「−…キス、って。オレ…したこと、ない、けど…」

上手にできないよ。
そう言った。か細い声と、不安げな瞳で獄寺を見つめたツナは恐がっているようで、
しかし、大切な者に、自分の何かをあげるのを躊躇わない芯の強さを、瞳の奥に秘めていた。
これだから、堪らない。
彼こそが、自分の一生を賭ける人物だ。
どんなことが起こったとしても、変わりはしない。
一番確かで、一番強烈な想いは、受け入れてもらえないことを知っている。

「…しても、構わないっスか?」
「ー…、…うん。」

一息吐いたかと思うと、決心したように、ゆっくりと静かに、瞼を閉じる。
その光景の、美しいこと。
瞳を閉じて、自分の口付けを待っているツナの姿なんて、もう、見られない。
しっかりと、瞳に焼き付け記憶させるが、−……どんなに映しても、まだ足りない。

「……獄寺、くん?」

どんなに覚悟しても、己の唇に何かが当たる気配がないものだから、
ツナは耐え兼ねて、名を呼んだ。

「ーす、すみません…」

漸く獄寺は、愛しい少年の頬に、手を添えた。
ピクン、と僅かにツナの身体が動いたが、何も言わずに、待っている。
覚悟をしているのだ。彼は。
自分に与える、覚悟をしているのだ。

自分とツナの間。
互いの「好き」の間に、どんなに深い溝があることか、容易に想像できる。
しかし、どれほど意味が違おうと、ツナは自分に、「くれる」のだ。
意味の違いも超えて、ただただ好きな者に、与えてくれるのだ。

それを思うだけで、獄寺は堪らなくなった。
本当に、堪らなく、堪らなく、ツナが好きだった。
ひっそりと唇を開くと、声は出さずに、ただ、それを動かした。

『好きです。………一生、愛しています。貴方、だけ』

柔らかなツナの頬から、輪郭のラインを優しく撫でると、ツナがくすぐったそうに、笑った。
少し肩を縮めながら、口許を上げている。
もしも、もしも自分の告白を聞いて、こんな風に笑ってくれたなら、どんなに幸せだったか分からない。
異様なまでに欲した人を、もしも、好きだと、愛しているという言葉で、自分が微笑ませられたなら。

(−…一生、有り得ねぇことだ…)

心の中で呟くと、ツナの後頭部ー首の付け根に手を回し、ふんわりとした髪の毛の中に、指を潜り込ませた。
一気に顔を近づけると、柔らかな唇に、触れた。

「−…………っ」

ビクリとして、一瞬、ツナの身体が自分から遠ざかろうとした。
しかし、それは許さなかった。
もうこの時しかないのだから、お願いだから。
今だけは。

「……、ぅ、ん…ん、!」

合わさるだけの口付けから、次第に深く、貪っていくと、ツナの身体は
カタカタ、カタカタ、と震え出した。
獄寺は、ツナを離さなかった。
ああ、ごめんなさい、すいません、恐がらせて。こんなこと、してしまって、
ーそんな事を思わないわけじゃなかった。
ただ、それより、必死に「今」だけの、「自分」だけのツナを味わうのに、夢中だった。
今しか、なかった。

もっと身体を密着させ、もっと唇を深く深く合わせ、それでもまだ足りなくて、
何度も何度も、角度を変えてはツナの舌を絡め、吸って。
どちらのものとも分からない唾液は、その内、唇からツウと零れ出した。

「ん、う…!ー…っは…、…っや…っ!」

ぎゅうっと目を瞑り、顔を真っ赤にしているツナは、何度も夢で見たものより、更に、更に、
可愛らしいものだったし、
自分の腕の中で、肩を縮めているツナは、何度も想像したものより、更に、更に、
愛おしい。
愛したい。もっと、もっと。
これっぽっちじゃ、まだ何も、何も伝えられない。
どうして、自分のものにならないのだろう。
どうして、自分のもにしてはいけないのだろう。

「ゃ、……っ、んんっ!?」

ツナが離して欲しい、と訴えている。
離してあげなくては、そう思うのに、どうして、どうしてまた、ツナの唇を貪ってしまっているのだろう。
一瞬、理性を取り戻して、手を引こうとしてみても、次の瞬間には、嫌だ、嫌だ、と心が叫んでしまっていた。
ツナから離れようとすると、心が真っ二つに、切り裂かれるように、痛くて痛くて、どうしようもなかった。
離したらもう二度と、こんな風にして触れることはないのだから。
一生、こんなキスを交わすことは、ない。

苦しそうに眉を寄せ、相変わらずぎゅうっと瞳を閉じている。
早く、離れたいだろうに。
静かに、瞼を閉じるとツナの唇を解放した。
ツナは苦しそうに、酸素を求め、大きく息を吐き出した。
これで、最後だ。

ぎゅうっとツナを、有りっ丈の力で、自分の胸に閉じ込めた。
ここから先、一生愛する人は、一生自分の手に入らないのだ。

(−…最後………!)

そうっと、ツナの首筋に唇を寄せると、またしてもツナは、身体を震わせた。
何度も恐がらせてしまっている。
けれど、これで、最後ー………。
まだ離せずにいると、ツナの腕がおずおずと、獄寺の背中に回ってきた。
抱きしめ返している。

「………ごめんね」

掠れた声で、獄寺の胸の中、ポツリと呟いた。
こんな、悲しい声を出させているのだ。自分がー…、一番大切な、ツナに。
獄寺は泣きそうになった。
涙が零れてしまいそうになった。
こんな悲しい声をして。小さい手で、背中を撫でて。
愛おしい。それは増すばかりだ。
振られている、この時でさえ。
どこまでも、惹かれてやまない彼を、離さなくてはならない。







ツナからお許しが出て 犬 がっついてきおった…!(ヒィィ…!)


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