醜く小さな自分の心に、情けなくなる。ああ、いけない、いけないー。
こんなことを考えているようでは、いけない。
頭では分かっているのに、心がついていかない。
獄寺は、不安になる。ツナの側にいる資格があるのかと。

(−…側に居たい)

もし、近くにいられる資格や権利がなくとも、どうしても。
そう思ってしまう。
惨めな自分を情けなく思いながら、それでも求めることを止められない。
そうしてまた、自己嫌悪ー。
ぎゅっと、爪がめり込むほどに強く強く、拳を丸めると、獄寺は硬く唇を結んだ。



授業を終えるチャイムが鳴り響くと、途端にツナは体を強張らせた。
いつもなら、やっと終わったとホっと一息吐くところなのに、今日はそうではない。
休み時間は獄寺と接する時間だ。昨日の告白を受けてまだ間もない。
ツナはまだまだ、慣れてはいなかった。この、元通りなようで、元通りではない関係に、まだまだ違和感を覚えていた。
それに、胸に渦巻いている疑問。
獄寺の側に居ても、いいものなのかー。甘えることに、ならないのか。
それを考えると、心が締め付けられ、ズシリと重たくなった。
いくつもの大きな重りが、一気にのしかかってくる。まいったものだ。
自分から獄寺の席に出向く気にはなれなくて、ツナは自分の席で体を硬直させていた。

「−10代目」

聞き慣れた声に、ギクリと体を揺らし、見上げればやはりそれは、獄寺であった。
引きつった笑みを浮かべてしまってから、ツナはシマッタと思った。
上手く、笑えなかったと、失敗したとー。

「あー、今日の日直。これ、図書室に運んどいて」

面倒そうに教師はチョークを落とす為、セーターをポンポン、と叩きながら言った。
誰が日直かも良く分かってはいないらしく、視線は適当なところを見ていた。
ツナがハっと顔を教師の方に向けると、教師も漸くツナがそうだということが分かったらしく、「これ」と
今度は本の山を軽く叩いた。
そのままのこのこと、教室を出て行く。ツナは一つ、溜め息を吐き、重そうな本の山に向かって歩き出した。
すると、獄寺も着いてきた。

「オレも手伝いますよ」

ギクリ、とした。行き先は図書室で、休み時間ー図書室はきっと誰もいないのだろうから。
こんなに変に意識してしまうのはおかしい。
けれど、意識するなという方がおかしい。
獄寺はあんなにも、自分を好きでいてくれているのだから。それを今朝また、改めて分からせてくれたのだから。


『あいつが、貴方に告白したらー…受け入れますか?』


その言葉は、真剣そのものだった。
だからツナは、その後獄寺を見れずにいたのだ。
例えば、誰かー自分なんかに告白する人間が、これから現れるのかも怪しいが、
それでも、もしも自分を好いてくれる人間の好意を受け入れたら、その時、獄寺はー。

(…なんて、そんなにいつまでも、オレのこと、好きじゃないか…)

重たい本の山を持ち上げると、獄寺も山を持った。
更にツナの本の山の大半も、獄寺は自分の山に乗せた。

「…平気だよ、獄寺君。オレ、持てるから」
「−いえ」

いつもそうして、自分の荷物を一緒になって背負おうとしてくれる。
獄寺は暴走しがちで、確かに困ることも多かったけれど、彼がいることで、どれだけ救われたかも分からない。
ダメツナと呼ばれて、友達の一人も居なかった自分に、初めて出来た、友達だった。
初めてー。

「…ありがと」

こんなに自分を好きでいてくれる人はきっと、最初で最後。












図書室の中に入れば、昨日と何も変わっていない本棚に、机にー。
存在している人間も、獄寺と、ツナだけで。
果たして獄寺は、この部屋に入って平気なのだろうかと、ツナは気になって仕方なかった。
辛くはないだろうか。
一端、本の山を机に下ろすと、光の中で埃が見えた。
さっさと戻してしまおうと、二人は黙々と本を戻し始めた。
一冊、二冊と少なくなっていくが、最後の一冊、紺色のカバー。
「昔話の始まりと歴史」と書いてあった。下に降ってある番号の棚を探し出し、見つけたが、ツナの身長では届かない。
台を持ってこようとした時、獄寺がそれに気がつき、ツナの本に手を伸ばした。

「オレ、やりますから」

本に触れた。ツナの手に、獄寺の手が、触れた。
ビクンと過剰に反応し、ツナは手を引っ込めたものだから、本は容赦なく、床に落とされた。
バサッ…
静かな室内には響き渡り、とんでもないことをしてしまったような、それを告げるような音だった。
獄寺もツナも、拾おうとはしなかった。
何も話せずに、互いに見つめあい、ツナは自分でも驚いているかのように、目を見開いていた。
すぐにその表情は悲しみに変わり、ツナは眉を寄せた。
獄寺はただ、うっすらと、どこか悲しげに微笑んでいた。

「…ごめ、ごめん…」
「−いえ」

穏やかに答えた声が、微笑んでいるはずの瞳があまりにも悲しくて、ツナは獄寺から目を背けた。
床に落ちた本を見つめ、ツナは知った。
ただ自分の存在は、獄寺を苦しめるだけになっているのではないかということ。
傷をつけることしかできずに。それしか、できずにー。


今に、とんでもない傷を負わせる。その前にー


「獄寺君、やっぱりちょっと、離れよう」
「−……え?」
「オレ達、元に戻れない。きっと、戻れない。離れよう」

面と向かって、言う勇気はない。
本に言っているかのように、ツナは下を向いたまま、そこを見つめていた。
心の中で、ごめん、ごめんと謝りながらー。
言いたくはない。こんな言葉。言いたい訳がない。
それでも、これは必要な言葉だった。
離れなければならない。こんな中途半端なまま、獄寺の側にいたら、傷つくのは獄寺だ。
一回、終わらせる必要があった。
そうして時が経って、獄寺に彼女も出来て、完全に自分のことなど、どうでもよくなった時ー。
その時こそ、また元に戻れるのだろう。

今は、獄寺を傷つけることしか、できそうにない。





ツナはツナで、獄寺のことが物凄く大切。





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