陽が昇り、辺りが明るくなれば、全て忘れなければならないものが、何ひとつとして忘れられていない事を
全て照らしだされそうな気がして、獄寺は窓から背を向けた。
相変わらず、清々しい空気に、昼頃になれば真っ青に染まるであろう空が、憎たらしい。
相変わらず、だ。全て、全て、何も変わってはいない。何も変わっていないのだから、
どうせなら、数日の時を戻してくれても支障はないんじゃないか、と、何とも稚拙な考えが獄寺の頭に浮かんできた。
空の色も、空気も、一つだってー、自分の気持ちすら変わっていないのに、ツナとの関係だけが変わってしまった。

時間が、戻って、あの告白は無かったことになればいいのに。
そう思うのも仕方がなかった。
ツナが、小さい肩を更に小さく縮めて、まるで小動物のようになっているのだから。

「ー……あ、−先、行きましょうか?」
「え、!なんで…?」
「いや、だって10代目ー…」


それ以上、口に出来なかった。
自分で言うには悲しすぎて、どうしても口に出せなかったのだ。
オレが居たら、居心地悪いですよね、なんてー言えない。
獄寺が何を言おうとしているのかを理解したらしいツナは、肩を下ろし、なるたけ自然になるよう、振舞っているようだった。
それが逆に、獄寺には申し訳なくて、堪らなかった。

「…あの、獄寺君。ー…オレを気にしてくれてるんだよ、ね」
「−……居心地が、悪いんじゃないかと思って」


ぽつりと言葉を漏らすと、ツナは勢いよく獄寺の方に顔を向けた。
それから何かを口にしようとしたが、唇をぽっかりと開けたまま、視線を下に向けると、獄寺から顔を背けた。
ツナは心の中で、随分とショックを受けていた。そして、自分の態度を反省した。
獄寺に言われた言葉が嫌で、獄寺と居たくないだとか、そういう事を思っているわけではなかった。
そうではなく、ただ、どういう風な接し方が、獄寺にとって一番良いのだろうかと、それが分からないでいたのだ。
それで口数は減ってしまったし、−そして緊張していたものだから、肩も丸く縮めてしまっていた。

「…そんなー…。違うよ、そうじゃなくてただ…、−…ごめん」

でも、ほんとに違うんだ。
それだけ言うと、上手く言葉に出来ないツナはしゅん…と顔を俯かせてしまった。
獄寺はそれに気がつき、少し微笑んで見せた。
するとツナは、チラリと下から、獄寺に視線をやった。
それに、未練がましくも胸を鳴らせてしまった獄寺だったが、さも何も感じていないような表情をつくった。

「……今までみたいに接して、いいの?」
「10代目が許してくださるなら」

それを告げると、ツナの表情が一気に和らいだ。
ツナも、自分との関係が崩れるのを怖がっていてくれたのかと思うと、嬉しくてーそして、やはり、この人が好きなのだと、
改めて感じてしまった。

(馬鹿か……)

忘れなくてはいけないというのに、その正反対である。
しかし、自分に言い聞かせる。
大丈夫だ、きっとまた、前のような関係に戻れるーと。
後は自分がいかに一生、理性を持って行動できるかであった。

叶う望みがない恋と知っているのだ。せめて、一番近くの存在で居たかった。
ツナがいつでも頼れるように、いつでも、安心できる場所であるように、と。
それを願うしかなかった。

「ーたっ」

バシっと頭を叩かれたツナは、後頭部を摩りながら後ろを振り向く。
着崩した制服に、真っ黒な髪。その姿を見ると、ツナはたちまち、笑顔を向けた。

「持田先輩。おはようございます」
「…沢田の側に寄るといつも睨まれるな」
「は、あ?」

ひょいっと、獄寺の方に視線を向けたツナは、ぎょっとした。
獄寺が恐ろしい形相で、持田を見ていたからだ。
ボンゴレの10代目が軽くでも殴られたというのが気に食わないのだろうか。

「10代目に何しやがんだてめー」
「うわわわわ、獄寺君、そんな怒ることじゃないから、平気だから!ね」

今にも持田に掴み掛かりそうな勢いの獄寺を抑え、何とか落ち着かせると、持田はヤレヤレと言った具合に
溜め息を吐いた。だるそうに首の辺りを摩ると、持田は一人で先に歩いて行ってしまった。
ぼんやりと背中を見ているが、ガヤガヤとしている、制服姿に紛れ込んで見えなくなる。

