「‥家‥帰っちゃ駄目‥?」


「駄目に決まってるだろう」


この期に及んで、何を言ってるのか。
即答すると、は暫く口を開かなかった。








「‥‥着いたぞ」


途中からやけに静かになったと思ったが、いつの間にか寝ていたらしい。
は助手席でスピスピと気持ちよささうに眠ったまま起きる気配がない。


「‥


ぺちぺちと軽く頬を叩くと、ようやくはうっすらと目を開ける。
ぼんやりとした目で車を降り歩き出すが、玄関を入るとすぐにまた、俺の胸に倒れ込んでしまった。


「‥おい」


あんまり気持ち良さそうに眠るに、起こすのも可愛そうか、という気になってくる。


…疲れさせたか‥。


少しは自分にも原因があると感じ、そのままを抱え、ベッドへ連れて行く。
の横たわるベッドに座り、細い髪にそっと指を通すと、心地好さそうに、が口元を上げる。

それを見る自分の心がとても穏やかな事に気づき、驚きを隠せない。


もっと見ていたかったが、自制が効く内に退散しようと思い、の頬に軽くキスを落とすと部屋を後にした。




翌朝


ベッドを占領されたので、昨夜はソファで眠った。
いつもと違う所で眠った所為で、目を開けた瞬間、ここは何処かを、一瞬理解できないでいた。

ぼんやりしている目を少し動かすと、が視界に入った。
キョロキョロとしている。

…何をしているんだ?

暫く黙って見ていると、「鞄、鞄・・・」と独り言を言い始めた。

なるほど。
俺が寝ている間に逃げようというわけか。


「ない…。おっかし−な−‥」


「‥何がだ?」


ソファからむくりと上半身を起こし、声をかけると、は動きを止めた。


「お‥っおが‥っ緒方先生‥!起きて‥っ!?」


「−‥ああ。お前は‥何をしていた‥?」


少し苛々しながらタバコに火をつけ始める。

・・・そんなに此処が嫌なのか。
逃げ出したい程に。

聞いたら即答されそうだが。


「帰します…」


「駄目だ」


あっさり却下するが、はまだ諦めない。

本当に。
そんなに帰りたいのか…?


「だって私‥今日午後から手合いだし…」

それを聞いて、少し安心した。
どうやら此処を出たいのは、それが理由らしい。
それに、すがるように上目遣いで見上げられ、降参せざるを得なかった。


「−…夕方には帰れ」


ソファの裏側に置いてあった鞄を、ポンとに投げると、はワタワタとそれをキャッチする。


「ありがとう!」


がててっと部屋を出ていくと、溜め息を一つ吐き出す。


ーー甘いんだろうか‥俺は…


は『自分のもの』になったのだから、もっと強引に事を進めてもいいはずだ。
自覚はしていても、困った顔などを見せられると、それが出来なくなってしまう。

自分にとっての唯一特別な存在なのだから、無理もない。


いつの間にか、すっかり短くなってしまった煙草を灰皿に押しつけると、もう一眠りする為ソファに横になった。






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