思わず目を見開き、獄寺の許に駆け寄ろうと思ったが、それはいかがなものなのかと、自分の心が、足を止めた。
探しに行こうと、思っていた程だったのに。
仮にもさっき、告白された相手に、話しかけられるというのは、彼にとって、良いことなのか、それとも。
ーそれとも、傷つけてしまうだけなのだろうか。
ツナは、足を動かさずに、視線だけ、獄寺を見ている。
視線がぶつかると、獄寺の顔は、いつもと何の変化も見せなかった。

(え?ー…)

ニカっと笑顔を作ると、すぐにツナの許に寄ってきた。

「獄寺君……、ちょっと心配しちゃったよ」
「すいません。数学、得意じゃないんでさぼったんスよ」
「−………そ、なんだ」

一つも、崩さない笑顔。いつもと、全く変わらない。まるで、さっきまでのことが、夢のようであった。
けれど、数学。

(うそ……)

一見、不良のように見える獄寺だが、いざ、テストや、教師が彼に当てようものなら、その実力を発揮する。
平均して、全ての科目をこなす獄寺だが、中でも数学は得意だったはずだ。
中学の頃、リボーンが教師になりすまして、学校に来たことがあった。
あの時の、自分では到底理解不能な、難しい数学の問題を、彼は言い当てた。

(数学、得意じゃないか、獄寺君……)

あのまま、図書室で、どうしていたのか。
数学が苦手だったから、さぼったなんて、嘘までついて。
傷ついたことを、自分に隠していたいのか。
そして彼のことだから、それはきっと、自分の為になのだ。
あの告白の全てを、無かったことにするつもりだ。
図書室で、深々と頭を下げた、あの、切ない姿を、ツナの頭の中から、忘れさせようとしているのだろう。
ツナが、気にしてしまうから。ツナが、傷ついてしまうから。
その為には、今、告白から失恋までを思い出させる、ありとあらゆるものを、ツナに感じ取らせてはならなかった。
欠片も、崩してはならなかった。

ーツナが、傷ついてしまうから。

(獄寺君の方が、よっぽど、傷ついてるじゃないか……っ)

堪らなかった。
いつもよりもたくさんの笑みを出そうとする、彼の横顔が、痛々しかった。
笑顔は、つくりものであって、その心は、どれだけの傷に耐えているのかと思うと、
ツナは、堪らなかった。
だが、ここで何かを言えば、彼の努力は全て無駄になる。
気がつかない振りをして、時を過ごすのが、一番いいのだ。
それがきっと、獄寺の傷には一番効くはずだ。

「次、国語っすね」
「うんー…。あ!一人ずつ、好きな本、持ってくるんだっけ。すっかり忘れてた…!図書…」

図書室から、適当に持ってこようかな。
その言葉は、ツナの口から出ることはなかった。
『図書室』はタブーだ。さっきのことを、思い起こさせるに十分な単語だ。
そうっと、獄寺の顔を見るが、彼は何も気にしていないように、笑った。

「図書室、行きますか?」
「あ、−……いや、……そう、だね…図書、…ー……」
「……10代目…?」

ツナは、止まってしまった。
あまりにも、獄寺が、笑顔で接するものだから、ツナは、どうしたらいいのか分からなかった。
獄寺の笑顔を見るだけで、胸が、痛くなる。
この笑顔の下が、見えてしまっているようで。

「−…………っ」

ぐるんと獄寺に背を向ける。泣き出してしまいそうで、獄寺に顔を向けられない。
気にした獄寺が、背後から呼びかけるのが聞こえた。
その声が優しくて、また、一層涙が溢れてしまいそうになる。
どうしようもなくて、ツナは駆け出した。

「10代目!?」

教室を抜け出し、階段を上っていく。
何処へ行こうかなんて考えていないものだから、とにかく、階段を上っていく。
後ろからも、ダカダカという音が聞こえる。獄寺が追ってきているようだった。

(−……無駄にした…っ獄寺君が、あんなにー…!)

自分が無駄にしてしまった。
だが、仕方なかった。本当に、堪らなかったのだ。
獄寺の、いつもと変わらぬ笑顔も、態度も、優しい声も、何もかも。
自分の為のものだと、痛いくらいに感じてしまったのだから。






とうとう、頂上まで来てしまった。
扉を開け、今にも飛び越えてしまいそうな勢いで、柵に向かう。
涙を流す。獄寺が来てしまうと思ったが、止まらなかった。
せめて、見られたくなくて、柵を握っている手に顔をぴたりと張りつけ、顔を隠した。

「10代目」

獄寺の声が聞こえると、心臓が跳ね上がってしまった。
相変わらず、優しい声。
いつも優しいが、さっきから、ことさらに、強くそう感じていた。
それを思っても、胸が痛む。

「……どう、されたんですか?」

獄寺の問いかけにも、ただただ、頭を振ることしか出来ない。
どうしたらいいのか、分からなかった。
何と、答えていいのか。
しかし、やはり獄寺には分かったようで、少し困ったような顔をすると、ツナの隣まで来た。








獄寺必死に頑張っております。
やっぱり獄寺って、ツナの為なら凄い頑張っちゃう人だと思う…





NEXT→

←BACK

小説へ戻る