「−…10代目」

獄寺の声で、ハっと我に帰った。
慌てて獄寺を見上げると、ツナは息を呑んだ。
獄寺の横顔が、悔しそうな、悲しそうなものだったからだ。
ドクン、と心臓が鳴り、何か傷つけてしまっただろうかと考えていると、獄寺が静かに口を開いた。

「あいつに告白されたら、どうしますか?」

一瞬、頭が真っ白になった。あいつー。あいつとは、さっきまで此処に居た、持田のことだろう。
持田に、告白ー…?
ツナは何を言い出すのだろうかと、驚きで暫く口をぽっかり開けたままにしていた。

「−……は…?」
「あいつが、貴方に告白したらー…受け入れますか?」

ツナは理解した。
獄寺はつまり、何かを勘違いしているのだ。嫉妬しているのだ。
さっきまで、あんなに穏やかに時間が流れていたのにー。
やっぱり無かったことになんか出来ない。今までのような関係のようになっても、今までと全く同じではない。
ふとした瞬間に、空気は壊れてしまうのだから。
自分は、獄寺の告白を聞いてしまったのだから。

獄寺はそういう風に、自分を好きでいてくれている。
けれど、自分はそうではない。ツナは戸惑った。

唐突に、今、こうして獄寺の隣に居るのは、いけないことのように感じた。強く、そう感じた。

ツナが言葉を出せないでいると、獄寺は慌てて、頭を下げた。

「す、すいません…!こんなこと、言うつもりじゃなかったんスけど…」
「う、うん…」
「…もう、言いません、から」
「……うん」

獄寺の顔を見ずに、ただ、頷いた。
ツナは恐ろしかった。獄寺に応えることのできない自分が、いつ獄寺を傷つけるのか。
それが恐かった。側にいることは、彼に甘えることになってはいないだろうか。
彼が側に居て欲しいと言ってくれても、それはー、それは結局、獄寺を傷つけることになるのではないだろうか。
獄寺の想いに、応えてやれないのだから。

(いずれは、オレも他の子に、恋するんだ…)

その時、もしもーもしもまだ、獄寺が自分を想ってくれていたなら。
そして鈍い自分は気がつかないだろうし、気づいたところでどうしようもない。
獄寺も、自分に気を遣わせまいとするに違いない。
けれど獄寺は、吹っ切れるのが早いとも言っていた。嘘か誠か分からないが、もしそうなら、どんなにいいだろう。
また、友達に戻れる日が来るのだから。

学校に着くまで、ツナは一度として、獄寺を見ることはなかった。











グレーのセーターと、黒のスラックスに身を包んだ白髪交じりの教師が、ぼそ、ぼそと黒板に白い文字を書きながら
説明する。教師の声など耳に入らない。
黒板に並んだ文字も見ずに、獄寺が視線を送ったのは斜め横の、ツナだった。
ー嫌な事を言ってしまった。それは獄寺も自覚していた。

ー『…10代目。…この気持ちは忘れますが、貴方の慈悲深い心遣いは、絶対に忘れません。
これからも一生、貴方の為だけに生きます』ー


昨日、確かにツナに言った言葉。
彼の為だけに生きる。この気持ちは、忘れてー。
それなのに、ツナの為になっていない。彼を。困らせた。
さっきの事を、ツナは理解しているのだと思う。持田がツナに告白をしたら、受け入れるのかなどと言ってしまったこと。
ヤキモチを妬いたのだ。瞳に映した瞬間から、ツナが笑顔を出したあの男に。
ぼうっと持田の背中を見つめていたことに。
それを、きっとツナは重たく感じただろう。困らせただろう。

ーちっとも、我慢できていない。
これからは自分を抑え、もっと理性を持って行動していかなければならないのに、
持田がツナの側に現れた時、自分をちゃんと抑えられるのか、不安だった。

これ以上、距離を縮められたら、二人を引き裂いてしまうかもしれない。









なんかこう、イチャイチャさせて、あげたいですナァ…



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