薄暗く、膨大な厚みのある、難しそうな本棚が並んでいる空間。 それは、二人の間の重々しい空気を増長させた。 向き合っているにも関わらず、ツナは獄寺を見ようとはしない。 何処に意識をやればいいのか、考えているようだった。 獄寺がツナを、静かに呼ぶと、漸くツナは獄寺を見た。 不安に揺れる瞳に、己の姿を映されて、獄寺の心はツキリと痛んだ。 バっと腰から上を折り、ツナの前で深々と頭を下げる。 「−…すいませんでした…っ」 「え、ええ…!獄寺君、ちょっと…っ」 「昨日は、本当に、オレ…どうかしていて…!」 「い、いいよ!うわ、何しようとしてんの!」 頭を下げている獄寺が、更に地面に頭を付けようとした。 土下座をしようとした彼を、ツナが慌てて止める。 「すいません」 また謝罪の言葉を差し出され、ツナは力なく、「いいよ」と答えた。 しかし、獄寺はまだ、頭を上げずに言葉を続ける。 「でも、全部事実です」 「え…、」 「貴方を想いすぎているのも、−…愛しているのも」 ツナがポカリと、唇を開けているが、獄寺はまだ、恐ろしくて顔を上げられないでいる。 今、ツナの顔を見れない。 またあの、不安に揺れる瞳を見てしまったら。嫌悪感の溢れる表情をされたら。 それを思うと、恐かった。 「…好きです。おかしいくらい、焦がれてる」 本特有の匂いのするこの部屋の、床しか、見えない。 ツナは今、どんな顔をしているだろう。 「だけど、もう絶対に言いません。今までどおり、です。 これからも右腕として、ー…それ以上のことはしないと、誓います」 こんなにも確かで、激しい感情は他にない。 だが、ツナが望むのならば、胸の奥に、閉まっておく。 彼が、望むのならば。 「−…獄寺君、顔、…上げて」 「−……」 中々、折れた腰を元通りにしない獄寺に、ツナは一つ息を吐き出し、 獄寺の顔を覗きこめるよう、しゃがみ込んだ。 ツナは、どうしようもなかったのだ。 獄寺がこうして、地面に顔を向けることも、自分に「すいません」と、何度も何度も言うことなんて、 何もないのに。それなのに。 「………っ!」 そうっと獄寺の方に手を伸ばそうとすると、驚いたように、漸く獄寺は顔を上げた。 ツナも、立ち上がる。 ツナの表情は、決して、嫌悪に溢れたものなんかではなかった。 穏やかであった。しかし、申し訳無さそうな、切なそうにしながら、眉を寄せていた。 「ー…これからも、貴方の望むような関係でいます、から…」 「−…うん。ありがとう」 「もう逃げないでください」 「…ごめんね」 ツナから出た謝りの言葉に、獄寺は焦って、「自分の方こそ」と、またもや謝罪の言葉を口にしようとした。 しかし、それを止めたのはツナの手だった。 一瞬だけ、獄寺の口が、それで塞がれた。ツナは緩く首を横に振ると、切なそうに、やんわりと微笑んだ。 ツナは泣きそうだった。大粒の涙が、今にも瞳から、零れ落ちそうだった。 ゆっくりと、睫毛が伏せられ、やがて獄寺の姿を映さなくなった。 「獄寺君が、謝ることなんて、何もない。…獄寺君はいつもオレを、助けてくれようとしてんのに」 少し、声が震えている。 肩も、ほんの少し、ー…小刻みに、震えている。 獄寺が、優しく肩に触れ、宥めるように肩から腕を撫でると、ツナは一端、言葉を止めた。 そうっと、己の腕に触れられている獄寺の大きな手に、自分の手を重ねる。 愛しい者に触れるように、大切に触れた。 ー愛しい。大切。好き。その中で、恋愛感情と、そうでない感情。どうしても、二つに別れてしまう。 「恋愛の意味を持つ好き」を捧げる相手が、「そうでない感情の好き」を捧げる相手より、 必ずしも優先されるものではないし、大切にされるものでもない。 それは、分かっている。 けれど、「できない」。 「できない」ことが、多い。 自分は獄寺の気持ちに、応えられない。 ああ、どうして、自分は男だっただろう。 どうして、彼を好きにならなかったのだろう。 此処で、自分も愛してると告げて、獄寺の笑顔が見られれば、きっと素晴らしいことなのに、 それなのに、どうして、彼を好きにならなかったのだろう。 恋愛として、好きになりたかった。 「ー……獄寺君のこと、そういう意味で好きになってれば良かったのに…」 「……10代目…」 「オレは獄寺君に何もできなくて、ごめんー……っ」 ツナの瞳から、零れ落ちる涙を、獄寺が指で拭う。 「…ごめん。応えられなくて…」 「いいんスよ、そんなの」 涙で濡れた瞳を向けられ、獄寺は微笑んだ。 獄寺の胸に、頭を預けると、獄寺は優しく、ツナの身体を受け止めた。 髪を撫でられるのが気持ちよくて、ツナはついつい、目を瞑ってしまう。 (−…泣かせちまった…) 大事な、大事な、何よりも大事な存在であるツナを、自分のことで、泣かせてしまった。 申し訳ない、情けない、という気持ちもある。が、己のことで泣いてくれたツナが、 この期に及んでもまだ、愛しくて愛しくて、抱きしめたくて、触れたくて、仕方がなかった。 この期に及んでもまだ 捨てきれない熱ー…。 ぎゅっと抱きしめても、ツナは拒まない。 飢えていたかのように、精一杯の力で抱きしめると、ツナの身体が僅かに動いた。 きっと、きっと恐いのだと思う。 あんな熱烈な告白をした男ー…それも、いつも一緒にした奴ー…に、抱かれているのだから。 「一つだけ、我儘…聞いてもらえますか」 「うん。いいよ」 あっさりとツナはOKを出した。 想いに応えられないのなら、何か出来る事をー、と、思っているのだろう。 自分の胸から、ツナを離すと、真っ直ぐにその瞳を見た。 「一回、だけ。」 ツナの唇を、そうっと指でなぞると、それだけで、内から猛烈な熱が身体中を駆け巡った。 「一回だけ、キスさせてください」 「えー…、え!?」 「そうしたら、全て忘れます」 嘘だった。 全て忘れるなど、出来るはずがない。 しかし、こうでも言わないと、ツナは自分を疑って、また逃げてしまうかもしれない。 今度こそ、側に居られなくなるかもしれない。 ツナは黙ってしまった。 やはり言うべきことではなかったか、と後悔しかけた。 そう。本当は、此処で何もせずに、ツナを離すべきだった。 しかし、これから絶対に結ばれない相手と、一生を過ごすのだ。 せめて、思い出が欲しい。 これから一生、ツナが本気で愛した相手と、愛を育んでいくのを見ても、立っていられるくらいの 思い出が、欲しい。 |
獄寺オトメみたい