でも私には、さっきしたアキラ君との約束がある。
ウカツに返事ができない。
緒方先生、今日はあまり話しかけないでクダサイ…!
そういう気持ちを込めて、少し緒方先生と距離を取ろうとした。
でも私が移動すると、緒方先生もまた、距離を縮める。
だから私も、何だか後ずさりしてしまう。
ズリズリと畳の上を下がっていく私に、緒方先生は眉を顰めた。
「…何故逃げるんだ?」
緒方先生が、何かコワイー!!
どうしよう…
アキラ君、早く帰ってきて欲しい…
というか、緒方先生と二人きりで、一言も話さないなんて無理だよ〜!!
絶対、おかしいって思われてる・・・
緒方先生が近づくたび、私はビクっと肩を揺らしてしまう。
違う部屋に逃げようかと思った瞬間、カラ、と障子が開かれた。
「・・・緒方さん」
冷ややかな目をして、アキラ君が障子をぴしゃりと閉めた。
目だけじゃ、ない。
声だけで聞いても、かなり怒っている。
私にも、そしてきっと緒方先生にも、それはわかった。
「ボクは本当に大丈夫ですから。帰ってください」
冷徹な顔のままストレートに帰れというアキラ君に、私はギョっとしてしまった。
「ア、アキラ君!」
でも、アキラ君は緒方先生を睨んだまま視線を外さない。
「、と…そればかりだな」
緒方先生は特有の、口元を少し上げただけの笑い方をした。
…?え…
緒方先生の言葉が、頭の中を駆け巡る。
『、と…そればかりだな』
は!!?緒方先生は何を言ってるんだろう…
アキラ君、そんなに私の事ばっかりじゃないよ!とツッコミを入れたくなった。
本当にそうだったら、嬉しいんだけど。
「…がいなくなったら、どうなるんだろうな…君は…」
「………」
黙ったままのアキラ君に、緒方先生はまた少し口元を上げ、背広を羽織った。
私は、いなくなったりしないけど。
だけど、もし。
もしも、私がいなくなっても、アキラ君は凄く動揺とか、しないような気がする。
うん。しないなぁ、きっと。
私は、もしアキラ君がいなくなったら、大変だろうけど。
・・・私の方がきっと、アキラ君の事を好きなんだよね。
「寿司の金だけは置いておく
」
緒方先生は背を向けると、扉を出て行った。
私はずっと、大人な人だなぁと、ポカンと見ていた。
「……‥」
緒方先生が帰っても、アキラ君の機嫌は直らない。
何か暗い顔をして、下を向いたままだ。
うわーん…。
…どうしちゃったんだろう…。
せっかくのアキラ君の誕生日なのに…。
「…機嫌、悪い?」
「…‥‥」
アキラ君は、私を見ようとはしない。
私がアキラ君の方へ近寄り、ヒョイと顔を覗き込もうとしても、アキラ君はくるりと体を反転させ、背を向けてしまう。
それを何回か、繰り返していた。
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