてしまいそうになった。
しかし、それに堪えて、堪えて、床ばかり見ていた。

扉の閉まった音は、容赦なく、部屋の中に、獄寺の心に、響いた。
ー幕が閉じた。
床に水滴が、ボタボタと落ちていく。こんなに泣いたのは、始めてだ。
力を失ったかのようにしゃがみこみ、掻き毟るように、髪に手を入れ、暫くその場で、嗚咽を堪えていた。

終わって、しまった。
















獄寺は、中々教室に戻ってこなかった。ツナはソワソワと、教室の扉に視線を送っていたが、
ついに1時間目の授業が始まってしまった。
授業中でも、遠慮なしに、ズカズカと入ってくることもある獄寺だから、もしかしたら今にも入ってくるかもしれない。
そういう期待を胸にして、ツナはいつもより更に授業そっちのけであった。
しかし、獄寺が教室に入ってくることはない。

(−………獄寺、君…)

何だか、心配になってきてしまった。
あの時、やはり自分と一緒に、連れ戻してくれば良かったのかもしれない、と。
しかし、「行ってください」と言う獄寺の言葉が、あまりにも真剣で、切実に望んでいることが分かったので、
無理矢理連れて行くわけには、行かなかったのだ。

自分一人で、図書室を出た時の、あの苦しさ。
表現できないほどに、心が、痛かった。
何度、図書室を振り返り、獄寺の許に駆けつけようと思ったか分からない。
ぼんやりと教科書を見て、獄寺君がよく、勉強を教えてくれたなあ、などと思ってしまい、どうにも悲しくなってしまう。
獄寺が今、どうしているのか不安で、心配で、ああ、そして自分は、

寂しい、のだ。


身勝手だと、思う。
受け入れられないのに、側にいてくれないと、寂しいなんて。

(……自分勝手……)

心の中でもう一度繰り返す。
すると丁度、1時間目のチャイム終了の音が鳴った。
漸く、チャイムが鳴った!獄寺を探しに行こうと、席を立った、その瞬間だった。
黒板横の扉から、獄寺が教室に、入ってきた。








獄寺切ない…



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