でも、だけど。
恋人だろ?
悪い事じゃ、ないのに。
さんの顔が、あまりにもオロオロとしていたものだから、
少し戸惑ってしまったけど。
それでも俺は、さんを押し倒した。
唇を奪おうとしたら、必死で抵抗してきた。
「ちょ、っ…!待って!」
避けるように、顔を横に背けられる。
キスを拒まれるのは、壮絶に堪える。
まるで、想いを拒まれているようで。
「やだ!」
そんな事を想っていたら、
本当に、拒まれた。
あの、優しいさんが。
こんなにも拒絶してくるものだから、俺は腹が立って仕方なかった。
「…っああそうかよ!そんなに俺が嫌かよ!」
さんの体から離れると、勢いよく立ち上がる。
ガキくさい。これくらいで怒るだなんて。
頭では分かっていても、行動は止められない。
「奈瀬と約束、あるから」
腰をついたままのさんを見下ろして、冷ややかに言い放つ。
さん、泣いちゃうかな。
でも、どうしても引き止めてほしい。
さんの口から、引き止める言葉が聞きたい。
だけど、そう上手くはいかなかった。
さんもそっと立ち上がると、引き止める言葉とはまるで逆の言葉を吐いた。
「私も伊角さんと約束、あるから」
丁度良かったね、とそっぽを向くさんに、俺は顔を引きつらせた。
・・・それはないだろ?
もしかしたら本当に嫌われてしまったのだろうか。
体を求めても拒否され、他の女と会うと言ったら許可らしき言葉が出た。
さんに嫌われたと思うと。
もう、ここに立っているのが堪らなく辛い。
「、さん…」
後ろから、さんをぎゅっと抱きしめた。
そのまま首元に顔を埋めると、くすぐったいのか、さんの肩がピクンと反応したのが分かった。
「ごめん…」
「和谷君…?」
心配そうなさんの声が聞こえる。
やっぱり優しい。
こんな時でも、俺の様子を気にしてくれている。
さんの首に巻いた腕に、さんが手で優しく触れた。
さんの手の感触が伝わって、安堵した。
仲直りできる、と。
もう拗れるのは嫌だと思った。
「ごめん…奈瀬との約束なんて…嘘、だから」
「…和…」
カチャ
「やっぱりちゃんの家に居たんだ」
突然ドアが開かれ、乱入された。
肩までの少し茶の入った髪に、見慣れた顔。
この作戦の、共犯者。
「…奈瀬…」
嫌な、嫌な予感がした。
俺のその予感は見事的中し、奈瀬はペラペラ話し始める。
「今日私と約束してたよね?和谷、いっつも時間に遅れるんだから…」
ちょ、ちょっと待て!
何言ってんだよ、奈瀬!
いや。
奈瀬にしてみれば、俺とさんの仲をより熱くしよう、という作戦の下に、気を利かせてくれたんだと思う。
でもな・・・
『奈瀬との約束なんて…嘘、だから』
さっきさんにそう言ったばっかりなんだよ、俺は…!!
俺が嘘つきみたいじゃねぇか・・・!!
そして。
奈瀬が「早く行こう?」と口にした頃にはもう、さっきまで自分の腕に重ねてあったさんの手の感触は、感じられなくなっていた。
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